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【尾上右近さん】もはや”依存”と語る歌舞伎の魔力。新たに『八雲立つ』でつかんだ境地

  • 2025.12.7

【尾上右近さん】もはや”依存”と語る歌舞伎の魔力。新たに『八雲立つ』でつかんだ境地

一つの出会いが、人生を大きく変えることがあります。尾上右近さんにとってそれは、わずか3歳のときに出会った“歌舞伎”でした。その日から今日まで、一途に芸の道を歩んできた情熱の源泉とは。 この年末に挑む詩楽劇『八雲立つ』で見せる新たな境地、そして未来にかける想いを、じっくりとうかがいました。

尾上右近さん 歌舞伎俳優

おのえ・うこん●1992年、東京都生まれ。
2000年、歌舞伎座『舞鶴雪月花』の松虫役で初舞台。
05年、新橋演舞場『人情噺文七元結』の長兵衛娘お久、『喜撰』の所化で二代目尾上右近を襲名。
18年には清元唄方の名跡、七代目清元栄寿太夫を襲名。
歌舞伎俳優、清元節の太夫としてだけでなく、映画やドラマ、バラエティー番組など、多方面で活躍中。

30年間、測り続けた『鏡獅子』と自分との距離

「依存してますね、もう完全に」

意味深な言葉とは裏腹に、その顔には何やら楽しげな表情が浮かんでいる。歌舞伎俳優、尾上右近さんが「依存」と表現するほどに熱中するもの––––それが、歌舞伎だ。彼にとって歌舞伎は、生きるための「大義」でもあるという。

「自分は何のために生きているのか。そこに意味が見いだせないと、僕はやっていける自信がなくて。大義なんて言うとカッコいいけれど、簡単に言えば依存。歌舞伎依存症なんです(笑)。『歌舞伎がなくても懸命に生きられる』『歌舞伎がなくても自分には芸がある』と、いつか言える日が来てほしいと思っています。でも今世では、それは少々難しいかもしれませんね」

その芸の道への入り口は、まだ3歳だった彼の前に、ほとんど運命のように現れた。

「祖母に、『あなたのひいおじいさんは歌舞伎役者だったのよ』と言われ、見せてもらったのが六代目尾上菊五郎の『春興鏡獅子』の映像でした。可憐な御小姓、弥生が、神の使いである勇猛果敢な獅子となる––––。その神々しい姿やギャップ、そしてこの人が自分のひいおじいちゃんであること。すべてに心が震えましたね。僕にとって、一生分の奇跡を体験した瞬間だった気がします」

すぐに踊りの稽古を始め、役者として生きる道を選んだ。歩み続ける中で、常に心にあったのは、「いつかあの『鏡獅子』を演じること」。

「『鏡獅子』に一歩近づいたかな、いや遠ざかった気がする、けっこう近くにあるぞ、いやまだまだ……。役者の道に進んでからは、そんなふうにずっと自分と『鏡獅子』との距離を考えながら生きてきました。だから2025年4月、ついに『春興鏡獅子』を歌舞伎座で演じられたときは、ものすごい安心感がありました。でもそれと同時に戸惑いも。『うわっ! 用意してなかったわ、このときの自分の心の在り方』って」

夢がかなった瞬間、歌舞伎を辞める可能性もありました

長年追い求めた夢がかなった瞬間、右近さん曰く「歌舞伎を辞める可能性もあった」という。

「そうならなかったのは、『鏡獅子』以上に歌舞伎という存在が大きかったから。僕の土台には、ちゃんと歌舞伎がある。それが確認できて、本当によかったと思います。公演中は、一日の半分以上、演目のことを考えているのですが、いつも必ず『歌舞伎っていいよなぁ』って思うんです。心底、歌舞伎が好きなんでしょうね」

彼の口から語られる歌舞伎の魅力は、実に多彩だ。

「歌舞伎の魅力は、“いろいろな面があること”だと僕は思います。芸術であり、文化であり、娯楽でもある。そして役者の個性を味わうのも、作品として楽しむのもよし。役者から若さのエネルギーを感じることもあれば、熟練の技や枯れた味わいに心が惹かれることもある。まるで人の一生を凝縮したような深みと広がりが、歌舞伎にはあるんです。だから演じる側も、一生かけて追い続けなければなりません」

その熱量はすさまじいが、本人はあくまで謙虚。

「僕がすごいんじゃなくて、歌舞伎がすごいんです。僕みたいな“生け贄”をつくってしまうほどの魔力があるんですから。でも、その生け贄は誰でもいいわけじゃなくて、僕じゃなきゃ嫌なんです。われながらすごい執着ですよね(笑)」

