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対話が風景になるとき。2025年「Art Collaboration Kyoto(ACK)」秋の京都で見えたアートフェアの可能性

  • 2025.12.18
2025年「Art Collaboration Kyoto(ACK)」会場風景。 Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

秋の京都を舞台に「Art Collaboration Kyoto(ACK)」が11月14日〜16日に開催されてから、少し時間が経ってしまったが、あらためてこのアートフェアについて記しておきたい。

今年も世界各地からギャラリーが集まり、歴史ある都市の空気をまといながら、多様なアートが出合う場となった。現在、世界で数多くのアートフェアが存在するなかで、フェア名にもあるとおり“コラボレーション”を核に据えている点こそが、「ACK」の大きな特徴だ。なかでも、メイン会場である国立京都国際会館で存在感を放つのが、ACKならではの「ギャラリーコラボレーション」セクション。国内ギャラリーがホストとなり、海外ギャラリーを迎えてひとつのブースを共同で構成する形式は、国際アートフェアのなかでもきわめてユニークなもの。

2025年「ACK」会場風景。格子状の木枠によって形づくられたブースは、あえて完全には仕切られず、建設途中を思わせる軽やかな緊張感を残している。視線と動線は木枠を越えて流れ、各ブースはゆるやかに連なり合う。 Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

単なるブースの並列ではなく、異なる文化背景を持つギャラリー同士が空間を共有することで、思いがけない対話や風景が立ち上がる。そ今年は、その化学反応が例年以上に鮮やかだった。

とりわけ、日本では普段知る機会が少ない、アフリカにゆかりあるギャラリーから出展されたアーティストに出合えたことは印象深い。space Un(東京) と Retro Africa(ナイジェリア・アブジャ) による共同ブースだ。そのうちの一人、マイルズ・イグウェブイケについては、別途インタビューを行う機会も得た。

東京を拠点にするギャラリー「space Un」とナイジェリア拠点の「Retro Africa」による共同ブース。 Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

space Un は2024年に誕生した、新しい視点を持つギャラリーだ。現代アフリカ美術を日本に紹介することを軸に、展覧会にとどまらず、奈良・吉野でのレジデンスやパフォーマンス、朗読会まで横断的に企画する。その活動は、作品を売買する場というよりも、表現が立ち上がる環境そのものをつくる“文化プラットフォーム”と呼ぶべき姿勢を感じさせる。商業ギャラリーの枠を軽やかに越えながら、東京のアートシーンにおいても確かな存在感を高めつつある。

一方、Retro Africa は、ナイジェリア・アブジャにおける現代アートの中核を担う存在だ。ドリー・コーラ=バログンが2015年に設立して以来、展覧会や教育プログラム、キュレーションを通じて、アフリカ大陸内外を結ぶ活動を展開してきた。“地域から世界へ”という視点を実践的に体現し、若い作家たちの背景や声をグローバルな文脈へと届けている。その射程はロンドン、ニューヨーク、ケープタウンへと広がっている。

この2つのギャラリーが協働することで、space Un が日本に向けて開いてきたアフリカの窓と、Retro Africa が世界へと押し広げてきた視線が交差するようだった。“東京×アブジャ”という地理的距離を超えた対話が空間そのものに染み込み、出展作家たちの表現もまた、その文脈を力強く照らし出していた。

Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki
2025年「ACK」会場風景より。 Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

こうして、多彩な作家群が一堂に会することで、展示空間は“多声性”という言葉がふさわしい響きを帯びる。問い、身体、感覚、記憶、言語──これらが融合しながらも衝突しないで、むしろ重なり、広がっていく。観客は通路を進むうちに、作品ひとつひとつに立ち止まり、問いかけに向き合うように自然と歩みをゆるめていた。

「Pommery Prize Kyoto 2025」のファイナリストによる展示。 Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

また、会場では、ACKのオフィシャルシャンパーニュパートナー「シャンパーニュ ポメリー」による 「Pommery Prize Kyoto 2025」の最終選考に残った3人の作品が並び、受賞者の発表も行われた。

このアワードは、世界で初めて辛口シャンパーニュ「ブリュット」を生み出したマダム・ポメリーの革新的な精神を受け継ぎ、京都を拠点に活動する35歳以下の若手アーティストを後押しするため、2023年にスタートしたもの。今年のグランプリには高瀬栞菜が選ばれ、フランス・ランスにあるシャンパーニュ ポメリーの拠点「ドメーヌ・ヴランケン=ポメリー」でのレジデンシーに参加する予定だ。

この「ドメーヌ・ヴランケン=ポメリー」は、歴史的なクレイエール(地下石灰岩洞窟)を舞台に、現代アートを展開することで知られる象徴的な場所。ここでは、アーティストが滞在しながら制作・展示を行う国際的なアートプログラム「エクスペリエンス・ポメリー」が継続的に展開されている。

また、ニューヨークのアートフェア「アーモリー・ショー」でも「ポメリー・プライズ」を手がけるなど、ポメリーは長年にわたり国際的なアート支援を続けてきたブランドだ。京都で生まれたこのプライズは、そうした世界的な取り組みが地域へと接続したかたちであり、若手アーティストが世界へとつながる新たな扉として、いま注目を集めている。

そしてもうひとつ、「ACK」を特別な体験にしているのが、会期中に京都府内各所で展開される多彩な連携プログラム。たとえば、歴史ある禅寺・廣誠院では、その静謐な空間に呼応するかたちでイザベラ・デュクロの作品が展示された。畳敷きの座敷に差し込む光や庭の気配とともに、作品は空間の一部として浮かび上がり、アートフェアの枠を越えた体験を生み出していた。

© Isabella Ducrot. Courtesy the Artist and Sadie Coles HQ, London. Photo: Mitsuru Wakabayashi
京都・廣誠院にて開催されたイザベラ・デュクロ《Incongruous(響き合わぬ)》の展示風景。 © Isabella Ducrot. Courtesy the Artist and Sadie Coles HQ, London. Photo: Mitsuru Wakabayashi

ギャラリー同士、作家と空間、地域と世界。その関係性を編み直すことで、2021年にスタートした「ACK」はアートフェアの新たなあり方を提示してきた。回を重ねるごとに深まるその試みが、今後どのような対話と風景を生み出していくのか。秋の京都から続くこのフェアの行方を、これからも見届けていきたい。


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