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挙動不審なセリフ回し、体の動き…森七菜の「不器用な10代」の演技が凄まじい! 実写化ドラマ『ひらやすみ』が支持されたワケ〈本日最終回〉

  • 2025.12.4

現代社会に生きる私たちは、常に「速さ」と「効率」という見えない圧にさらされています。情報は秒速で更新され、人生のイベントすら「タイパ」で測られてしまう。そうした強迫観念的な日常のカウンターとして、私たちは無意識のうちに、その真逆にある『ひらやすみ』のような生き方を求めているのかもしれません。

NHKの夜ドラ『ひらやすみ』は、現代人の心にぽっかりと空いた「休息」の空白を埋めてくれる、まさに今、全疲弊者に捧げたいヒューマンドラマです。

『ひらやすみ』より©NHK

いとこ同士のゆる~い共同生活、なぜ共感?

真造圭伍氏の同名人気漫画を原作とし、舞台は東京・阿佐ヶ谷の、どこか懐かしい一軒の平屋。主人公の生田ヒロト(岡山天音)は、29歳のフリーター。元俳優ですが、現在は近所の釣り堀でアルバイトをする、将来への焦りも、恋人も、定職もない、どこまでもマイペースなお気楽自由人です。

彼は、ひょんなことから親しくなった近所の“ばーちゃん”・和田はなえ(根岸季衣)から、一戸建ての平屋を譲り受けます。そこに、美大進学のために山形から上京してきた従妹の小林なつみ(森七菜)が転がり込み、二人の共同生活がスタート。

勝ち気で自意識過剰、夢を抱えながらも現実にもがく18歳のなつみと、世の速度に全く影響されないヒロト。価値観も生活のペースも全く違う二人のもとには、仕事一筋で心に余裕がない不動産会社勤務の立花よもぎ(吉岡里帆)など、「生きづらい」を体現するかのような人々が集まってきます。

本作の魅力の核を担うのが、個性豊かな実力派キャスト陣です。特に主人公、ヒロトを演じる岡山天音さんの唯一無二の風格は、このドラマの根幹を握っています。

岡山さんが作り出すヒロトは、社会の一般的な物差しでは測れない、浮世離れした「達観した自由人」でありながら、どこか憎めない愛嬌と、繊細な優しさを併せ持った人物。

セリフの微妙な間(ま)や、何事にも動じないゆったりとした佇まいは、まさに漫画からそのまま抜け出てきたよう。ヒロトの存在は、私たちに「急いで生きる必要はない」というメッセージを、押し付けがましくなく、そっと心の隙間に滑り込ませてくれます。

ほとばしる10代の不器用さ…「なつみ」役の森七菜が凄まじい

そして、ヒロトの従妹・なつみを演じる森七菜さんの存在感たるや、凄まじいの一言! 月9『真夏のシンデレラ』のヒロイン・夏海役で見せた太陽のような「外向きのエネルギー」とは対極の人物を演じています。

『ひらやすみ』より©NHK

なつみは10代を経験したことがある人なら誰しもが覚えのある、対人関係の不器用さや、自分の世界を守るための内面的な葛藤を極めてリアルに映し出したキャラクター。

特に、挙動不審なセリフ回しや、落ち着かない体の動きは、見ているこちらが「共感性羞恥」を覚えるほどの解像度。これは、大人になっても完全に消え去らない、自意識過剰な時期の痛々しい自画像そのものです。

ちなみに第一話で阿佐ヶ谷駅に降り立ち、ヒロトと対面する場面のセリフ「美大なんて、ただのフリーター製造機らしいですよ」の言い方や声の抑揚、目の動きは、若き日の宇多田ヒカルさんのインタビューの受け答え方にそっくりなのでぜひ配信で観返してほしい!

突出した才能と、それゆえに周囲との間に壁を作ってしまう、内向的で不器用な天才性の共通点を、森さんが無意識のうちに表現しているからかもしれません。

そんななつみが、ヒロトの“ゆるさ”という防波堤の中で、少しずつ心の鎧を脱ぎ捨て、マンガ家の夢に向かって一歩を踏み出す姿は、本作の見どころのひとつです。青春の再来を見ているようで、思わず胸が熱くなります。

「よもぎ」「ヒデキ」に見る、現代の若者のリアル

さらに、現代社会のスピードに疲弊した働く大人たちを体現するのが、吉岡里帆さん演じる不動産会社勤務の立花よもぎと、吉村界人さん演じるヒロトの友人・野口ヒデキです。

『ひらやすみ』より©NHK

よもぎは、仕事一筋で勝ち気、会社ではエースで、常に完璧であろうとする現代女性の象徴。しかし、ヒロトの平屋という異空間に足を踏み入れたときに見せる、張りつめた緊張が緩む瞬間や、本音と建前との間で揺れる表情の機微を観ていると、たまらなく応援したくなります。きっと「自分もよもぎのように疲れているのかも」と共感してしまう存在だからでしょう。

ちなみに、よもぎが働く不動産屋の上司、ほかの男性社員が出先に向かう際は「がんばってね!」っていうのに、よもぎにだけは「いってきます」に対して、目も見ず無反応。自分が友達だったらよもぎに「今すぐ転職しな!」と言ってあげたい。

また、ヒロトの親友のヒデキを演じる吉村界人さんは、見栄っぱりでちょっと嘘つきで不器用ながらも、ヒロトのゆるい生き方に影響され、自分のペースを見つけようとする青年の葛藤を見事に表現しています。普段の明るさの裏にある葛藤は、阿佐ヶ谷という街の多様な若者像にリアリティを与えています。

『ひらやすみ』より©NHK

これらの個性的なキャスト陣が、それぞれの「生きづらさ」や「急ぎすぎる日常」を平屋に持ち込み、ヒロトのフィルターを通して再構築していくことで、本作は単なる癒やしドラマ以上の、多層的な「現代人の肖像」を描き出しているのです。

そして、この物語に優しく寄り添い、視聴者を平屋の世界へといざなうのが、小林聡美さんのナレーション。彼女の静かで、時にユーモラスなトーンは、ドラマ全体を包み込む柔らかな空気そのもの。

過剰な説明を排し、登場人物たちの心の動きや、阿佐ヶ谷の風景を淡々と綴るその語り口は、私たちが何を大切にして生きていくべきかを、静かに問いかけてきます。

なぜ阿佐ヶ谷が舞台なのか?

