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“土に還る革”から“水を節約できる革”まで、進化するイタリアンレザー

  • 2025.12.19
Getty Images, LINEAPELLE, Hearst Owned

冬の着こなしに取り入れたい、レザーアイテム。クローゼットに“一生もの”の本革アイテムをお持ちの方もいるのではないでしょうか。一方で、世の中には本革の代替素材となる非動物性のものも登場しています。その背景には、本革の製造工程における環境負荷への懸念や動物福祉に対する意識の高まりなどの動きもあります。

世代を超えて、長く大切に受け継がれるアイテムもあるなか、本革は本当にサステナビリティに反するのでしょうか? その答えを求めて、イタリアンレザー業界のキーパーソンにインタビューしました。

イタリアンレザーが注目されるのはなぜ?

LINEAPELLE

そのクオリティをはじめ、独自の色味や発色などのデザインが世界中で愛されているイタリアンレザー。世界の革の約4分の1を生産する国でもあるイタリアでは、“サステナビリティ”というワードが、いまほど浸透していなかった20年以上前から、業界としてサステナビリティレポートを発行したり、環境負荷を軽減するための大型の投資や制度の構築を取り組んだりと、リアルレザー業界全体のサステナビリティをけん引してきました。

伝統に裏打ちされた技術力に加え、この分野にいちはやく取り組んできたからこそ、イタリアンレザーのクオリティは高く評価されています。つまり、イタリアンレザーの現在地を知れば、リアルレザーがこれから進んでいく道筋が見えてくるとも言えるでしょう。

リネアペッレ会場のセミナーで登壇するフルビア・バッキさん(左)。 Veronica Sala

今回お話を聞いたフルビア・バッキさんは、「リネアペッレ」のCEOを2017年から務めている人物。リネアペッレとは、イタリア・ミラノで年2回、ファッションウィーク期間中に開催される世界最大級のレザーフェアのこと。イタリアをはじめ世界各国のタンナー(レザーのなめしを行う業者)が集結し、最新のレザー素材や加工技術、サステナビリティへの取り組みなどを紹介しています。ほかにもバッキさんは、「イタリア皮革産業協会(UNIC)」のディレクターも務めるなど、まさにイタリアンレザー業界を長年リードし、皮革産業の最新の動向やトレンドを把握しているキーパーソンです。

“捨てない”ことでレザーは生まれている

deepblue4you / Getty Images

「まず最も大事なポイントは、イタリアンレザーが食肉産業で捨てられてしまう動物の皮を原料にしていることです」と、バッキさん。レザー製品をつくるために、むやみに動物の命を奪っているわけではなく、食肉産業の“副産物”を余すことなく活用していると強調します。もともと動物福祉に関する意識が高いヨーロッパ。1頭あたりの最低飼育面積や、動物に傷や必要以上の苦しみを与えないことなどが法律で決められていたり、「Certified Humane」や「Pasture for Life」など、牧場を対象とする動物福祉に特化した第三者認証制度も充実したりしています。そして、イタリアで加工される皮の78%が、こうした動物の健康を管理する法律が整備された地域から集まっています。

Hearst Owned

「飼育環境がよいと害虫もつかないですし、牛が健康であればあるほど、上質で美しい最高級品の革に仕上げることができ、高価なレザーになります」と、リネアペッレに出展している複数のタンナーからも同様の声が聞かれるように、皮を加工するタンナーたちにとっても、メリットのあるルールと言えるようです。

“資源が循環する”ものづくりが、イタリアンレザーの根幹

土に還るなめし処方“<a href="https://ecotanleather.com/" target="_blank" rel="nofollow">Ecotan</a>(エコタン)”技術でなめされたレザーからつくられた肥料。 Hearst Owned

バッキさんがイタリアンレザーを語るうえで、もう一つの重要なキーワードだと挙げるのが“サーキュラリティ”。資源を捨てずに循環させるものづくりです。「リアルレザーは、本来、耐久性が高く、生分解性を持ちうるバイオベースの素材です。これは石油由来であることが多い代替素材との大きな違い。あらゆる資源を回収・再利用するという現代のサーキュラーエコノミー(循環型経済)の理念を、リアルレザーはより高いレベルで体現できるのではないでしょうか」

例えば、レザー製造工程で不要となる動物の皮に含まれるコラーゲンは、化粧品や医薬品の原料として活用されます。日本でも、このコラーゲンは昔から仏像の接着剤や墨汁の原料としても使用されてきました。まさに、レザー生産工程で出る資源を無駄にしない代表的な例。

