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観客をも欺く、天才ヒットマンの“完全犯罪”とは?マイケル・キートンが『殺し屋のプロット』で描く、緻密な筋立てと贖罪の物語

  • 2025.11.28

1980年代後半にティム・バートン監督と組んだ『ビートルジュース』(88)、『バットマン』(89)で一躍スターダムにのし上がり、その後も『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)、『スポットライト 世紀のスクープ』(15)などで絶大な存在感を示してきたマイケル・キートン。このハリウッド屈指の名優が、主演のみならず監督、製作を兼任した『殺し屋のプロット』が12月5日(金)に公開される。ノワール映画の伝統的なキャラクターである“殺し屋”を独自の視点で探求し、観る者をスリリングにして奥深い映像世界へと誘う本作の魅力を、イラストレーター&エッセイストの石川三千花の描き下ろしイラストと共に紹介する。

【画像を見る】型破りな展開に唸らせられる…!マイケル・キートン演じるノックスと息子の関係をイラストで解説

舞台は現代のロサンゼルス。ベテランの殺し屋ジョン・ノックス(キートン)が、ひどい物忘れに不安を抱き、病院で精密検査を受ける。その結果、医師から宣告された病名はクロイツフェルト・ヤコブ病。アルツハイマー病に似た初期症状が特徴で、脳機能障害の進行速度が速く、しかも治療法がない難病だ。やがて仕事中に誤って相棒を撃ち殺してしまったノックスは引退を決意するが、新たな難題が持ち上がる。長らく疎遠だった息子のマイルズ(ジェームズ・マースデン)が突然現れ、「助けてくれ…人を殺した」とすがりついてきたのだ。事情を察したノックスは、容赦なく悪化する病に苦しみながらも、人生最期の“完全犯罪”に挑んでいく…。

キートンが体現!冷徹さと不完全さが同居する、人間らしさに満ちた殺し屋

急速に記憶を失うノックスは、完全犯罪の計画をメモ帳に書き留め遂行していく イラスト/石川三千花
急速に記憶を失うノックスは、完全犯罪の計画をメモ帳に書き留め遂行していく イラスト/石川三千花

映画史上にあまた存在する“殺し屋”ものは、おもに2つのカテゴリーに大別できる。1つはキアヌ・リーヴス主演の「ジョン・ウィック」シリーズ(14~23)に代表される、華麗でハードなガンファイトを大々的にフィーチャーしたクライム・アクション系。もう1つは、主人公である殺し屋の生き様に焦点を当てた人間ドラマ重視の作品群だ。キートンが実に15年ぶりに2度目のメガホンを執った本作は、ずばり後者のカテゴリーに属する。

まず、序盤で描かれる主人公ノックスのキャラクターが、実にユニークで興味深い。陸軍偵察部隊の元将校で、大学で教鞭を執り、2つの博士号を取得。哲学書を読むのが趣味ゆえに、“アリストテレス”というあだ名を持つノックスは、超インテリのヒットマンだ。その半面、妻ルビー(マーシャ・ゲイ・ハーデン)との結婚生活が破綻し、息子のマイルズとも絶縁を余儀なくされた彼は、家族の温もりとは無縁で、ひっそりと孤独な晩年を送っている。殺し屋としての冷徹なプロフェッショナリズムと、ひとりの人間としての不完全さ。自らノックスに扮したキートンは、そんな主人公の二面性をこのうえなく繊細なたたずまいで表し、現実世界に存在するかのようにリアルな殺し屋のポートレートを完璧に体現した。

エリート学歴を持つ凄腕の殺し屋、ジョン・ノックス(マイケル・キートン) [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
エリート学歴を持つ凄腕の殺し屋、ジョン・ノックス(マイケル・キートン) [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

また、キートンが惚れ込んだグレゴリー・ポイリアーのオリジナル脚本は、上記のきめ細やかなキャラクター造型をベースにして、人生最期の仕事に身を投じていくノックスの運命を緊迫感たっぷりに描出。知的好奇心をかき立てるスリルに満ちあふれ、あらゆる観客の予測を巧妙かつ鮮やかに裏切る極上の殺し屋映画が完成した。

タイムリミットが迫るスリリングな展開と、観客をも欺こうとするプロット

【画像を見る】型破りな展開に唸らせられる…!マイケル・キートン演じるノックスと息子の関係をイラストで解説 イラスト/石川三千花
【画像を見る】型破りな展開に唸らせられる…!マイケル・キートン演じるノックスと息子の関係をイラストで解説 イラスト/石川三千花

完全犯罪をもくろむノックスの行く手には、極めて困難な2つのハードルが待ち受けている。第1のハードルは、息子のマイルズから依頼された殺人事件の隠蔽工作、その難易度の高さだ。マイルズが刃物でめった刺しにして命を奪った相手は、彼の愛娘である16歳のケイリーを弄んだ揚げ句、妊娠させた卑劣な犯罪常習者。いわば怒りに駆られた衝動殺人であり、マイルズの血痕や指紋があちこちにこびりつき、血みどろの被害者の遺体が放置されたままの現場を訪れたノックスは、ひと目で証拠の隠滅は不可能だと判断する。

ノックスが、明晰な頭脳と膨大な知識を駆使して計画した“完全犯罪”とは? [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
ノックスが、明晰な頭脳と膨大な知識を駆使して計画した“完全犯罪”とは? [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