ドラマのもう一人の主役ともいえるのが、舞台となる阿佐ヶ谷という街と、ヒロトが住む平屋です。阿佐ヶ谷は、都心へのアクセスは良いものの、古き良き商店街や人情味あふれる雰囲気が残る、どこかホッとできる街。

賑やかさと生活感が絶妙なバランスで共存し、ヒロトの「急がない生き方」を優しく包み込んでいます。例えば、劇中にも登場する、街の人々が手作りしたハリボテで彩られる七夕祭りのシーンは、この街が持つ温かさ、人間味の象徴です。

『ひらやすみ』より©NHK

そして、この街の気風が、平屋の持つ包容力と見事にマッチ。阿佐ヶ谷が位置する杉並区は、リベラルな気風で知られ、市民運動も活発で、区議会においても女性議員の比率が高い(50%を超えて過半数、区長も女性)など、多様な価値観が認められる土壌があります。

このような「どんな人でも受け入れてくれる」柔軟でリベラルな街の空気があるからこそ、ヒロトのような自由な存在が、誰からも咎められることなく、伸び伸びと生きていけるのではないでしょうか。

そしてヒロトが譲り受けた一戸建ての平屋。広縁があり、昔ながらのキッチンがあるその家は、なつみが当初不満を述べていたように、「タワマン」とは真逆の空間です。しかし、その畳や古い家具が持つ質感、そして縁側に差し込む午後の陽光は、私たちに実家や、幼少期の原風景を思い起こさせます。

この平屋は、ヒロトという人間性を映す鏡であり、訪れる人々に「いったん立ち止まっていいよ」と語りかけるような、開かれた心の空間であるところもポイントです。

素朴なのに美味しそう…「食事シーン」の立役者は

さらにドラマを語る上で欠かせないのが、「食」の描写。ヒロトが作る目玉焼きを乗せた焼きそば、味噌汁付きのトンカツ、シンプルな野菜炒め、そうめんといった、至って普通の家庭料理。それなのに、画面越しに伝わってくるその美味しそうな湯気と佇まいは、観る者の胃袋と心を同時に満たします。

『ひらやすみ』より©NHK

それもそのはず、本作のフードスタイリストは、映画『かもめ食堂』やドラマ『ごちそうさん』『大豆田とわ子と三人の元夫』など、数々の名作の食卓を手がけてきた飯島奈美さん。

「特別」ではないけれど、「雑」でもない、丁寧に作られた日常の食事。それは、ヒロトの生き方そのものを示唆しているようです。急いで栄養を摂取するだけの「食事」ではなく、誰かと向かい合い、時間を共有するための「食卓」。その温かさが、平屋に集う人々の心を癒やし、私たちに「こういうのでいい、いや、こういうのがいい!」と強く思わせます。

この『ひらやすみ』の世界観は、『団地のふたり』や、『しあわせは食べて寝て待て』(ともにNHKの制作のドラマ)など、現代の日本で密かに愛される作品群と深く共鳴しています。

なぜ「非効率」を描くドラマがヒットするのか?

これらの物語に共通しているのは、都会の片隅で、他愛のない会話や丁寧に作られた食卓を通して、「非効率」の中にある人生の喜びを静かに見つめる作品であること。

ドラマチックでもない、考察もない。ただの、ゆっくりとした日常。私たちがこうした作品に強く惹かれてしまう理由は、「急げ、稼げ、成果を出せ」という現代社会の呪いが、もはや私たちの精神的な限界点に達しているからです。

実際、日本の政治の場では、「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて働いてまいります」といった、公然と休息を軽視し、過度な労働を是とするようなメッセージが発せられることさえあります。これは自己犠牲の上に成り立つ「効率至上主義」が、いかに私たちの生活の隅々にまで浸透しているかを物語っているといっていい。

だからこそ、心の休息を許されない人々にとって、「非効率」を描くドラマこそが唯一残された、社会からの「逃避先」となってしまっているのです。

ヒロトは現代社会の「落ちこぼれ」なのか?

ここで、私たちは立ち止まって問いかけるべきです。「効率」や「経済力」で測るならば、そう分類されてしまうかもしれません。しかし、彼は誰からも羨まれる、「精神的な富」の最大の勝者ではないでしょうか。

彼は、お金や地位と引き換えに、現代人が失った「機嫌よくいる自由」、「焦らない権利」、そして「誰かと心を通わせる時間」という、真の贅沢を享受しています。

真に困難な状況にあるのは、時代に合わせることと引き換えに休みを持つ権利を失い、精神的に疲弊している多くの人々のほうかもしれません。

『ひらやすみ』を観終わった後、私たちはみんな、一緒になって縁側に座り、人生の「一呼吸」を置きたいと願うはず。本作は、現代に生きる私たちが、無意識のうちに求めている「人生の休息(ひらやすみ)」であると同時に、真の幸福の価値観を根本から揺さぶる、自由へのパスポートなのです。

夜ドラ『ひらやすみ』(NHK総合)

最終回 12/4(木) 夜10:45~11:00 ※NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信中

文=綿貫大介
画像=NHK

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