さらには、なめされたレザーの循環性の追求もはじまっています。レザーアイテムとしての役目を終えたあとの“セカンドライフ”に着目した、イタリアの「シルバチーム」社は、土に還るなめし処方“Ecotan(エコタン)”技術を開発。多くのレザーが重金属のクロムや化学薬品などでなめされるため、本来、生分解性はありませんが、Ecotan技術でなめされたレザーは農業用の肥料に再利用でき、最終的に土に還ります。

<a href="https://www.conceriabrotini.it/en/" target="_blank" rel="nofollow" data-vars-ga-ux-element="Hyperlink">「ブロティーニ・マリオ」</a>社の食べ物の残渣でなめされたレザー、Le BiOシリーズ。アメリカの米やインドのコーンなどの残渣を活用してなめしています。 Hearst Owned

ほかにもリネアペッレ会場では、コーヒーの出がらし、米のもみ殻などの廃棄予定の食べ物の残渣(ざんさ)でなめされたレザーの展示も見かけ、ほかの産業で出た廃棄物をレザー生産に活かす連携が活発になっています。

とはいうものの、リアルレザーは、ほかの素材同様に“完璧にサステナブル”と言える素材ではありません。バッキさんが、UNICのディレクターとして業界全体の環境負荷の軽減に向けて取り組んでいることは、温室効果ガスや消費エネルギー、廃棄物の削減から化学薬品の効率化まで多岐にわたります。そのなかでも、今後、最も注力すべき課題はなんでしょうか?

“水”への投資は、未来への投資

「リノ・マストロット」社のレザーシリーズ、再なめし・染色・加脂の工程で使用する水を最大91%削減する“<a href="https://www.rinomastrotto.com/en/hearth-a-revolutionary-leather-born-from-the-heart-with-the-earth-in-mind/" target="_blank" rel="nofollow">HEARTH</a>(ハース)。 Hearst Owned

「これまで以上に、業界として大きな投資をしているのは『水』です。多くのタンナーが川の近くに立地しているように、レザーの製造には水が不可欠。水の消費量を削減することだけではなく、皮の加工時に使用した水を浄化して、自然環境に戻す試みが進められています」と、バッキさん。

イタリア国内の調べによると、生産された皮革1平方メートルあたり、水の消費量は116.7リットル。なめす工程で使用された水は化学薬品も混ざっているため、そのまま川へ流せば水質汚染の原因になりますが、その95%が浄化処理されています。タンナーが多く集まるトスカーナ州とベネト州では、こうした汚染物質などの除去レベルが高く、特になめしに使われるクロムの除去率は99.4%。

リネアペッレに出展するタンナーたちも口を揃えて、次のチャレンジは水だと言います。イタリア大手のタンナー「リノ・マストロット」社では、再なめし・染色・加脂の工程で使用する水を最大91%削減する“HEARTH(ハース)”という新技術を2025年にローンチ。化学薬品の使用量も最大23%削減しています。また、ラグジュアリーブランドもこの課題への対応に積極的。最近では、タンナー工場を丸ごと買って、自社の管理下に置くことで、水の循環や消費量の削減をはじめ、自社製品の環境負荷の軽減に向けて、サプライチェーン全体を巻き込んで取り組みはじめています。

イタリアンレザーの普及啓発のために世界中で講演をするバッキさん。 LINEAPELLE

ただし、水に関する課題解決には大きな投資を必要とするため、タンナーやブランドが個別で対応できることには限界も。だからこそ、業界全体で取り組んでいくことが大事だと力強く語る、バッキさん。「イタリアのレザー業界では、以前から水の浄化施設への投資をはじめています。まだ完璧ではないですが、技術機械や化学薬品のメーカーなどのパートナーと協力し、環境のためのより良い解決策を模索する日々です。産業間での連携は容易ではありませんが、そこに欠かせないのは、敬意、好奇心、そして相互に学び合う精神。多様な考え方や視点を持ち、常に共感に根ざした開かれた対話を心がけることです」

LINEAPELLE

フルビア・バッキ〇2017年よりリネアペッレCEO。イタリア皮革産業協会(UNIC)のディレクターを兼任。そのほか、ICECのCEO、SSIPの理事(2016〜2025年)、MIA Academy財団の理事、「カメラ・モーダ・ファッション・トラスト」のアンバサダー(2024年〜)、ITECの理事(2023年〜)など、イタリア皮革産業における第三者認証機関、研究機関、人材育成組織などの立場からも業界をけん引。「イタリアンレザーの持続可能性とは、タンナーたちの多大な努力を要する真剣な取り組みであり、彼らの“血と汗の結晶”である」と語る。

協力:UNIC イタリアタンナー協会、イタリア大使館貿易促進部

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