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前田真宏、エヴァ初号機を初画集の表紙にした理由とは?『雑 前田真宏 雑画集』出版&各地の展覧会を経ての想いを語る

  • 2025.11.26

『エヴァンゲリオン』シリーズなどでアニメーション監督やアニメーター・デザイナーとして活躍し、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)ではコンセプトアート&デザインを務めた前田真宏。今年の2月には初にして待望の作品集『雑 前田真宏 雑画集』が発売された。

【写真を見る】向き合うシンジとカヲルの構図が美しい…『エヴァンゲリオン』シリーズをはじめ多くの作品から画集に収録

今年2月に初画集が出版された前田真宏に直撃インタビュー!
今年2月に初画集が出版された前田真宏に直撃インタビュー!

この画集には、企画初期段階で書かれるイメージスケッチから、ブラッシュアップ過程で生まれる中間成果物、さらには大型画稿まで、可能な限りの素材を収集し未発表のものを含めて総掲載点数100点以上、取り扱い作品数約30作にて、前田のキャリアを網羅・記録した画集となっている。MOVIE WALKER PRESSでは、11月20日より京都での『雑 前田真宏 雑画集』発売記念アート展の開催を記念して貴重なインタビュー取材を敢行!画集の制作に至った経緯からお気に入りの作品、オタクとしてシンパシーを感じると明かす三島由紀夫への愛までを語ってもらった。

「いわゆる“代表作”のような作品が僕にはないんです」

――前田さんの初の画集が出版され、各地のPARCOを中心に展示会とサイン会を行い、大変盛況だったと伺っています。

「最初は、『サイン会、人が来てくれるんだろうか?』と家族にも心配されるくらいだったんですが、蓋を開けるととてもたくさんの方に来場いただき驚いたくらいでした。なかにはすべての会場に来てくださった方も複数いらして、本当にうれしかった」

2025年1月から、池袋PARCO会場を皮切りに全国各地で巡回が行われた「雑・前田真宏」展 [c]khara
2025年1月から、池袋PARCO会場を皮切りに全国各地で巡回が行われた「雑・前田真宏」展 [c]khara

――そういう“前田推し”のファンは画集を待ち望んでいたんでしょうね。そもそも1990年代から活躍している前田さんが画集を出すのは初めてということが意外ですから。

「そう言われることも多いんですが、いわゆる“代表作”のような作品が僕にはないんです。例えばキャラクターデザインをやっている方だと文字どおり“顔”がある。表紙にも使えるし、画集自体もキャラクターの魅力で引っ張れる。でも、僕の場合はイメージボードだったり絵コンテだったり、コンセプチュアルデザインだったり。中間成果物の場合が多くて、ちゃんとフィニッシュした作品が極端に少ない。しかも、いろんなスタジオや会社と様々な仕事を雑多にしているので権利問題も発生したりして正直、大変だという気持ちが強く、これまで一度も実現しなかったんです。でも、僕が入ったカラーのなかに、『画集を出しましょう!』と言ってくれるスタッフがいて、その人たちのおかげでこうやって実現したんです」

【写真を見る】向き合うシンジとカヲルの構図が美しい…『エヴァンゲリオン』シリーズをはじめ多くの作品から画集に収録 [c]khara illustration by Mahiro Maeda
【写真を見る】向き合うシンジとカヲルの構図が美しい…『エヴァンゲリオン』シリーズをはじめ多くの作品から画集に収録 [c]khara illustration by Mahiro Maeda

――ということは、タイトルになっている『雑』も、そういうプロセスから生まれた名前なんですね?

「それもあります。でも、タイトルを考えている時、最初に思い出したのが徳間書店の『アニメージュ』に漫画(『遠い海から来たCOO』)を連載していた際の出来事でした。中学生の女の子が『絵が雑で汚い。早くやめてください!』という読者ハガキを送って来たんです。僕は『そうか、そうかもしれないな。確かに僕の仕事、雑なのかもな』って。彼女の言葉が凄くグサっときちゃって、ずっとハガキを持っていたくらい。その記憶がいまでも鮮明に残っていて『雑』という言葉が浮かんできたんです。仕事が“雑”だし“雑多”だし。自分自身の本性がなにかひとつをずっとやり続けるというより、いろいろやりたい“乱雑”タイプだし、“雑念”も多いほうだし…“雑”という言葉でくくれると思ったんです。それこそが“ザッツ・前田真宏”だって(笑)。“雑”を使えば、そういう言い方も出来るじゃないかって。それに“雑”って覚えやすいでしょ?」

