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【人間国宝・坂東玉三郎】作者が感じた「これは人間じゃない」その第一印象とは?

  • 2025.12.2

【人間国宝・坂東玉三郎】作者が感じた「これは人間じゃない」その第一印象とは?

梨園の至宝といわれる人間国宝「坂東玉三郎」の知られざる生い立ちと、美の源泉に迫る『玉三郎の「風(ふう)を得て」』。真山仁さんと玉三郎さんとの“魂同士の会話”から生まれた一冊で、タイトルの「風を得て」は玉三郎さんが大切にする世阿弥『風姿花伝』に由来します。著者の真山さんにお話を伺いました。

取材者として出会って以来、30年以上、対話を重ねて

企業買収の壮絶な舞台裏を描いた小説『ハゲタカ』でデビュー。その後、経済、政治、司法などをテーマに話題作を次々と発表し、社会派イメージの強い真山仁さん。その新作が『玉三郎の「風を得て」』だ。

タイトルの「玉三郎」とは、現代歌舞伎界最高峰の女方であり、人間国宝である五代目坂東玉三郎だ。本書は玉三郎さんの生い立ちを小説で描いた第一部「秘すれば花」と、玉三郎さんとの対話を元にした第二部「その風を得て」から成る。「真山さんが、なぜ玉三郎の本を?」と、多くの人が疑問を持つのでは?

意外にも真山さんと玉三郎さんには、30年を超える交流があるという。出会いは1993年。フリーランスのライターをしながら小説家を目指していた真山さんに、玉三郎さんのインタビューの仕事依頼がきたのがきっかけだった。

「一度も歌舞伎を観たことがなく、玉三郎さんの舞台はテレビ中継で『マクベス』を見ただけ。そんな状態でインタビューをするのは失礼にあたると思い、お断りしました。ところが、先方からの指名、と言われて受けることになったのです」

初対面は鮮烈だった。

「私が名刺を渡すと、じっと目をのぞき込んでくる。微笑んでいるのですが、手が喉元からぐっと入ってきて、ぎゅっとつかまれたような。『これは人間じゃないな』って思いましたね(笑)」

叱られるのを覚悟で「自分と同様に歌舞伎を観たことがない人に、玉三郎さんの素顔、魅力を伝えたい」と話すと、玉三郎さんからは「楽しそう。ぜひそういう話をしましょう」という言葉が返ってきた。

「まず、舞台で江戸時代以前の世界を演じている人が、どのように現代社会と折り合いをつけているのか、と尋ねました。私は歌舞伎の俳優は日常の世界から自らを遮断して舞台を務めているのだろうと、勝手に思い込んでいたのです。聞けば、玉三郎さんは社会のさまざまなことに興味があり、毎日、時間をかけて新聞を読む、という。意外でした。

玉三郎さんからは、突然「ファスト・フードを、どう思う?」という思いがけない問いも投げかけられた。

「えっ、ハンバーガーのことですか、って問い返しましたよ。玉三郎さんは文化の問題としてファスト・フードについて語り、疑問を呈しました。他にも禅問答のような会話が続き、この人は同じものを見ても、自分とは違う見方をしているんだな、というのがわかってきて、ああ面白い人だなと」

約束の時間の30分がたっても、玉三郎さんは「続けましょう」と言い、取材は1時間に延長。

そしてこの日以来、ふたりは幾度となく対話を重ねることとなったという。

「玉三郎」の至言の数々を多くの人に伝えたい

歌舞伎界の至宝といわれ、近づきがたい雰囲気もある玉三郎さんだが、素顔はやさしく情にあふれ、「少年のよう」と真山さんは語る。

「こちらの話をよく聞いてくださるし、疑問に思ったことはどんどん尋ねてくる。それに応じると、また質問がバンバン飛んでくる。好奇心旺盛で、新しいことに挑戦し続ける。魅力はつきません」

対話を重ねるごとに、評伝を書いて多くの人に玉三郎さんの言葉を伝えたい――真山さんはそう強く願うようになった。だが、玉三郎さんは「自らを語るようなものを残したくない」と、申し出を固く断り続けていたという。と語る。最後は、真山さんの熱意に玉三郎さんが根負けしたという。

「『伝記の部分は子ども時代だけ。小説にするならいい』ということで、第一部は小説形式になりました。小説なので、主人公の名前も本名の“伸一”からカタカナの“シンイチ”に変えています」

敬愛する人物の生き様の片鱗を今の時代に刻んでおきたい

歌舞伎の家の生まれではないシンイチが、何をきっかけに歌舞伎界に入り、どう修業を積んでいったのか。第一部では無邪気に歌舞伎の世界を楽しんでいたシンイチが、「坂東玉三郎」として生き続ける覚悟を決めるまでが描かれる。シンイチの一途な思いが伝わってきて切ない。

第二部は一文字の言葉をめぐる対話から、より思考を広げ、掘り下げていく内容だ。お題の一文字は「醜・演・闇・妖・海・情・粋・伝・花・風・老・桜・夕・食・美」。それぞれに、玉三郎さんの哲学・美学のみならず、現代社会への深い思い、憂いなどがちりばめられ、その魂に触れる思いがする。

「フリーライター時代から、あれだけの天才が、稽古を積んで精進し、自分の中でダメ出ししながら、さらに高みを求めていく姿を近くで見てきました。悩みや苦しみがありながらも、自分の信じる哲学・美学をもっているからこそ、こうやって生き抜いてきたのだなぁと……。彼が舞台でやっていることを、私は本の世界でやっていかなければ、と思います」

PROFILE
真山 仁さん

まやま・じん●1962年大阪府生まれ。
同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004年経済小説『ハゲタカ』でデビュー。
『売国』『当確師』『ロッキード』『アラート』など著書多数。
坂東玉三郎演出による舞台『星列車で行こう』の脚本も手がける。

※この記事は「ゆうゆう」2025年1月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

取材・文/田﨑佳子

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