それでもノックスは裏社会のプロとして培った知識と経験を活かし、ある工作に取りかかる。私たち観客はノックスが殺人現場で凶器などを回収し、監視カメラの映像に手を加え、指紋や髪の毛がついた物証をある場所に隠すといった行動を、すべて目の当たりにする。しかしノックスの心の奥底に潜むもの、すなわち彼の真意はまったくわからない。そのようなキートン監督が意図的に描かなかった“空白”のパートが、「はたしてノックスは、いかなる完全犯罪を狙っているのか?」という謎を生じさせ、観る者の想像力を刺激する。そう、本作は入念に組み立てられたミステリー映画でもあるのだ。

警察は、監視カメラの映像からノックスにたどり着く… [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
警察は、監視カメラの映像からノックスにたどり着く… [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

一方、地元のロサンゼルス市警も殺人事件の捜査に乗り出す。優秀な日系の女性刑事イカリ(スージー・ナカムラ)が率いる捜査チームは、様々な手がかりを検証し、事件の背後にノックスが暗躍しているのではないかとにらむ。ところが当のノックスはまるで警察の動きを先読みしていたかのように、事情聴取に呼び出されても慌てる素振りさえ見せない。ノックスとイカリ刑事が取調室で繰り広げる丁々発止のやりとりには、奇妙なユーモアすら漂う。警察はもちろんのこと、観客をも欺こうとするノックスの完全犯罪のトリックは、どのような“プロット(筋立て)”で成り立っているのか。クライマックスで明かされるその驚くべき真実が、本作最大の見どころとなる。

任務中に急な発作に襲われ意識が混濁していくノックス [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
任務中に急な発作に襲われ意識が混濁していくノックス [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ノックスを苦境に追いやる第2のハードルは、ある意味、殺人の隠蔽以上に過酷であり、実質的に克服する術のない障害だ。彼が患っているクロイツフェルト・ヤコブ病は、物忘れや目まい、不安といった症状から始まり、極度の認知機能の低下などを引き起こす。医師から余命宣告にも似た“数週間”というタイムリミットを告げられたノックスは、時間との闘いをも強いられることになる。

キートン監督は刻一刻と症状が悪化し、行く先々で発作に見舞われて意識が混濁してしまうノックスの極限状況を、観る者に疑似体験させる演出を実践。クリストファー・ノーラン監督が特異な記憶障害に苛まれる男の復讐劇を映像化した『メメント』(00)、認知症が進行した老人の主観的視点を採用したアンソニー・ホプキンス主演作『ファーザー』(20)を彷彿とさせる描写が、ノックスが陥った危機的状況のサスペンスをいっそう増幅させていく。

キートンが込めた、年老いた殺し屋の“贖罪”と重層的な人間模様

殺し屋である父を軽蔑し疎遠になっていたノックスの息子、マイルズ (ジェームズ・マースデン) [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
殺し屋である父を軽蔑し疎遠になっていたノックスの息子、マイルズ (ジェームズ・マースデン) [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「主人公のノックスはヒットマンだが、それは生業に過ぎない。これは人間関係の映画なんだ」。監督、主演のキートンがそう語るように、本作はノックスを囲むあらゆる脇役のキャラクターを丹念に描いている。とりわけ重要なのは、息子マイルズとの親子関係だ。ノックスは殺し屋としての腕は一流だが、父親や夫としては失格の烙印を押された男。家族を崩壊させた苦い過去を持つノックスと、彼を激しく憎んできたマイルズが織りなす葛藤の物語には、年老いた殺し屋の“贖罪”というテーマがこめられている。

2人のレジェンドが初共演!完全犯罪の鍵を握るゼイヴィアを渋く演じ切ったアル・パチーノ イラスト/石川三千花
2人のレジェンドが初共演!完全犯罪の鍵を握るゼイヴィアを渋く演じ切ったアル・パチーノ イラスト/石川三千花

加えて、見逃せないのがアル・パチーノの助演だ。ご存じ「ゴッドファーザー」三部作(72~90)を始めとする幾多の名作で、比類なきカリスマ性を発揮してきたハリウッドの“生ける伝説”が、ノックスの唯一の協力者となる元泥棒ゼイヴィア役で出演する。最期の仕事をやり遂げて去りゆこうとするノックスと、それを見届けるために彼を支えるゼイヴィア。酸いも甘いもかみ分けた両者の関係性を表現したキートンとパチーノの共演シーンには、男同士の友情と悲哀がじんわりとにじむ。さらにノックスと別れた妻(ハーデン)、彼が孤独をまぎらわせるために週に一度自宅に呼ぶコールガール、アニー(ヨアンナ・クーリク)とのドラマも味わい深く、胸に染み入る重層的な人間模様を堪能できる作品となった。

ノックスの盟友で元泥棒のゼイヴィア(アル・パチーノ) [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
ノックスの盟友で元泥棒のゼイヴィア(アル・パチーノ) [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ここまで本作の見どころをいくつも紹介してきたが、幾重にも張り巡らされたサスペンス、ミステリー、ヒューマンドラマは、最終的にすべての要素が1つに収束する。それは難病に冒された老ヒットマンの“人生の幕引き”という主題だ。むろん、いかなる終幕が用意されているかは観てのお楽しみだが、完全犯罪の“意外な真実”が判明するクライマックスの先には、またもや謎めくノックスの心中に思いを馳せずにいられないエンディングが待っている。

思考が搔き乱される…!驚愕の“完全犯罪”をスクリーンで [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
思考が搔き乱される…!驚愕の“完全犯罪”をスクリーンで [c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

複雑な人生を送ってきた孤独な殺し屋が、苦難に満ちた最期の仕事の果てに行き着いたのは、いったいどのような境地なのか。スター監督のキートンがあたかも完全犯罪のごとく紡ぎ上げたこのネオノワールの醍醐味は、しばし忘れがたいラストシーンがもたらす深い余韻に凝縮されている。

文/高橋諭治

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