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ぐずる我が子を前に、内心「こっちが泣きたい!」ヨシタケシンスケの子育ての経験から生まれた絵本

  • 2025.12.6

大人気作家・ヨシタケシンスケさんが描く絵本『しばらくあかちゃんになりますので』は、子育ての経験から生まれた、現代の大人の願望が詰まった一冊。「誰もが赤ちゃんタイムを持つのが当たり前」という世界で、大人も“普段の自分”から離れられるというもの。ヨシタケさんがこの絵本に込めた想いとは――。※インタビュー内容は2024年9月6日時点のものになります。

現実と「自分」を手放し、心をリセットさせられたら……

――昨年刊行された絵本『しばらくあかちゃんになりますので』は、大人の願望が詰まった作品です。こんなふうに赤ちゃんになってジタバタしたい!と思う大人は多いのでは。僕自身、ぐずる我が子を前に「泣きたいのはこっち!」「私が赤ちゃんになりたいわ!」と思っていたんですよね。息子たちはもう中学生と大学生。赤ちゃんと関わる機会もめっきり減ってしまいましたが、いまだに街で赤ちゃんを見かけると、かわいいなあと思うと同時に、でも自分の子を世話するって大変なんだよな、イラっとするときもあるんだよなと鮮明に思い出せる(笑)。その記憶をそのまま絵本にしてみました。――「今からちょっと赤ちゃんになってみよう」と家の中だけで実践しているのかと思いきや、絵本の世界では、誰もが赤ちゃんタイムを持つのがあたりまえ、というのもいいですね。みんな一斉に赤ちゃんになってしまったら社会が崩壊してしまうけど、かわりばんこで赤ちゃんになるぶんには構わないでしょう(笑)。それぞれのタイミングで、現実と「自分」を手放し、心をリセットさせることができたらいいよなあ、って。読んでくれた人が、自分だったらどのタイミングで赤ちゃんになりたくなるかな、と想像してみたり、ちょっとしんどくなったとき、2時間だけ赤ちゃんタイムをとろうかなって思ったりしてくれたら、嬉しいですね。――見開きの、お母さんの「アーン」という大号泣が、迫力あっていいですね。やっぱりそこが、一番の見どころです。お母さんたちが、自分の代わりに発散しているような気持ちになってくれたらいいな、と。――個人的には、泣くきっかけになった場面が一番好きでした。日々の家事に疲れて、せっかく赤ちゃんになろうと決めたのに、ゴロゴロしてたら棚にぶつかってモノが落ちてきたのが地味に痛い。ものすごく頑張ってようやく気を抜けたのになんで⁉ 私が何をした!? みたいな感じがリアルだな、と。あそこが一番とは珍しい(笑)。でも、ありますよね。それがトリガーとなって一気にいろんなものが噴出してしまう。でも、わーっと泣いたら意外とすっきりして、現実に戻ろうという気にもなれる。僕はもともとあんまり息抜きするのが上手じゃなくて、たいていのことは我慢できてしまうタイプだから、こういう赤ちゃんタイムがシステムに組み込まれた世の中なら、助かるのになあって思います。――そういう人は、多い気がします。赤ちゃんタイムを終えたお母さんが、お父さんに買い物を頼むじゃないですか。もしかしたら赤ちゃんになる前は、全部自分でやろうとして追い詰められていたかもしれないなあ、と思いました。感情を放出することで我に返り、冷静な判断ができることもありますよね。電話を受けたあとに、お父さんも赤ちゃんタイムに入るんだけど、お母さんほど切羽詰まってはいない。この頃忙しくてしばらく赤ちゃんになってなかったな、ちょっと寄っていくか、とものすごく軽い気持ち。赤ちゃんタイムをやめるタイミングも、なんかビールが飲みたくなってきたから、これくらいにしておくか、と。――はやく買い物に行きなよって思いました(笑)。ですよね(笑)。たぶん、イラっとする女性はいると思う。ともすれば、現実ではケンカの種になりがちだけど、そういう温度差があるからおもしろみって生まれるんじゃないかなとも思うんです。切羽詰まった理由がなくても、誰だって赤ちゃんタイムに入ればいいという気持ちもある。ここまで頑張ったから許される、ではなくて、理由は曖昧にしたまま、気軽にみんなが赤ちゃんになれる。自分を手放して休むことができる。そういう社会の方がいいよなあ、って。