不安に襲われたときは抗わず、受け入れる。それでいいんじゃないかな

これほどまでに深く愛する歌舞伎だからこそ、ときに不安に襲われることもある。

「いくら歌舞伎を愛していても、体を壊して役に立てなくなったら、その愛の果たしどころがなくなってしまう。そうなることへの恐怖や、お客さまがついてきてくれるだろうかという不安は、常につきまといます。でも、これは克服できるものではないんですよね。強気になれるときはとことん強気で突っ走り、不安に襲われたら抗わずに受け入れる。それでいいのかなと思っています」

芸の道で張り詰めた心を解きほぐすのは、日常の中にあるささやかな時間だ。

「海や川、とにかく水を見るのが好きですね。あとは喫茶店に行くことも。最近は早起きも始めました。以前は早起きが大の苦手だったんですが、やってみたらすごく気持ちがよくて。早起きして、氏神様にお参りをして、川沿いを走るのが朝のルーティン。早い時間に喫茶店に行き、ぼーっとしたり本を読んだりする時間も気に入っています。行きつけのお店? それは内緒です(笑)」

『鏡獅子』という大きな節目を越えたことで、新たな視点も生まれた。

「『長く続けていく』ということを考えるようになりました。僕はどうにも危機管理能力が低くて、これまではスケジュール的に無理をすることも多かったんです。でも、今無理をしたら数十年後に舞台に立てなくなるかもしれない。そう考えたら、無理をしない選択ができるように。『鏡獅子』は、間違いなく僕のターニングポイントになった演目です」

3年の時を経てたどりついた“包み込みたい”という思い

この年末、右近さんは3年ぶりに再演される詩楽劇『八雲立つ』の舞台に立つ。演じるのは、荒ぶる神、スサノオだ。

「『八雲立つ』は、宝塚歌劇や2.5次元ミュージカル、クラシック音楽など、各ジャンルのプロフェッショナルが集う作品。2022年の初演時は、そんなカンパニーを『かき混ぜたい』という思いが強かったんです。でもあれから3年たち、経験を重ねた今、今回はみんなを『包み込む』ような存在でありたいと思っています。演じるうえでは、より力を抜きたい。力まないほうが、圧倒的に威力は増すと思うので。その力の表現の違いを、今回はお見せできるんじゃないでしょうか」

芝居、歌、踊りと、見どころも多彩な本作だが、右近さんのイチオシは舞台上で歌舞伎の化粧(隈取/くまどり)を施す場面だという。

「僕らにとっては当たり前のことですが、普段見ていただく機会はなかなかありません。ライブだからこその躍動感や勢いを楽しんでいただけたらと思っています」

失敗したっていい。そんな在り方を後輩たちに見せていけたら

『八雲立つ』の舞台では、25年の穢(けが)れを払い、新たな年を寿(ことほ)ぐお祓(はら)いが神職の手により執り行われる。そこで26年の抱負を尋ねると……。

「これまでは求められたことに応える時期が長かったのですが、少しずつ立場も変わり、自分軸で判断できることが増えてきました。26年は自分のペースで活動し、心を満たしていきたいですね。テーマは『満ち満ちる』かな」

その視線の先には、彼が切り開く道に続くであろう、後輩たちの姿も見えている。

「最近、後輩たちに人としての穏やかさを見せたいと思うようになったんです。僕は『失敗は許されない』という空気を浴びてきたけれど、失敗したっていいじゃないかと思うんです。いつか自分が旗振り役を担うときが来たら、『失敗もいいよね』という旗の振り方をしていきたい。失敗も愛されるような空気があれば、表現の幅がもっと広がると思うから」

【Information】J-CULTURE FEST presents 詩楽劇『⼋雲⽴つ』

日本の神々の物語から荒魂と八岐大蛇を題材に、ヴァイオリンと和楽器の音色、そして石見神楽の大蛇の舞が響き合う、古典芸能と音楽が融合した詩楽劇。大蛇と化した岩長姫とスサノオが対峙し、岩長姫の闇が断たれたとき、世界にどんな変化が訪れるのか。舞台上で衣裳をまとい、隈取を施し、大太刀を手に荒事を演じる右近さんの姿は必見。

●構成・演出/尾上菊之丞
●脚本/⼾部和久
●出演/尾上右近、紅 ゆずる、佐藤流司、和⽥琢磨、梅⽥彩佳、川井郁⼦(ヴァイオリン)、⽯⾒神楽 万雷、尾上菊之丞
●日程/12⽉29⽇(月)~31⽇(水)
●会場/東京国際フォーラム ホールB7
●公式サイト/https://yakumo2025.com
㉄stage.contact55@gmail.com

撮影/池田博美
スタイリング/三島和也(Tatanca)
ヘア&メイク/Storm(Linx)

※この記事は「ゆうゆう」2026年1月号(主婦の友社)の記事を、WEB掲載のために再編集したものです。

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