「子供がうるさい！公園を廃止にしろ」と役所に怒鳴り込む老人→職員の一言で黙り込んだワケ【短編小説】

本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

役所に文句を言いにきた老人

市役所の窓口業務は、まさに感情の掃き溜めです。
住民票の発行から生活相談まで、日々多くの市民が訪れますが、その日ほど「言葉の重み」を感じた日はありませんでした。

蒸し暑い平日の午後でした。
自動ドアが開くと同時に、怒り心頭といった様子の高齢男性が杖を突きながら入ってきました。
「おい！ 責任者を出せ！ 話がある！」

フロア中に響く大声。
私は慌てて対応に向かいました。
「お客様、いかがなさいましたか？」
「いかがも何もあるか！ 家の前の公園だよ！子供がうるさい！公園を廃止にしろ」

男性の主張は、近隣の児童公園に対する苦情でした。
もちろん騒音への配慮は大切ですが、そこは地域にとって貴重な憩いの場。
そう簡単に「廃止」などできるはずがありません。
私が「子供たちの遊び場ですので……」と説得を試みても、男性は聞く耳を持ちません。
「俺は高い税金を払ってるんだぞ！」「年寄りを敬え！」と、ヒートアップするばかり。周囲の来庁者も眉をひそめています。

その時でした。
騒ぎを聞きつけたベテランの係長が、奥から一枚のハザードマップを持って静かに現れました。
係長は男性の目をまっすぐ見つめ、穏やかですが、有無を言わせない口調でこう言ったのです。

老人が帰ったワケ

「公園を廃止にした場合ですが……。あそこ、お客様のお住まいのブロックで一番近い『緊急避難場所』なんですよ」

その一言で、男性の口がパクンと止まりました。
係長は淡々と続けます。
「もし公園を潰して更地にし、住宅なんかが建ったら、逃げ込める場所もなくなりますが、それでもよろしいですか？」

「自分の生活」を守ろうとして、自ら「自分の命綱」を切ろうとしていたことに気づいたのでしょう。
男性の顔からはサッと血の気が引いていきました。
あんなに威圧的だった態度が、急に借りてきた猫のように小さくなります。

「……いや、まあ、そういうことなら、もう少し我慢してやらんこともない」

男性はバツが悪そうにボソボソとそう呟くと、逃げるように帰っていきました。
「子供は地域の宝」とはよく言ったものですが、同時に、その場所は「地域の命」そのものも守っていたのです。
あの公園が、今日も子供たちの声で賑わっていることに、安堵と同時に、社会の仕組みの深さを感じた出来事でした。

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