家族もどれだけ“できなさ”に寄り添えるかが大事

――確かに。自分に厳しい人ほど、限界まで休むことができなくて、その反動で休んでいる人に苛立つこともありますしね。そうならないためにも、みんなで、鬱屈が軽いうちに赤ちゃんになっときましょう、と。相手を許して、初めて自分が許してもらえることってあると思うんですよ。というか、世界を許すから俺を許してくれ!というのが、僕のスタンスでもあって。人との関係は許し許され、お世話しあうことでしか成り立たない。とくに家族の場合は、どこまで相手の“できなさ”に寄り添うか……こちらが望んでも相手が叶えてくれないことを受け入れていくかが大事なんじゃないでしょうか。無責任にならない「お互い様」と言えるラインを探りたいというのは、常に僕の中にありますね。――そういう意味では、ラストで、会社で地位の高そうな人たちが赤ちゃんになっている描写はいいですね。背負っているものが大きい人ほど、お互い様と思う気持ちを忘れてしまいそうな気もする。そうそう。若手っぽい人も、社会的地位の高そうな人も、男女問わず赤ちゃんになっている姿を描きましたが、背負うものが違っても、その大きさをはかることなく、属性を越えてみんな赤ちゃんになっちゃえばいいんだよ、と。集団で赤ちゃんになるのもありなんだ!?って驚きも見せたかった。――泣くし壊すし喧嘩するし、カオスですよね。一人ひとりの表情と赤ちゃんぶりを見ているだけで楽しいです。この人はだいぶ赤ちゃん歴が長そうだな、この人はまだ遠慮が残っていそうだから日が浅いのかなとか、いろいろ想像して楽しんでもらえたらと。スリッパもね、こんなふうにしゃぶっていたらしっかり味がするんだろうなあ、とか僕も描いていて楽しかったです。でもね、最後の一コマ、おじいちゃんに電話をしたら「今赤ちゃんになってるわよ」と言われるのは、ちょっとぞわっとするという。――大人が読むと、違う意味を感じ取りますよね。そう。今、っていうか去年からずっと赤ちゃんなのかもしれない。ということはつまり、これは介護の現場なのかも。赤ちゃんタイムに入るというのは、後期高齢者の日々を考えることかもしれないと後から思ったのは、僕自身が「老い」について考えることが多くなってきたからかな。――ヨシタケさんにとって「赤ちゃんになる」ことの肝はなんですか?価値観からの開放、でしょうか。こうあるべきだ、こうでなくちゃいけない、という規範から一時的に自由になる時間。赤ちゃんに法則性はないし、何をやったって仕方がないって思えるでしょう。自分に対しても、物語に対しても、そういう枠からはみ出していいんだということを伝えたかった……というよりも、僕自身がそう思える時間がほしかった。だから描いた、という感じです。――大人にはめちゃくちゃ響くと思うんですけど、子どもたちはどういう楽しみ方をするんでしょうね。できるだけシンプルにはしたんですよ。「大人が赤ちゃんになっちゃうんだって、おっかしー!」以上のことは入れないように、できるだけテキストも少なくして。『メメンとモリ』とか『おしごとそうだんセンター』とか、文章が多めだったり、理屈っぽかったりするお話を描くこともあるので。どうしてもね、僕はおじさんなので、大人が面白がれるものを描いてしまうんですよ。だから実を言うと、子どもたちは何を楽しんでくれているんだろう?と未だに不思議。――『小学生がえらぶ! “こどもの本”総選挙』の1位に選ばれているのに(笑)。そうなんですよ。不思議ですよね。ただ、僕が子どもだったときも、大人に向けた本だからといっておもしろがれなかったかというと、そんなことは全然なくて。むしろ「大人が好きそうな本だけど、俺もこの良さがちゃんとわかるからね」って思ってた(笑)。わかる俺は他の奴らとはちょっと違うんだぜ、って思いたいじゃないですか。そういう気持ちを少なからず刺激しているんだとしたら、ものすごく嬉しいですね。取材・文/立花もも

【PROFILE】ヨシタケシンスケ

絵本作家、イラストレーター1973年 神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。日常の一コマを切り取ったスケッチ集や、装画、挿絵など、幅広く活動している。MOE絵本屋さん大賞、ボローニャ・ラガッツィ賞特別賞、ニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞など、受賞多数。最新著書に『お悩み相談 そんなこともアラーナ』(白泉社)。

『しばらくあかちゃんになりますので』

 (1660999)

ヨシタケシンスケが描く、これがホントの「あかちゃんえほん」!?「みーちゃんのママは、あかちゃんばかりお世話しています。「おねえちゃんなんてつまんない」と思ったみーちゃんは、おしゃぶりをくわえて、ゆかにゴローン……あかちゃんになってみました。今度は、たくさんの家事をこなして、へとへとにつかれたママが「しばらくあかちゃんになるわ!」と言って……? さあ。あなたも、あかちゃんに!

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