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【ダウン症の書家・金澤翔子さん】のマジック。「私が仕組んだカラクリは知らないので…」という母の想い

  • 2025.12.6

【ダウン症の書家・金澤翔子さん】のマジック。「私が仕組んだカラクリは知らないので…」という母の想い

世界各地で個展や公演を開催する、ダウン症の書家 金澤翔子さんが表現する書。翔子さんを世界の舞台で活躍する書家へと導いた、母であり書の師匠である、金澤泰子さんの文。母と子が奏でる、筆とペンの力をじっくりとお楽しみください。

翔子のマジック

翔子は毎日、喫茶店で喜びに満ちてキラキラと輝いてウエイトレスとして働きながら、相変わらず手紙を沢山書く。住所が定かでないにもかかわらず、お化けのようにメチャクチャな宛先不明の手紙を、好きな人達に愛を込めて駅前のポストから送りまくる。裏面の差出人の欄には私の住所が印刷された封筒を使っているので、宛先不明の翔子の手紙はみんな、翔子と同じビルの一階上に住む私のポストに戻ってくる。

翔子はこの私が仕組んであるカラクリを知らないので、宛先不明で返却された多くの手紙もお相手にちゃんと届いていると思い込んでいる。想いを書いて送るのが目的で、届いても届かなくてもかまわないし、お返事が来るのを待ったり、送った手紙の行き先の安否などは問わない。ただほとばしる優しい想いを綴って送るだけ。郵便配達の方も心得ていて、私のポストにきちっと返してくれる。いわば片道だけの届かない手紙を書いて、切手を貼って愛を発進する喜びだけ。翔子の手紙とはそういうもの。

翔子を強烈に推し、ファンだという娘さんが翔子の部屋に何カ月も泊まり込んでいて、翔子もその娘さんのことを大好きになってしまった。だが、その娘さんが、行き先も告げず突然姿を消してしまった。「一緒にディズニーランドに行こうね」「海に行こうね」などと楽しい約束も沢山していたのに。この別れは辛かった。綺麗な声でマイケル・ジャクソンの歌などを唄ってくれていた、美しい歌姫のような娘さんとの理不尽な突然の別れは、悲しくて私もしばらく立ち直れなかった。

去年の初詣のこと。翔子がいつも娘さんと二人でいっぱい遊んでいた古い神社に、久々に私と一緒に行った。高く大きな樹の木梢(こずえ)から、落ち葉が舞い降りて来た。翔子はその枯れ葉を拾い、彼女からのメールだと喜んでいる。「ただの落ち葉でしょ」と私が無残に言うと、「ここに『翔ちゃん、また行くからね』『きっと行くから待っててね』って、ちゃんと書いてある」と涙で言い張る。翔子はこんな枯れた落ち葉にも、愛する人の言葉を、文字を見いだすのだ。これが、どこにでも自分の想いを具現してしまう翔子のマジック。

金澤泰子 ● かなざわ・やすこ
書家。明治大学卒業。書家の柳田泰雲・泰山に師事し、東京・大田区に「久が原書道教室」を開設。ダウン症の書家・金澤翔子を、世界を舞台に活躍する書家へと導いた母として、書の師匠として、メディア出演や本の執筆、講演会などで幅広く活躍。日本福祉大学客員教授。

金澤翔子 ● かなざわ・しょうこ
東京都出身。書家。5歳から母に師事し、書を始める。伊勢神宮など国内の名だたる寺社や有名美術館の他、世界各地でも個展や公演を開催。NHK大河ドラマ「平清盛」の題字や国連本部でのスピーチなど活動は多岐にわたる。文部科学省スペシャルサポート大使、紺綬褒章受章。昨年12月、大田区久が原に念願の喫茶店をオープンした。 今年は書家デビュー20周年の記念の年となる。

文/金澤泰子 書/金澤翔子


※この記事は「ゆうゆう」2026年1月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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