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『小川のほとりで』のキム・ミニやクォン・ヘヒョ、『教授とわたし、そして映画』のチョン・ユミ…韓国の鬼才ホン・サンスの作品で輝くアクターたち

  • 2025.12.14

『豚が井戸に落ちた日』(96)でのデビュー以来、ほぼ1年に1本ペースで新作を撮り続けてきた韓国の鬼才、ホン・サンス。監督生活30周年、作品数も30を超えたなかで、ここ2~3年の新作が毎月公開される「月刊ホン・サンス」のような企画が催されるのは、ファンとしても同慶の至りである。

【写真を見る】『正しい日 間違えた日』以降、ホン・サンスの公私にわたるミューズとなったキム・ミニ

ほぼ1年に1本ペースで新作を撮り続けている韓国の鬼才、ホン・サンス
ほぼ1年に1本ペースで新作を撮り続けている韓国の鬼才、ホン・サンス

彼の過去作の多くにおいて、主人公は映画監督だ。「売れていない」ため、大学講師などで糊口をしのぎ、酒を延々と飲んでは、女性にだらしなくうつつを抜かす。そんな主人公を軸にしたグダグダな恋愛劇を、独特の長回し、奇妙なタイミングでのズームやパンを駆使して描いている。しかし近作では、だいぶ様相が違ってきた。この辺りにも触れつつ、ホン・サンス作品の常連俳優たちをピックアップする。

変化したホン・サンス作品に明るく紳士的な個性が合致したクォン・ヘヒョ

サンスのキャスティング方法は極めてユニーク。過去の出演作を観て俳優にオファーすることはまずない。実際に会って、その俳優個人が持つ“なにか”を感じることを、大切にしている。そうして選ばれたのが、歴代の常連俳優たち。男優ならば、故イ・ソンギュン、ムン・ソングン、チョン・ジェヨン、キム・テウ、キム・サンギョンら。

そんなそうそうたる面々を差し置いて(?)最近、独壇場の感があるのが、クォン・ヘヒョだ。日本では、ブームになったテレビドラマ「冬のソナタ」でペ・ヨンジュン演じるチュンサンのよき先輩、キム次長を演じたことでお馴染みの顔となった。

ホン・サンス作品には『3人のアンヌ』(12)以来、常連に。そのきっかけは、監督がたまたま観に行った舞台に出演していたことだったのだが、舞台での演技が気に入って…というわけではない。後日2人で昼から夜遅くまで、記憶が無くなるほど徹底的に酒を飲んだことが、決め手となったようである。

ヘヒョは、主人公の叔父であるシオンに扮している(『小川のほとりで』) [c]2024 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
ヘヒョは、主人公の叔父であるシオンに扮している(『小川のほとりで』) [c]2024 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

ヘヒョが演じる役は、やはり映画監督が多いのだが、かつてのホン・サンス作品に登場した“ダメ恋愛”劇の主人公たちとは、様相を異にしている。酒をしたたかに飲むのは変わらねど、その勢いでグダグダなダメ恋愛に突入するわけではない。『小川のほとりで』(24)ではキム・ミニが演じるヒロインの叔父であり、著名俳優の役に扮している。女子大の講師をしている姪の頼みで、学生たちの演劇の演出を務めるが、その視線は、“父親”のそれに限りなく近い。

彼が恋に落ちる相手は、姪の恩人である独身の女性教授。妻と離婚していることを明らかにしたうえで、酔った勢いでの不埒ではないことを、姪にきちんと説明する。なんと言うか、実に折り目正しいのである。

映画監督役だった『WALK UP』(22)でも、主役でありながら、登場する女性陣をフォローする側に回っている。ヘヒョは「私が出演する以前の(ホン・サンス)作品とは多分、合わなかっただろうなと思います…」と語っており、監督もそれに同意している。サンスの作風の変化が、ヘヒョの明るく紳士的な個性と合致したのだろう。

主役でありながら女性陣をフォローする側に回っている(『WALK UP』) [c] 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED
主役でありながら女性陣をフォローする側に回っている(『WALK UP』) [c] 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED

童顔かつコケティッシュな存在感が絶妙なチョン・ユミ

『教授とわたし、そして映画』で中年男性との恋愛関係に揺れる女子大生を魅力的に演じたチョン・ユミ [c]Everett Collection/AFLO
『教授とわたし、そして映画』で中年男性との恋愛関係に揺れる女子大生を魅力的に演じたチョン・ユミ [c]Everett Collection/AFLO

ホン・サンス映画のヒロインとしては、『教授とわたし、そして映画』(10)や『ソニはご機嫌ななめ』(13)などのチョン・ユミ、『ハハハ』(10)や『自由が丘で』(14)などのムン・ソリが、以前は常連だった。

『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)、『82年生まれ、キム・ジヨン』(19)などのヒット作&話題作でもおなじみのユミが、上記のホン・サンス作品で演じたのは、中年男性との恋愛関係に揺れる女子大生といった役どころ。一見、清純派。しかしコケティッシュな側面も持ちあわせており、男どもを翻弄する。童顔で困った表情が印象的な、ユミの個性によく合致していた。彼女がヒロインだったころまでのホン・サンス作品は、圧倒的に男性目線で描かれていた。そこに、童顔かつコケティッシュなユミの存在感は、絶妙であった。

ホン・サンスの作風を変えたパートナー、キム・ミニ

【写真を見る】『正しい日 間違えた日』以降、ホン・サンスの公私にわたるミューズとなったキム・ミニ [c]Everett Collection/AFLO
【写真を見る】『正しい日 間違えた日』以降、ホン・サンスの公私にわたるミューズとなったキム・ミニ [c]Everett Collection/AFLO