「『巌窟王』をやったおかげで、ストーリーを考える時の自分の姿勢のようなものが変わった」

『巌窟王』での達成感を語ってくれた
『巌窟王』での達成感を語ってくれた

――なるほど!おもしろいですね。そうやって“雑多”にやった作品のなかでもっとも印象に残っているのはどれでしょうか。

「なんだろう…やっぱり(監督をした)『巌窟王』(04)になるかな。いろんな意味で手応えがあったし、自分にとっての新しいチャレンジがたくさんありましたからね。当初やりたかったのはアルフレッド・ベスターのSF小説『虎よ、虎よ!』だったんですが、権利関係で挫折してしまい、だったらそのオリジンであるアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』、日本では『巌窟王』というタイトルで知られている復讐譚にしようということで動き始めました。僕は“絵”で考えるタイプなんですが、この作品は物語寄り。というのも、デュマの原作は連載小説形式でチャプターごとに引っ張って行く構成だからです。それをしっかり見習って『来週も観たい!』という気持ちになってもらえるような構成にすることにしました。そういう小説におけるリーダビリティ的な感覚に関しては、初めて手応えを感じた作品だと思います。僕自身、(アニメを)“絵”ではなく、ストーリーで考えたのも初めてだったので、とてもチャレンジングな作品になりましたね。

あ、ひとつ、自慢してもいいですか?スケジューリングが上手くいったこともあり、アフレコ時にはすべて絵が揃っていたんです。さらに、音響をやってくださった笠松(広司)さんともう一人のスタッフの方がとても頑張ってくれて、尺に合わせて音楽のアレンジもしてくれた。だから、声優さんがアフレコする時はドラマの全体像が見えた状態。これはとてもいい効果を生んでくれたので、ここでもすごい達成感を味わえましたね」

前田真宏自ら作画を担当した『巌窟王』漫画原稿 [c]2004 Mahiro Maeda・GONZO/KADOKAWA
前田真宏自ら作画を担当した『巌窟王』漫画原稿 [c]2004 Mahiro Maeda・GONZO/KADOKAWA

――達成感のみならず、アニメに対する意識も変わったんですね。

「『巌窟王』をやったおかげで、ストーリーを考える時の自分の姿勢のようなものが変わったと思います。意識が変わって、それはいまでも続いている。もともと、絵のことしか考えないタイプなので、絵が動いていればセリフもいらないだろうというくらい(笑)。でも、それじゃやっぱりだめだし、予算の問題もある。費やしただけのお金を回収することも考えなきゃいけない。監督として俯瞰から作品のすべてを見なければいけなかったので、やっと“アニメ制作”というものの全体像が見えてきた感じでした。でも、逆にいうと『あ、オレってその立ち位置、あまり向いてないんだ』ということも気づかされたんですよ。だから、いまのポジションにいます」

――いまのポジションとは?

「カラーにおけるポジションは、絵を描く人、肩書でいうとアニメーターです。そうしたからといって、監督をもうやらないと決めたわけじゃなく、結局自分の軸足が絵を描くところにあるということです。

授業中、ノートにパラパラ漫画を描いたり、バッハの顔を落書きして、あの広すぎる額に目を増殖させてみたり。中学高校の時のそんないたずら描きがやっぱり自分の本当の愉しみだったから、そこに還って来た感じかなあ。その立ち位置を取り戻したことで、まだまだいろいろ出来そうだという感覚もつかめましたから。それもこれも『巌窟王』をやったからこそです」

「まだたくさん絵はあるので、第2弾を出せるとうれしい」

――画集に収録されている絵のなかで、もっとも思い入れの強い作品は?

「いや、本当にたくさんあって、どの絵にもいろんな思い出が詰まっているし、おもしろいと思うんですが『へー、オレこういうの描いてたんだ』という忘れていたような絵もたくさんあります。そうだな…思い入れが強いというくくりでいうなら、やっぱり『エヴァンゲリオン』のこの絵かな。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の来場者特典の小冊子(『EVA-EXTRA-EXTRA』/画集P236)を制作したんですが、その時僕が松原(秀典)くんの描いた絵に陰影をつけたんです。それがとても気に入っていて、画集にはその陰影部分だけを載せてもらって」

「雑・前田真宏」展での黒板メッセージボード。ファンの熱いメッセージがずらり [c]khara
「雑・前田真宏」展での黒板メッセージボード。ファンの熱いメッセージがずらり [c]khara

