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新時代のエレガンスとは? 【vol.11 ホテルジャーナリスト・せきねきょうこさん】

  • 2025.12.8
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ホテルに舞うエレガンスの世界観

Once upon a time…と言えそうなほど、この仕事に就いたのがとても昔のことのように感じます。時は2倍速、3倍速で過ぎていく多忙な毎日ですが、私がホテルのさまざまな歴史やストーリーに魅了され、体験を通して執筆を始め早くも31年目に入りました。これまでに世界のホテルを訪ね歩いて、気が付けば89カ国を数え、この10月には未踏のフィンランド行きが90カ国目となります。社会人として歳を重ねてからの大半は旅とホテルが人生の全てであり、今思い起こせば、よそ見もせずに必死で過ごした日々でした。

“思いやりのホテル”こそ本物の高品質ホテルである

ここぞと決めて旅立った国内外の街や村で、時には、的外れなホテルにも出合いましたが、幾つもの素晴らしいホテルのお陰で人生観がすっかり変わった気がしています。素晴らしいというのは、ただ世界の賓客が泊まるような驚くほどラグジュアリーなホテルだけには限りません。一概には言えませんが、心にグサリと刺さる印象深いホテルって、世界中にあるんです。まぁ、琴線に触れるほど感動したとでも言いましょう。例えれば、大きなファクトリーで流れ作業によって作られた時計か、職人の手技により何日もかけ、丹精込めて造られた価値の異なる時計かの差があるのです。見た目ではわからない、でも滞在してみるとすぐに見えてくるもてなしの上質感、スタッフの目線や所作。理屈ではない五感への響き方が違うんです。

私はこうしたホテルの全てをのぞき込み、“もてなしの哲学”がスタッフの心に浸透し、館内全体にも漂っているかどうかを感じ取れるようになりました。ゲストが困る姿を見れば、ホテル内の誰かが駆け寄って“解決しようと試みる”。格式ある最高級クラスのホテルに滞在すれば、やや緊張気味のゲストに優しい笑顔で接し、謙虚な姿勢で温かくもてなしてくれ、緊張感をほぐし疲れを和らげてくれるスタッフがいる。旅先では、そんなシーンに何度も出合い、何度も幸福感を享受してきました。こうした“思いやりのホテル”こそ本物の高品質ホテルであり、そこにはいつでも優しいスタッフのエレガントな接客が輝いています。

「人から真摯な優しさをいただいたとき、自分もその倍ものお返しをしたい」と、英国のあるホテルで、若いホテルマンが言った言葉が忘れられません。ホテルという空間を通して、さまざまな国で味わった“人としてのエレガントな心持”にその胸を打たれ、人を思いやる心の豊かさに何度となく刺激を受けてきました。

世界中のさまざまなホテルが人生の教科書でした。これまでにホテルでの忘れがたいシーンは数知れず記憶に残っています。中でもとてもチャーミングで思い切りエレガントなストーリーをひもといてみましょう。

これぞ“パリ流のエスプリ”という言葉に出合ったことがありました。最高級クラスの中でも、特にエレガントなホテルとして知られた「ホテル・プラザ・アテネ」でのチェックアウトのときのこと。その日の朝は大粒の雨が降りしきり、別の街へと移動するのも憂鬱なほどでした。ベテランのチーフコンシェルジュが私にひとこと呟きました。「あなたが帰ってしまうので、パリが泣いていますよ!」と。若かった私はドキドキしながら、フランス映画の主人公のような面持ちでパリを後にしました。

エレガンスとは、謙虚さや他の万物への思いやりを宿す“人間力”を持ち合わせていること

もうひとつ、日本流の無言のエレガンスとでも言いましょうか。厳寒の2月、修善寺の名旅館「あさば」の大のれんをくぐってチェックイン。背筋がピンと伸びるほど張り詰めた緊張を感じながらの滞在でした。いざ帰る日の朝、小雪がちらつく伊豆山中の寒さ厳しい中、玄関先に揃えられた靴がポカポカと温められていたのです。言葉ではない日本流の“優しさ”を体いっぱいに感じ、もてなしの極意に感動。この日は足から心も体も一日中温められました。私にとってエレガンスとは、昔も今も、これからの新時代においても、謙虚さや他の万物への思いやりを宿す“人間力”を持ち合わせていることと確信しているのです。

【Column 1】記憶に残る『25ans』の1ページ

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創刊45周年を記念し、エレ派の豊かな暮らしに欠かせないラグジュアリーホテルを総括した特集「私たちの偏愛♡ホテル図鑑」の導入部で、日本のホテルの近況をつづってくださったせきねさん。「観光が忙しくなり、インバウンド客が急増する日本には多くのホテルが次々と開業中です。しかし、ホテル業界をくまなく取材する中でも、この機会ほど俯瞰で総括したことがありませんでしたから、日本のホテル市場の変化や、常に自然に寄り添うホテル、世界的に通用する以上に豪華なラグジュアリーホテルも増えていることに、改めてホテルの魅力を感じました。見出しは『ここまで来た日本のラグジュアリーホテル、世界レベルのホテルが次々に誕生』でしたが、誇らしいジャパンマーケットを見つめ直し、未来はどこへ向かうのかとホテルへの思いを新たにした瞬間でした」

【Column2】日常で見つけた“身近なエレガンス”

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本文にもあるように、物質的に豪華なだけではない、多様なホテルや旅を体験してきたせきねさんが、別世界のエレガンスを感じたのはテントだそう。「インドの『Aman-i-Khas(アマニカス)』に滞在したときに“テント”のイメージが覆されました。まだ“グランピング”という言葉もないころ、『アマニカス』ではスパ専用テントがあり、施術を満喫。客室テントは108㎡もあり、入口のジッパーを開けると旅館の前室のような空間が造られ、毎朝6時、朝食前にGood Morning!と、その空間にスタッフがコーヒーやクッキーを日替わりで運んでくれます。ここでの最大のアクティビティは、運がよければ野生の“ベンガルトラ”が水を飲む様子を遠目に見られること。ジープでランタンボール国立公園内まで走り、じっと潜んで何時間でも待つのです。

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一方、ボツワナのサファリテントでは、豪華なアフタヌーンティーが専用テントでサービスされます。ラグジュアリー・トラベラーはこうして世界各地の秘境で魅惑のテント旅を謳歌しているのです」

せきねきょうこさん PROFILE:仏アンジェ西カトリック大学へ留学後、スイスの山岳リゾート地で観光案内所に勤務。在職中、3年間の四つ星ホテル住まいを経験。以来ホテルの表裏一体の面白さに魅了され、フリーの仏語会議通訳を経てジャーナリズムの世界へ。「環境問題、癒やし、ホテルマン」を基本テーマに雑誌・WEBなどを中心に執筆、著書多数。日本人初取材、海外ホテル&マーケットへの招聘も。2010年より世界に広がる「アマン」をはじめ、有名ホテルのアドバイザーも務める。

25ans(ヴァンサンカン)11月号掲載(2025年9月27日発売)

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