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孤高の芸人・永野、「大嫌い」な世界に足を踏み入れ見えたもの “戦い方”の変化にリンク

  • 2025.12.13
永野 クランクイン! 写真:上野留加 width=
永野 クランクイン! 写真:上野留加

孤高の芸を突き詰めることで、お笑い界に唯一無二のポジションを築いた芸人・永野。そんな彼が「大嫌い」と公言してはばからなかった恋愛リアリティショーの世界に、MCとして足を踏み入れた。Netflixリアリティシリーズ「ラヴ上等」は、永野の目にどう映り、その心にどんな変化をもたらしたのか。エキセントリックな男が垣間見せた、驚くほど素直な眼差しと、その先に見つけた新たな価値観に迫る。

【写真】きらびやかな雰囲気も意外と似合う 永野、撮りおろしショット

本作は、日本初となる“ヤンキー”の男女が血の気たっぷりに繰り広げる純愛リアリティショー。山奥にある学校「羅武上等学園」を舞台に、元暴走族総長、元ヤクザ、少年院出身など、社会の“はみ出しもの”として生きてきたヤンキー男女11人が、14日間の共同生活を送りながら、喧嘩に恋に本気(ガチ)でぶつかり合う。

■嫌いだと公言していた世界への戸惑い

収録が始まった当初、スタジオに立つ永野はどこかおどおどしていた。隣にはプロデューサーでもあるMEGUMI、そしてヒップホップ・アーティストのAK‐69。テレビ画面越しにすら伝わるその場の圧に、永野は素直に恐怖を感じていたという。そもそも、なぜ「恋リアが嫌い」と公言していた永野が、この仕事を引き受けたのか。そこには、自身の意思を超えた周囲の熱量と、未知なるものへの好奇心があった。

「『恋リアが嫌いだって公言していたので、(このオファーは)どういうことなんだろう』って思ったんですけど、MEGUMIさんがプロデューサーで、AK‐69さんも呼ぶと聞いて、その化学反応を見てみたいのかなと。マネージャーも興奮して『これはすごいですよ』とか言うので、『じゃあ、やってみます』みたいな感じでした」。

MCとしての役割を演じるつもりは毛頭なかった。無理に否定もせず、かといって嘘もつかず、ただ素直に、ありのままの自分でいること。それが、永野が導き出した答え。「本当に素顔な反応です。だから、おどおどしていたのもそうだし、だんだんハマっていくのも計算がないです」。

そのスタンスは、結果として番組を非常に見やすくしてくれた。まるで自分たちの代弁者のように、驚き、戸惑い、そして徐々に惹きつけられていく永野の姿は、この異色なショーにおいて、極めて重要な羅針盤の役割を果たしていた。

■テクニックではない、「人間」の熱量に惹かれて

「恋愛リアリティショーなんて、生活に余裕がある人が見るもの」。永野はそうたかを括っていた。若者の恋愛模様を眺める時間があるなら、映画を観たり読書をしたりする方がよほど有意義だとさえ考えていた。誰しもが持つ、触れたことのないカルチャーへの食わず嫌い。しかし、その頑なな心は、MEGUMIやAK‐69の解説と共にVTRを観ていくうちに、少しずつ溶かされていく。

「一筋縄ではいかない過去を持つヤンキーたち。そんな彼らが真正面からぶつかっていく姿を見ていくうちに、この人たちの方がよっぽど気持ちがある人たちなんだな、みたいに感じて。表現は粗野なんですけれど、はっきりと物を言ったり、人に対しての思いを見ていったりしていくうちに、恋愛っていうよりは人間に惹(ひ)かれていきました」。

これまで永野がイメージしていた恋リアとは、どこかスマートで、計算されたテクニックや刺さらない言葉が飛び交う世界だった。だが、「ラヴ上等」の参加者たちは違った。彼らはあまりにも生身で、不器用で、本気だった。

「恋愛リアリティショーがこれで好きになったというよりは、『ラヴ上等』が好きになったって感じです。他の恋リアを見ようとは思いませんけど。その中に恋愛が、ある要素としてある感じがして。本気だからこそ、手前のテクニックじゃない感じが刺さりましたよね」。

強がっているのに脆い部分が見えるてかりん。一途に思いを寄せるタックル。誰もが人間臭く、必死に生きている。その姿に、いつしか永野は「みんな、うまくいけ」と応援している自分に気づいたという。

■閉じた世界からの解放と、新たな価値観「金持ちって良い人多いな」

これまで永野は、大手事務所に所属しない自分が生き残るため、あえて人とのコミュニケーションを避け、自分の世界を煮詰めることで対抗してきた。それは永野が編み出した唯一の戦術であり、アイデンティティでもあった。しかし、「ラヴ上等」で見たのは真逆の世界。傷つくことを恐れず、人とぶつかり合うヤンキーたちの姿は、プロテクト癖がついていた永野にとって、眩しく、そして少し羨ましく映った。

「AKさんの話とか聞いていると、ヤンキーの人ってめちゃくちゃ人と接触するじゃないですか。あれがね、見ているうちに羨ましくなりました。『これはこれで、超面白いな』っていうか、人生観として。自分はかなり閉じることでパワーをみなぎらせていたので。めちゃくちゃ開いているじゃないですか、あの人たちって」。

奇しくも、彼自身が自身の戦い方に「きついな」と限界を感じていた時期だった。インディーズ映画の制作などを通じ、コミュニケーションの面白さに気づき始めていたタイミングで出会ったのが「ラヴ上等」だったのだ。

「『運命』じゃないけれど、『いい時期に来たな』とか思いましたね。新しいなって」。

この番組は、永野自身の価値観そのものを揺さぶるきっかけにもなった。かつては、持たざる者の矜持(きょうじ)として、富める者への反骨心をエネルギーに変えていた。だが、それは自分を鼓舞するための仮想敵だったのかもしれないと永野は振り返る。

「昔は芸人たちと金もないけど飲んで……みたいなノリがあったんですけど、最近、医者とかと飲んでいる方が楽しいなって。やっぱり金持ちって余裕があるんですよ。人をポジションで見るなとか言うけど、若い頃の方がそういう視点で見ていたなって。金持ちって良い人多いなって気づきました」。

それは決して拝金主義というわけではない。これまで「何くそ」と自身を奮い立たせるために作っていた色眼鏡から解放され、純粋に人と向き合えるようになった証なのだろう。

「コミュニケーションを拒絶することで自分の世界を煮詰めるしか、マジで戦えないと思っていたんです。だけどAKさんとも出会い、人の話を聞くのって大事だな……みたいな。固まったらいかんなって思いました」。

嫌いだったはずの世界は、永野に新たな扉を開かせた。頑なだった男が手に入れたしなやかさは、これから彼の芸を、そして人生を、さらに面白くしていくに違いない。(取材・文:磯部正和 写真・上野留加)

Netflixリアリティシリーズ「ラヴ上等」は、独占配信中。

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