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22年前、京都発の天才バンドが放った“究極の削ぎ落とし” 「せーの」で合わさった4人の音

  • 2026.2.22

2004年2月。R&Bの洗練されたグルーヴや、着うた全盛期のキャッチーなサビがもてはやされた時代。音楽はよりきらびやかに、よりドラマチックにと、装飾を重ねていくのが主流だったように思う。そんな煌びやかな時代の流れに逆らうように、飾り気を一切削ぎ落とした、無骨でストレートなギターリフが鳴り響いた。

それは、流行りの服を脱ぎ捨て、裸になった魂がそのまま音になったような衝撃だった。

くるり『ロックンロール』(作詞・作曲:岸田繁)――2004年2月11日発売

京都出身のロックバンド・くるりが放ったその「音」は当時のロックファンに強烈な楔(くさび)を打ち込み、20年以上経った今もなお、決して色褪せない“アンセム”として愛され続けている。

なぜ、彼らはあの時「ロックンロール」を叫んだのか。そして、なぜこの曲はこれほどまでに、私たちの胸を熱くするのだろうか。

“変幻自在”のバンドが選んだ、究極の「引き算」

当時のくるりは、まさに変幻自在の実験者だった。デビュー時の叙情的なギターロックから始まり、ダンスミュージックやラップを取り入れた『TEAM ROCK』(2001年)、サイケデリックで混沌とした『THE WORLD IS MINE』(2002年)と、アルバムごとにまるで別のバンドのように姿を変えてきた。

ファンでさえ「次はどう来るかわからない」と固唾を飲んで見守る中、彼らが提示したのは、あまりにもシンプルで、混じりけのない「バンドサウンド」だった。シンセサイザーも、複雑なプログラミングもない。そこにあるのは、ギター、ベース、ドラム。そして歌。

タイトルは『ロックンロール』。これ以上ないほど直球なタイトルを冠したこの曲は、それまでの実験的なアプローチを経て、一周回って辿り着いた“原点”のようでありながら、決して懐古趣味ではない“新しい響き”を持っていた。それは、余計なものをすべて脱ぎ捨てた後に残る、音楽の「骨格」そのものだったと言える。

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2018年、プロ野球日本シリーズで国歌斉唱するくるりのボーカル・岸田繁(C)SANKEI

“異国のビート”が生んだ、二度と再現できないグルーヴ

この曲を語る上で欠かせないのが、当時ドラマーとして在籍していたクリストファー・マグワイアの存在である。アメリカ・ミネアポリス出身の彼が叩き出すビートは、正確無比でありながら、どこか野生的な躍動感を孕んでいた。

決して手数が多いわけではない。しかし、スネア一発の説得力が違った。彼のドラミングは、シンプルであるがゆえに、バンドの呼吸を露わにする。ボーカルギターの岸田繁、ベースの佐藤征史、そして当時のギタリスト大村達身。言葉の壁を超え、4人の音が「せーの」で合わさった瞬間に生まれる火花。それがそのままパッケージされたような生々しさが、この曲には宿っている。

特にイントロのリフから、バンド全体が雪崩れ込む瞬間の高揚感は凄まじい。洗練されたJ-POPが溢れていた2004年の冬において、この“隙間”だらけのサウンドは、むしろ圧倒的に新鮮だった。音と音の間に流れる空気、メンバー同士が目配せしてタイミングを合わせるような緊張感。コンピュータで整えられた完璧なビートにはない、「人間が楽器を鳴らす」という行為の原始的な喜びが、そこには溢れていたのだ。

鳴り止まない、日々のBGMとして

2004年の冬、あの乾いた空気の中で聴いたギターの音。それは、特別な日のためのファンファーレではなく、何でもない日常を少しだけ強く生きるための燃料だった。仕事に行き詰まった時、人間関係に疲れた時、あるいは何もない休日の朝。ふとこの曲を聴きたくなるのは、そこに嘘がないからだ。

『ロックンロール』は、今も私たちの生活のすぐそばで鳴っている。もし今、あなたが何かに迷い、余計な荷物を背負いすぎていると感じるなら、久しぶりにこの曲に針を落としてみてほしい。22年前と変わらない、あの無骨で温かいビートが、凝り固まった心をゆっくりと解きほぐしてくれるはずだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。