――ミュージシャンとも仕事をしていたんですね。

「そうなんです。パンフレットやポスターの絵を描かせてもらいました。西城秀樹さんのミュージカル(『西城秀樹/Rock To The Future』/画集P68)とか布袋寅泰さんのライブ用のパンフレット(画集P29)とか。こういうのもよく残っていたなあって(笑)。あとジブリのも(画集P42~45)。こちらからお願いをしてアーカイブを探してもらったんです。ちゃんと残していてくれたことに驚きましたね。原画がレイアウトごと残っているのは珍しいと思います。

もうひとつ、田舎の高校時代の友だちが、僕の絵をたくさん保管してくれていて。そのなかからいくつか掲載しようと思ったんですが、現物を見たら椅子からずり落ちそうになるくらい下手くそ(笑)。『こんなの載せられない!全部燃やしたい!』という気持ちになっちゃってやめちゃったんですよ。『いま見たら結構イケてるかも!?』って感じだったんですけどね(笑)。唯一、『ごきげんワニさん』のイラストは小さく年表に入れ込んでいます」

――いや、前田さんの進化のプロセスを知ることが出来て、ファンとしては重要じゃないですか?

「じゃあ、それは第3弾の画集で(笑)」

――ということは、第3弾まで出版するつもりというか準備もある?

「いやいや、冗談です…とはいえ、まだたくさん絵はあるので、せめて第2弾を出せるとうれしいですよね」

「これからも、自分の性格に忠実に作品をつくって行きたい」

――ところで、表紙がエヴァンゲリオンの初号機ですが、これも思い入れがあって?

「それもありますが、最初に言った悲しい理由があってかな。代表作がない、前田真宏を表現する“顔”がないからです。そういうなか、これまで自分がかかわった作品を考えると、もっとも訴求するのはやはり『エヴァ』だろうというところで落ち着きました。この絵は、『シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース』(画集P210)という『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』の4作品がコラボレーションするプロジェクト。映画会社の垣根を越えて、みんなでがっちりやりましょうという企画で描いたイラストです。オリジナルの絵はレイヤーで分かれていて、各社がバラバラに使えるように描いている。なので、そこから『エヴァ』だけを抜き出し、描き直し、背景もつけ直し調整して表紙にしたんです」

『雑 前田真宏 雑画集』通常版表紙 [c]khara illustration by Mahiro Maeda
『雑 前田真宏 雑画集』通常版表紙 [c]khara illustration by Mahiro Maeda

――そういう“絵”にご自身の立ち位置があるとはいえ、監督としても頑張りたいとおっしゃっていますが、なにかやりたい企画はありますか。

「画集のインタビューでも言っていますが、三島由紀夫が好きで、彼の初期の短編をアニメ化したい、とずっと思ってきたんです。三島をアニメ?と思う方もいるでしょうが、彼は空想の作家なんです。作家にはふたつのタイプがあって、そのひとつは自分の経験をもとにしてリアルなタッチで書く人と、もうひとつが空想で書く人。三島は後者で、実はオタクなんじゃないのか?と。フランス文学や日本の古典、お祖母さん仕込みの古典芸能の知識はめちゃくちゃあるんだけど、外に出ると松の木すら知らないという感じ。テレビに頭を突っ込んだように、テレビアニメだけしか観てなかった僕はとてもシンパシーを感じるんです。

三島のエッセイに『小説とは何か』というのがあって、僕はその“小説”を“アニメ”に置き換えて読んでいます。アニメは映画の技術的なフォーマットのうえに生まれたひとつの表現方法ですが、映画とは違う。じゃあ漫画なのかイラストなのかとなると、それも違う。だから、その3つの円が重なった部分がアニメだというイメージが僕にはある。ライブアクションの映画みたいにカメラを向ければなにかが映るわけではなく、監督になんらかの意思があり、それを絵にして、動かすことでやっと可視化できる。とても恣意的なんです。そういうところが三島の小説観に重なる感じがするんです」

画集にも貴重なインタビューが多数収録! [c]khara
画集にも貴重なインタビューが多数収録! [c]khara

――ライブアクションには興味があるんですか?

「あんまりないかな。社長(庵野秀明)は中高生のころから自主映画をつくったりして経験値が高いけど、僕の場合は部屋に閉じこもってイジイジと好きなものをつくりたいほう。性格がそうだから仕方ない。みんなでワーっと打ち上げしたりとかも割と尻込みするタイプなので…」

――ということは、やっぱりオタクなんですね!

「はい!間違いなく(笑)。だからこれからも、その自分の性格に忠実に作品をつくって行きたいと思っています」

画集の第2弾、そして前田真宏の新作アニメーションを楽しみに待ちたい
画集の第2弾、そして前田真宏の新作アニメーションを楽しみに待ちたい

取材・文/渡辺麻紀

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