『正しい日 間違えた日』(15)以降、サンスのミューズとなったのが、キム・ミニである。そしてこのころから、その作風も落ち着いたトーンになっていく。男性目線から女性目線へ。それは、“キム・ミニ以後”と表現しても差し支えないぐらいの変化だった。物語の展開的に、ギャグや諧謔などが抑えられ、より洗練された方向に向かった。人間を見つめる目に、いまや温かみさえ感じる。

筆者がミニの存在を強烈に認識したのは、全裸での濡れ場も鮮烈なパク・チャヌク監督の『お嬢さん』(16)。それとは対照的な、ホン・サンス作品での彼女の佇まいには、大きな驚きを覚えた。

ヒロインは狂言回し的な存在で色恋沙汰には巻き込まれない(『小川のほとりで』) [c]2024 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
ヒロインは狂言回し的な存在で色恋沙汰には巻き込まれない(『小川のほとりで』) [c]2024 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

サンスとのコンビ最新作である『小川のほとりで』の大学講師役は、狂言回し的な存在。冷静な視線で人と人を有機的に結びつけるが、本編中での彼女自身はロマンスと無縁な存在になっている。ヒロインが色恋沙汰には巻き込まれないホン・サンス作品!かつては考えられなかったのではないか?

『旅人の必需品』での自然さがなんとも上手いイ・ヘヨン

知人から紹介された奇妙なフランス人女性との距離感を測りかねる姿が自然なイ・ヘヨン(『旅人の必需品』) [c]2024Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
知人から紹介された奇妙なフランス人女性との距離感を測りかねる姿が自然なイ・ヘヨン(『旅人の必需品』) [c]2024Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

さらに、『あなたの顔の前に』(21)での主演以降、レギュラー的な存在となっているのがイ・ヘヨンだ。監督と同年代と言える彼女も、クォン・ヘヒョと同様、監督の若いころの作品とは「合わなかった」のかも知れない。

『旅人の必需品』(24)では、知人から紹介された奇妙なフランス人女性との会話に、距離感を測りかねる役どころ。親しげに振舞いながらも、不信感が何気なくにじみ出てしまうあたりが、なんとも上手い。

イザベル・ユペールもホン・サンス作品の常連に

ここまでホン・サンス作品常連の韓国俳優を紹介してきたが、それに準じる存在となっているのが国際的なスター女優であるイザベル・ユペールだ。『3人のアンヌ』に『クレアのカメラ』(17)、そして最新主演作『旅人の必需品』と3作に出演している。

イザベル・ユペール、クォン・ヘヒョが出演した『3人のアンヌ』 [c]Everett Collection/AFLO
イザベル・ユペール、クォン・ヘヒョが出演した『3人のアンヌ』 [c]Everett Collection/AFLO

初めて彼女の出演が決まった経緯も、“酒”絡み。ユペールのソウル訪問時に昼からサンスとマッコリを酌み交わし、出演のオファーがされたという。

『旅人の必需品』では、韓国に居る理由がよくわからないフランス人女性役。英語でコミュニケーションを取りながら、フランス語を個人教授する独自のメソッド(?)を編みだしている。そんな彼女の居候先は若い韓国人男性のマンション。しかしその母が現れたため、波風が立って…。いまや70代のユペールが、こんな不可思議な設定でピタッとハマるのも、“ホン・サンスマジック”と言うべきか?

イザベル・ユペールが韓国でフランス語を教える女性を演じる『旅人の必需品』 [c]2024Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
イザベル・ユペールが韓国でフランス語を教える女性を演じる『旅人の必需品』 [c]2024Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

時制のいじり方、撮影日ごとに完成するセリフのやり取りがホン・サンス流

我らが加瀬亮も、ホン・サンスワールドの一員となった過去がある。『自由が丘で』で彼が演じる主人公は、日記のように長々と手紙を綴っている。それが彼の思い人である女性の手に渡った際に、彼女は誤って手紙をバラバラにしてしまう。そして順番がわからなくなったまま手紙を読んでいくのだが、それが映画で描かれる時間となってしまう。

加瀬亮が主人公を演じた『自由が丘で』 [c]Everett Collection/AFLO
加瀬亮が主人公を演じた『自由が丘で』 [c]Everett Collection/AFLO

この作品に限らず、ホン・サンス作品における時制のいじり方は、変幻自在。男と女の恋愛劇が、ある時点まで来ると突然時制がリバースして、繰り返されたりもする。それは同じに見えつつ、ちょっとした行動やタイミングの差で、人間関係や色恋の行方などが、違う方向にドライヴしていくのである。それはサンス流のマルチバースとでも言うべきか?

こうした内容が、すべてロケで撮影される。どの作品も低予算ということもあって、撮影期間は2週間ほど。撮影に当たっての事前打ち合わせなどはない。出演者は、現場に入るまでなにを撮るのかまったくわかってない状態だという。

そして現場に着くと、監督が朝4時に起きて書いた、その日1日分のセリフが渡される。ホン・サンス作品は、まるでアドリブのように見えるやり取りも特徴の一つだが、実は俳優たちは一言一句間違えないように、その日分のセリフをその場で完璧に覚えなければならないのである。

その日の撮影が終わったら、監督はラッシュをチェックして、次はどんな流れにしようかと構想を練る。そして翌朝4時から1日分の脚本を執筆…という手順を繰り返す。ストーリーがどうなっていくかは、日々流動的。どんな結末を迎えるかは、最後の最後まで、監督にもわからない。

時制のいじり方も変幻自在(『正しい日 間違えた日』) [c]Everett Collection/AFLO
時制のいじり方も変幻自在(『正しい日 間違えた日』) [c]Everett Collection/AFLO

そんな手順が完全に確立されたなかで、得難い俳優陣を擁してのホン・サンス作品の円熟には、これからも期待大である。

文/松崎まこと

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