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災害時の「お金と法律」(第1回 新しい防災「知識の備え」を~災害復興法学の誕生)

  • 2025.12.9

大規模災害 被災者の悲痛な声とは?

災害大国といわれる日本。地震、津波、豪雨、洪水、土砂崩れ、竜巻、噴火等の自然災害は、常に私たちの暮らしと隣合わせです。南海トラフ地震や首都直下地震等の巨大災害が起きた時には、これまでの日常が一変する大きな被害は避けられません。

では、そもそも自然災害によって被災するとは一体どういうことなのでしょうか。自らの命や健康が危険にさらされるかもしれません。大切な人を失うかもしれません。建物や道路の破壊、ライフラインの断絶、医療や福祉サービスの休止なども起きます。これらは誰もが想像できることでしょう。

しかし、被災の姿は目に見える人的・物的被害にとどまりません。阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震、2019年の令和元年東日本台風、翌年の令和2年7月熊本豪雨、そして2024年能登半島地震と奥能登豪雨…。ここ30年余りでも上げればきりがない大規模災害の被災地では、災害直後から次のような被災者の声が聞こえてきます。

―――大地震後の津波で建てたばかりの自宅が流出してしまった。夫婦で営んでいた個人商店も損壊し、商店街や住宅街も壊滅状態となってしまった。避難所になっている公民館に身を寄せているが、いったいこれからどうなってしまうのか。何から手を付けてよいのかわからない。夫はまだ安否が分かっていない。住宅ローンは夫婦で連帯して二千万円以上残っている。個人事業についても同様に一千万以上の借入金がある。貯蓄は決して多くなく、間もなく破綻することは目に見えている。2人の子供たちはこれから大学生と高校生だ。学費や様々な費用がかかるが、到底用意できそうにない―――。

目に見えない困難が次々と襲いかかる・・・ローンや生活費、仕事の不安

災害直後から、弁護士らが幾度となく聴いている被災者の声の典型例です。目に見える被害にとどまらず、お金のこと、支払いのこと、仕事のこと、様々な費用のこと、契約のこと、あるいは近隣との争いごとなど目に見えない被害、いわば「くらし」に関する絶望と困難を同時に引き起こすのです。防災教育は、当然ながら災害後に命が助かることを第一目標に実施されます。しかし、災害直後に被災者に襲い掛かる、くらしへの不安や焦燥感にも目を向けなければならないはずです。絶望の中にあっても、少しでも前を向いて、生活再建のための一歩を踏み出してほしい。しかし、これほどの被害を受けてしまった方にどんな希望を届けられるというのでしょうか。

弁護士たちによる無料法律相談活動が明日を照らす光に

私は2003年に弁護士として社会人キャリアをスタートしました。企業法務や事業再生等を多く扱う都心の法律事務所に勤務し、7年目となる2009年に、内閣府行政刷新会議の上席政策調査員として国へ出向する機会を得ました。行政改革や規制改革などの政策立案を担当していたその任期中におきたのが、2011年3月11日の東日本大震災でした。直後にテレビニュースで映し出された津波の映像は、今でも脳裏に焼き付いて離れません。まもなく原子力発電所事故がおき国の各省庁も部署を問わず大混乱状態となりました。しかし、弁護士である自分が、災害後の被災者救援や復旧・復興で役に立つ振る舞いができるとは想像できませんでした。弁護士として、国家公務員として、これまで経験してきたはずの知識や技能では、人の命を救うことはできないと思ったのです。

ところが、災害直後から弁護士たちは被災地に赴き、また全国の弁護士会等が電話窓口を設置し、被災者向けの無料法律相談活動を始めていました。東北地方や東日本太平洋側を中心に、1か月もしないうちに数千件の相談が積み重なりました。弁護士が聴き続けていた被災者の声は、生活再建を切望しながらも、未来を見据えることができないという悲痛な叫びでした。

被災後の生活を支える法律や制度がある!

何もかも失い、絶望の淵にある被災者が一歩を踏み出すためにぜひ知っておいてほしい最初のキーワードは「罹災証明書(りさいしょうめいしょ)」です。罹災証明書は、災害時における自宅の損壊程度を証明するもので、被災者の申請に応じて市町村が発行することになっている書面です。被災者が孤立せず行政機関と繋がるきっかけにもなり、被災後の希望の第一歩と位置付けられるでしょう。この知識を知っていると知らないとでは、心のありようは大きく違うはずです。東日本大震災をきっかけに、災害対策基本法に基づく制度になりました。

大きな災害で自宅が全壊等してしまったような場合には、その程度に応じて最大300万円の被災者生活再建支援金という給付金を受け取ることができます。1995年1月17日におきた阪神・淡路大震災をきっかけに立法化に至った、被災者生活再建支援法という法律に基づく制度です。

