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報われない愛、救われない幼少期。それでも「美」を描き続けた「喜多川歌麿」の不器用な生き方。染谷将太が「べらぼう」で体現する悲しくも切ない天才絵師の生涯は

  • 2025.12.3

*TOP画像/歌麿(染谷将太) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」46話(11月30日放送)より(C)NHK

 

「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」ファンのみなさんが本作をより深く理解し、楽しめるように、40代50代働く女性の目線で毎話、作品の背景を深掘り解説していきます。今回は喜多川歌麿について考えます。

 

【史実解説】女性の“内面美”を描いた喜多川歌麿は謎多き人物

喜多川歌麿の出自は詳しくわかっておらず、両親に関する記録も残っていないようです。しかし、歌麿が母子家庭で育った可能性を指摘する説があり、多くの女性像を描き続けた背景には母の面影を追い求める心理が働いていたのではないかと考える研究者もいます。

 

歌麿の美人画は艶やかで豊満な体型を持つ女性を特徴としますが、現実の女性像を超えた理想化の傾向も見られます。一部の識者はこの作風について母に対する欲求が反映されているのではないかと解釈しています。

 

当初、歌麿は西村屋与八の店で働いており、黄表紙の挿絵などを手がけていたといわれています。しかし、同店には美人画で圧倒的な人気を誇る鳥居清長がおり、歌麿は鳥山石燕や北尾重政からかわいがられていたものの、陽の目を見ず、冷遇されていました。そうした中で、彼の非凡な才能を見抜き、人生を大きく変えたのが蔦屋重三郎でした。

 

蔦重は歌麿を寄宿させ、生活の面倒を見ながら、絵師として育て上げたといわれています。蔦屋の強力なバックアップを得た歌麿は独自の美人画の世界を切り開き、浮世絵界を代表する巨匠へと飛躍しました。

 

歌麿の女性を描いた美人画は内面からあふれる美が色濃く投影されていますが、この特長は上半身をアップにした美人大首絵シリーズへとつながります。美人大首絵の中でも「ビードロを吹く女(ポッピンを吹く娘)」(1792年頃)は特に有名です。

 

また、歌麿は当時の絵師の多くと同様に春画も手掛けています。春画は現代でいう成人向けのエロティックな作品や18禁に相当しますが、こうしたジャンルは時代を問わず高い需要があり、取引は高額で行われます。歌麿は男女の営みを大胆に、そしてプライベートゾーンまでも細やかに描いており、彼の春画の中には江戸時代における春画の最高傑作の1つに数え上げられる作品もあります。

 

現代にその名を燦然と残す歌麿ですが、晩年は決して明るいものではありませんでした。蔦重の死から数年後、「太閤五妻洛東遊観之図」(1804年)が幕府の逆燐に触れ、手鎖50日の処罰を受けました。彼にとってこのときのショックは大きく、なおかつ50歳を超えていたこともあり、創作意欲は失われ、処罰から2年後にこの世を去りました。

 

歌麿の性格については詳しいことはわかっていませんが、頑固で反骨精神の強い人物だったと伝えられています。この性格が災いし、幕府の意向に逆らう作品を描き、手鎖の刑を受けることになったのです。

 

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「苦しみを絵に昇華した歌麿」

「べらぼう」においても歌麿(染谷将太)は大河ドラマらしく大胆な脚色が施されています。

歌麿にとって母(向里祐香)を火の中で見捨てた出来事は不幸の原風景であるものの、唐丸を名乗っていた頃は罪悪感を抱きつつも、屈託なく笑う明るい少年でした。蔦重(横浜流星)の“おまえを当代一の絵師にする”という言葉に胸を躍らせ、未来への希望に満ちていました。

 

ところが、義父にあたる向こう傷の素浪人(高木勝也)が現れたことで、平穏な日々は一変。歌麿は素浪人に脅され、金をゆすられ、最後にはこの男を川に突き落とし、殺害。母の“あんたは鬼の子”という言葉と罪の重さに押しつぶされ、幸せを諦めました。蔦重と再会するまでは男娼として自らを傷つけることで生き延びていたのです。

 

笑顔の少年が現実に揉まれる中で心を閉ざしてしまう――それはよくある悲劇です。

 

蔦重も親なし、家なし、金なしの境遇でしたが、41話「歌麿筆美人大首絵」で、つよ(高岡早紀)から幼名「柯理(からまる)」と呼ばれたときのふと思い出したような表情を見る限り、母の記憶は無意識の層に静かに沈んでいたようですし、明るくおおらかな性格で、常に陽の当たる道を歩いてきたように思います。一方、歌麿は母の愛情を求め続けており、絵師としての才能に恵まれ、蔦重や鳥山石燕(片岡鶴太郎)にかわいがられているものの、まるで一人暗い洞窟を手探りで進んでいるような男だと思います。

 

しかし、歌麿は絵を描くときだけは別でした。絵は苦しみを解放し、この世界の美しさに気付かせたのです。特に、30話「人まね歌麿」で、石燕から三つ目の使命を改めて告げられた後、庭の草花の生命力を感じ取り、ピンクの花を鮮やかに写し取る姿は多くの視聴者の心を揺さぶったと思います。歌麿は世界の美しさに触れ、穏やかな眼差しで全てを見つめているように見えました。

 

また、46話「饅頭こわい」では、歌麿は蔦重とも和解を果たし、蔦重からの無理難題を再び引き受け、写楽を描く中心人物として、仲間たちとともに笑顔を見せながら活躍していました。深い傷を抱えたまま、それでも折り合いをつけて生きていく。それが歌麿の選んだ道だったのだと思います。

 

染谷将太は歌麿を演じるにあたり、常に彼を覆う罪悪感と悲しみ、そして内向性を極めて繊細に表現しています。歌麿の心の苦しみや格闘を全身に滲ませ、深みのある演技を見せてくれています。

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