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男がボッキしないエロ小説が書いてみたかった――潔く自由なニューヒロインが痛快!【『典雅な調べに色は娘』鈴木涼美インタビュー】

  • 2025.12.6

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大手鉄道グループの子会社にコネ入社したカスミは、夜職上がりの27歳。「あなたを最後の恋人にしたい」と口説く初老の環境学者をはじめ、それぞれに癖のある男たちと戯れに身体を重ねる日々。潔くも自由な「生」と「性」を謳歌するカスミだが、久々に心からときめく男性と出会ってしまう――。

「性愛」「階級」「女性の自己意識」など、社会の中で女性がどう位置づけられ、どう眼差され、どう折り合いをつけていくかを綴った作品を次々と放つ鈴木涼美さん。最新小説『典雅な調べに色は娘』(河出書房新社)では、これまでにない軽やかな筆致で主人公の冒険を綴っています。

本作に込めた思いや主人公像、テーマ、狙い、そして思いも寄らないタイトルの意味などをうかがいました。

(C)鈴木涼美/河出書房新社
(C)鈴木涼美/河出書房新社

――これまでの鈴木さんの小説は、冷静な観察眼で感情の濃淡を精緻に描く印象がありました。今作では一転して軽やかな文体で、随所に挟まれる自虐&他虐描写にもおかしみがあります。書き方を意識して変えたのでしょうか?

鈴木:そうですね。本作は雑誌『スピン/spin』で第1号(2022年9月)から第9号(2024年9月)まで2年間にわたって連載しました。まず、連載というかたちで長編小説を書くのが初めてというのが大きかったです。長期間つきあっていく物語になるので、なによりもまず自分が楽しく書けるようにしたかった。今まではどちらかというと硬質な文体で書き始めることが多く、作品によっては場所や時代をあまり特定しないよう固有名詞もかなり抑制的に使うような書き方でしたが、今回は勢いのある文体にして、読む方が今の時代と物語世界をイメージしやすいよう固有名詞もたくさん盛り込みました。そういう意味ではかつて私が書いていた夜の街や恋愛についてのエッセイに重なる部分も多いかもしれません。

――執筆プロセスはどのようなものでしたか?

鈴木:私はいつも詳細なプロットは立てずにまず書きはじめるんです。それは今回も同様で、第1話を書いている時点では結末は決めていませんでした。でも、カスミという主人公さえ明確に形づくれていたら、きっと書くうちに見えてくるだろうと思っていた。彼女が毎回さまざまな男性と出会い、どんなやり取りをしていくのか追いかけていった感じですね。

■昼の世界と夜の世界、どちらが健全なのか

――計算高いようでいて、ちょっぴり抜けたところもあり。達観していながら心の底にはピュアネスが宿っている。そんなカスミがとても魅力的です。彼女には鈴木さん自身が反映されていますか?

鈴木:めちゃくちゃ反映されています(笑)。私も26歳頃に夜職から昼職へ転職したのですが、カスミが作中で感じているように、夜と昼の世界の差異というか違和感に居心地の悪さがありました。昼職である会社の中にいても、どうしても夜の匂いを出してしまっているのか、悪目立ちしていましたし、異なる者を見るかのような周囲からのまなざしを楽しんでもいました。カスミは若い頃の自分を凝縮したキャラクターではありますが、彼女の方が毅然として生きていますね。書きながら堂々としているなあ……と感じました。

――カスミもまた夜職と昼職における価値観の違いに戸惑っているところがあります。

鈴木:夜の世界って分かりやすく自分の身体に値段がつく場所なんです。それはすごく無礼な文化ではあるけれど、すごく正直な世界でもあって。対照的に昼の世界は、女性の身体に値段をつけるのは建前ではいけないことになっていて。それでいて、女らしい振る舞いや女としての役割を暗黙裡に求められているところもある。夜であれば値段がつくことが昼だと無料でおこなわれていることもあります。非常に不可解、かつ不健全です。夜と昼、どちらが健全なんだろうと、よく考えていました。そうした私の実感も落とし込まれています。

――カスミには、灯りに蛾が群がるかのごとく中年男性たちが寄ってきます。そして非常に無自覚に(ここ肝心!)ひどい態度をとっています。

鈴木:ええ。初老の環境学者はカスミに、きっと何も考えないでピルを飲んでくれないかと頼んでいますが、他にもコンドームを着けたがらない男性なども登場します。彼らはそうした振る舞いを本当に悪気なく(女性に対して)しているように見えます。それは悪気がないだけに、いっそう根深い。カスミは軽くかわしますが、ちゃんと不愉快な気分になっています。そういった、性的な場において女性たちが日常的に経験している小さな傷つきや苛立ちを掬い上げたかった。

■男性=眼差す側、女性=眼差される側の構造を引っくり返したかった

――そんな男性たちですが、チャーミングなところもあります。

鈴木:彼らは完全に悪い人(たち)というわけではなく、人によっては愛すべきところもある。だからカスミも寝てもいいかな、と思ったわけでして。そうした普通の、常識もモラルもそれなりに備えている男性たちが、ことセックスに関しては当たり前のように女性に避妊を丸投げし、相手が傷ついていることにすら気づかないという鈍感さ。そうした“日常のなかにあるモヤり”は、小説という表現形式なればこそ、生き生きと伝えられるんじゃないかと。