大きな災害でもし家族が災害によって亡くなってしまった場合や、行方不明となってしまった場合には、その家族が250万円または500万円の災害弔慰金を受け取ることができます。1967年に山形県と新潟県を中心におきた羽越豪雨をきっかけとして作られた、災害弔慰金法に基づく見舞金制度です。

住宅ローンをはじめ個人の借金が残っているが、災害が原因でその支払いができなくなったという被災者の声は過去のどの災害でも非常に多くありました。このような場合は、東日本大震災をきっかけに誕生し、現在は「自然災害債務整理ガイドライン」と呼ばれる災害救助法適用時の債務整理のルールの活用を促すことが有益です。

法律といえば、ルール違反に対して罰則等の制裁を加えるものというイメージを持つ方がほとんどではないでしょうか。しかし、法律は、私たちを助けてくれる支援の根拠でもあるのです。災害が頻繁におきる日本において、私たちは支援の根拠となる法律を、平時から「知識の備え」として知っておく必要があるのではないでしょうか。

被災者のリーガル・ニーズが法律を作る 制度を変える

では、もし被災者のニーズに応える法制度が存在しない場合は、仕方ないと諦めなければならないのでしょうか。既存の法律の不備が発見できたのであれば、新しく法律を作ったり、既存の法律を改正したりすることが求められるはずです。

人が亡くなると相続が発生します。亡くなった方の負債が大きく相続を望まない相続人がいる場合、裁判所へ相続放棄という手続きをすることで、負債を含む一切の財産を相続しないこともできます。ただし、相続放棄の期限は相続を知ってから3か月以内とされています。これを熟慮期間といいます。大規模災害の被災地でこの3か月の期限を守ることは不可能に近いものです。この問題が鮮明に現れたのが東日本大震災です。弁護士の提言をきっかけとした議員立法により、災害後に期限が到来する相続放棄の熟慮期間を一律延長する臨時法が成立しました。その後、特定非常災害特別措置法という恒久法が追加改正され、特定非常災害に指定された場合、政府の判断(政令)により、熟慮期間を1年の範囲で延長できるようになりました。

このような法改正の背景には、被災者の声があります。法律や制度を知る機会を得られずに支援を逃す被災者や、仮に支援の存在は知っていてもサポートがなく手続きに至らない被災者がいます。被災者のリーガル・ニーズを無料法律相談の窓口で察知することができた弁護士たちは、声をまとめて法改正や制度運用改善を政策提言し、立法化に向けた様々な活動をしてきました。

その実績や浮き彫りになった新たな課題をそのままにしておくのではなく、記録して将来に伝える「場」あるいは「装置」のようなものが必要です。そこで、東日本大震災後に提唱した新たな学問が「災害復興法学」です。災害法制に完成や絶対は存在しません。災害を経験し、その都度発見される課題を糧として変容と進化を止めないことこそが災害法制の宿命だといえます。法を通じて、私たちはこの国の未来を担う者たちへ教訓を伝えていく使命があるはずです。

災害復興法学と「くらしの中の防災」

災害復興法学が目指すのは、災害時における被災者のリーガル・ニーズをもとに新しい制度が誕生した軌跡を伝承しながら、私たちが災害時に利用することができる被災者支援のための法律を、平時から学ぶ防災教育を行うことにあります。連載「災害時の『お金と法律』」では、災害後の被災者のリーガル・ニーズをもとに、私たちを助けてくれる様々な法律や制度を紹介し、平時からの「知識の備え」としてもらうことを目指したいと考えています。

なお、連載にあたっては、自著『被災したあなたを助けるお金とくらしの話 増補版』(弘文堂2021年)の内容を多く参照することを最初にお断りしておきたいと思います。同書や本連載による知恵の備蓄が、万一のときに、あなたと家族を、同僚や友人を、そしてまだ見ぬ誰かを救う助けになればと願っています。

<執筆者プロフィル>

岡本正(おかもと・ただし)

弁護士/気象予報士/博士(法学)

1979年、神奈川県出身。慶応義塾大卒。銀座パートナーズ法律事務所。内閣府出向や東日本大震災での復興支援経験を活かし「災害復興法学」を創設。新潟大学研究統括機構客員教授、岩手大学地域防災研究センター客員教授、防災科学技術研究所客員研究員、人と防災未来センター特別研究調査員などを歴任するほか、慶應義塾大学などで多数の講座を担当。著書に「被災したあなたを助けるお金とくらしの話 増補版」(弘文堂)。

https://www.koubundou.co.jp/book/b593021.html

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