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DNAをヒントに「寿命を設定できるプラスチック」を開発

  • 2025.12.7
プラスチックのサンプル。右が18時間放置した状態/研究者のYuwei Gu氏(左)とShaozheng Yin氏/Credit:Rutgers

私たちは普段、使い終わったプラスチック容器をリサイクル用の袋に入れておけば、その多くが新しい製品として生まれ変わると思いがちです。

しかし実際には、リサイクルされるプラスチックは全体のごく一部にとどまり、残りは焼却や埋め立てに回されることが多いとされています。

特に、食品がこびりついた弁当容器や、油汚れの強い総菜トレー、さらに複数の素材が貼り合わされた包装フィルムのように、洗っても汚れや異物が残りやすい容器は、現状の技術ではリサイクルが難しい分類に入ります。

こうした“行き場のないプラスチック”は自然環境に流れ込みやすく、海や土の中で何十年も姿を残し続けてしまいます。

その一方で、自然界にある DNA やタンパク質は、必要なときに作られ、役目を終えると静かに分解される仕組みを持っています。生き物の分子は、「使う」と「片付く」が最初から一体として設計されているのです。

米国ニュージャージー州のラトガース大学(Rutgers University)の研究チームは、この自然の仕組みにヒントを得て、まるで生き物のように“寿命を設定できるプラスチック”の開発に挑みました。

使われている間は丈夫で、役目を終えると静かに姿を消していく――そんな未来の素材が、本当に実現しつつあります。

この研究の詳細は、2025年11月28日付けで科学雑誌『Nature Chemistry(ネイチャー・ケミストリー)』に掲載されています。

目次

  • DNAから着想を得た“寿命つきプラスチック”のしくみ
  • なぜ分解できるのか、どこまで実用化できるのか

DNAから着想を得た“寿命つきプラスチック”のしくみ

DNA やタンパク質は、必要なときに作られ、役目を終えると自然にほどけて消えていきます。

ラトガース大学の研究チームは、この“使い終わったらきちんと分解される”仕組みに着目しました。

現在のプラスチックは壊れにくさを優先して作られており、環境に放置されても分解されにくい性質を持っています。

そこで研究者たちは、「ならばプラスチックにも“ほどけやすい構造”を最初から組み込んでしまえばいいのではないか」と考えたのです。

ポイントは「内部の並び方」を変えること

研究チームが導入した工夫は、とてもシンプルですが画期的です。

プラスチックの材料そのものを大きく変えるのではなく、“分解が始まりやすい姿勢”になるように分子の並び方をデザインしたのです。

この並び方の調整によって、プラスチックがほどけるきっかけが自然環境でも起こりやすくなります。

靴ひもを強く結ぶか、軽く結んでおくかでほどけやすさが変わるように、これは素材の内部構造を“結び方”として設計しているイメージです。

寿命を自由に設定できる可能性

この“結び方”の調整だけで、プラスチックの寿命をコントロールできることが実験で示されました。

数日、数か月、さらには数年間という幅広い寿命設定が可能です。

しかも、高い温度や強い薬品を必要とせず、室温や自然条件で静かに分解が進みます。

これは環境負荷の低減に大きく貢献します。

今回の成果が特に注目される理由は、同じ素材でも内部構造のデザインだけで寿命を調整できる点です。

強度は保ったまま、使い終われば自然にほどけていくという“自分で片付くプラスチック”が実現しつつあります。

食品パッケージや使い捨て容器のように短い役割を持つ製品で、この仕組みが活かされる未来が見えてきました。

次項ではもう少し具体的にこの研究の詳細に触れていきます。

なぜ分解できるのか、どこまで実用化できるのか

DNA が分解されるとき、分子同士の距離や角度が重要な役割を果たします。

研究チームは、開発したプラスチックにも自然条件で結合を切りやすい距離と向きになるように、分子の配置をあらかじめ調整しました。

今回のプラスチックには、ある条件で切れやすい「弱い結合」が隠れており、その近くに「求核基(nucleophilic groups)」と呼ばれる、“結合を切るきっかけになる部分”があらかじめ仕込まれています。

この求核基をどのように配置するかによって、結合が切れるまでにかかる時間=プラスチックの寿命を自由に変えることができます。

  • 分子同士が反応しやすい配置 → 結合が早く切れる(短い寿命)

つまり、化学結合そのものを変えなくても、分子の並び方を変えるだけで「何日持つか」「何年持つか」という寿命をプログラムできるわけです。

この発想こそが、この研究の最も革新的なポイントです。

実用化には越えるべき壁がある

ただし、すぐに市販のプラスチック製品に使えるわけではありません。

今回の成果は、研究室レベルのポリマーで得られたものです。

大量生産のための工程が確立していないことや、コスト、耐久性など多くの課題があります。

さらに、分解して生じる成分が長期的に安全であるかどうかも確認する必要があります。

また、実際に製品として利用するためには「使っている間は壊れず、捨てたあとから分解が始まる」という精密なタイミング調整が欠かせません。

これをどのように制御するかは、今後の重要な研究テーマです。

それでも、この研究が注目されているのにははっきりとした理由があります。

現在のプラスチック汚染の根本問題は、プラスチックが「丈夫すぎる」ことにあります。

今回の技術は、必要なときだけ丈夫で、役目を終えたら静かに消えていくという理想像に近づいています。

また、この分解の仕組みは、あらかじめ寿命を決めておくだけでなく、紫外線や金属イオンを合図にして「今から分解を始める」とスイッチを入れることもできると報告されています。

もしかすると、この研究は長期的には、材料科学の設計思想そのものを変える革新になるかもしれません。

参考文献

Scientists Develop Plastics That Can Break Down, Tackling Pollution
https://www.rutgers.edu/news/scientists-develop-plastics-can-break-down-tackling-pollution

元論文

https://doi.org/10.1038/s41557-025-02007-3

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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