――本作についてXで「男がボッキしない、むしろ萎えるエロ小説が書いてみたかった。ので書きました」と発言されていますね。

鈴木:世の多くのエロ作品は男性の眼差しで描かれていて、女性は「眼差される側」です。それは実社会でもそう。職場や街中で男性は女性を見つつ、無意識のうち値踏みしているのではないでしょうか。そうした男=見る側、女=見られる側の構造を引っくり返そうと思いました。

――カスミは寝ている相手をつぶさに観察して評します。鼻毛が出ている、目が異様にうるうるしている、という具合に。その率直さがおかしかったです。

鈴木:世の男性たちは性交している間の自分の表情を、もっと意識すべきですよね(笑)。相手にどう見られているのかを。カスミの目をとおして男性キャラクターたちを見られる側として描くことで、男性読者に、自分はこんなふうに女性を見ているかもしれない……と思ってみてほしいですね。

■経験を積んで同じところへ戻ってしまう繰り返しに、生きることのリアルを感じる

――唯一、名前を持つ男性キャラクター(すなわちカスミが彼を匿名的な“男”ではなく“個人”として認識する)が、後半で登場する小宮さんです。

鈴木:小宮さんは最初の段階から思いついていた人物で、カスミにとって「この人だけは他の男とは違う」と感じさせる人です。なので、出会いからして少々趣向を凝らしました。

――同じマンション内に住んでいて、カスミの落とし物を小宮さんは届けてくれます。まるでTVドラマのような“はじまり”ですね。

鈴木:カスミの、まあまあ灰色の生活に射し込む「ひょっとして人生が変わるかも……」といった錯覚を抱かせてくれる男性として小宮さんを配置しました。彼との関係がどこへ向かうかは読んでいただくこととして、(私が)書きたかったのは、恋愛や人生経験を積むことで人は必ずしも新しいステージに上がっていくわけではないんじゃないのかな……ということなんです。もちろん、そういう物語、いわゆるビルドゥングスロマンがあってもいいのですが、私自身は、いろんな経験をしては、また同じところへ戻ってきてしまう繰り返しの方にこそ、生きることのリアルを感じるので。なのでカスミも結局のところ特に成長しているわけではなく。でも、それでいいと思うんですよ。

――なかなかに痛い目に遭いながら、彼女は着実にタフになっています。

鈴木:やさぐれ度を深めつつ、成長してはいないんだけど、ちゃんと生存していますよね。そう、これは成長じゃなくて生存の物語なんです。

■女友だちとのネットワークで過酷な日常から救われている女性は多いはず

――男性たちとのざらついた関係とは対照的に、夜職時代の先輩の“ラン姉さん”や、昼職での同僚“処女風非処女”といるときのカスミはのびのびしています。

鈴木:ラン姉さんのお店はカスミの心の避難先です。かつて自分が生き生きと暮らしていた世界を象徴する場所でもある。いざとなったらそこへ逃げ込めば、息がつける。そういう場所がないとしんどいですからね。一方の“処女風非処女”は、最初のうちは記号的な同僚キャラとして書いていました。それが、何度かカスミとランチを共にさせるうちに育っていって、いつの間にか核心を突く対話相手にまで成長して。書いていて、彼女の変化が一番おもしろかったかもしれない。会社に囚われている者同士、カスミと彼女は同志なんです。

――昼の世界と夜の世界、それぞれに心を許せる友人がいるのはいいですね。

鈴木:そうですね。私自身も男の人と遊びにいくより、女友だちと過ごす時間の方が多いんです。小説の中でも女同士の関係はハッピーなものであってほしくて。だからカスミには、いい女友達をつくってあげたかった。実際友だちとのネットワークで過酷な日常から救われている女性も多いと思います。

――三十代になったカスミの話も読みたいです。つまり続編を。

鈴木:う~ん、若いから魅力的ってことも、あるかもしれませんよ。30過ぎたらただの人、みたいな。残酷なことに女性はやっぱり30の壁、40の壁というものがあって。しかもカスミは夜職出身ですから、そのあたりをより強く意識しているんじゃないかと。考えてみたら夜職とかAVといった、セックスまわりの仕事をしている女性は40代前で亡くなった方がけっこういますね。飯島愛、鈴木いづみ、林由美香、マリリン・モンロー。

――そうさせるものが社会にあるのかもしれません。

鈴木:だから私は、生き延びてやろうと思っています。40になる前に死んでしまったら伝説になりますが、自分は醜くなっても生きようと。カスミは果たしてどんな三十代になるやら、ですが。

――最後に、艶っぽいこのタイトルに込めた意味を教えてください。

鈴木:実は「典雅」は「TENGA」、「色は」は「iroha」からとったんです。言わずと知れたプレジャーグッズのブランドですね。タイアップ案件のご提案なども、大歓迎ですよ(笑)。

取材・文=皆川ちか

写真=冨永智子

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