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「オダギリジョーさんが兄に似て見えるとは」“孤独死した兄の後始末”を描いた映画『兄を持ち運べるサイズに』原作者が語る、制作秘話

  • 2025.11.24
翻訳家・エッセイスト 村井理子さん。

『兄の終い』、という本がある。「終い」は「しまい」、と読む。疎遠もいいところの兄が急逝、後始末をすべて背負うことになった妹のすったもんだを描いたエッセイは現在10刷のヒット作となり、今秋には柴咲コウ、オダギリジョー主演で映画化される。後篇では、著者である翻訳家でエッセイストの村井理子さんに、映画化についての思いをうかがった。


まさかオダギリジョーさんが兄に似て見えるとは

『兄の終い』文庫版(CEメディアハウス刊)792円。

――映画化の企画ですが、完成までは順調に進んだのですか?

村井理子(以下、村井) コロナ禍もあって、映像化の話が出てから3~4年はあって撮影が始まったんです。(中野量太)監督は苦労されたと思いますよ。私はもう無責任に「頑張ってくれてるかな~」なんて待ってるだけでしたが(笑)。

――映像化に関して、脚本のチェックなど密に関わる原作者もいますし、完全におまかせする方もいますが、村井さんはいかがでしたか。

村井 完全おまかせです。脚本はもちろん何度も読ませてもらいましたけど、私からどうこうはなくて。ただ親戚のほうから「登場する子どもたちの生活に影響が出ないように」という要望はあったので、その点は配慮してほしいと伝えました。

――監督とはコミュニケーションをしっかりとること、出来ました?

村井 はい、監督がうちにまで来てくださって、ほぼ1日かけていろんな話をして。私が兄の部屋の動画や写真を大量に残してあるんですけど、それも全部見ていただきました。あの壮絶な部屋を見て監督は引いてたと思いますけど(笑)。美術の方にもそれらは共有してもらって。

――映画に出てくるお兄さんの部屋、においまで感じられるようでしたね。村井さんから見て、完成度はどうでしょう。

村井 (力を込めて)本当にもう……同じでした! よくここまで作り上げたなと思うぐらい、一緒。

――完成試写をご覧になってまず思ったこと、教えてください。

村井 まさかオダギリジョーさんが兄に似て見えるとは思わなくて。兄ってね、イヤーな雰囲気を出すときがあるんですよ。そこがまず似てる。

――イヤーな感じというと、お葬式のあとのシーンのような?

村井 そうですね、母の葬式のときに大泣きして。激情型なんですよ、兄は。泣いたかと思うとフッとこっち向いて、ニヤニヤ笑いながら「俺たちついに二人きりになっちゃったなあ、これからも仲良くしていこうなあ」なーんて言う。式場の係の人にお願いして、お香典を全部金庫にしまってもらいました(笑)。

――お兄さんが持っていかないように(笑)。あと、亡くなられたご両親が出てくるシーンがうれしかったそうですね。

村井 はい、思い出の中の両親とものすごく重なったんです。とあるシーンでは、兄と両親が再会する。ひょっとしたら今あの3人、仲良く過ごしているのかもしれない……と思えて、ちょっと気がラクになりました。

――お兄さんは、親御さんとうまくいかなかった?

村井 兄は父に愛されたい気持ちがすごく強かったんです。ただ父には徹底的に嫌われて、避けられて。父からの愛情ほぼゼロの状態で育った人。それだけに父をものすごく求めました。父が亡くなってから父の服を着て、「俺、父ちゃんに似てるかな?」なんて私によく言っていたんです。全然似てないんだけど(笑)。でも棺桶に入ったときの兄の顔は晩年の父にそっくりだったので、兄に「よかったね」と言いました。

場の空気を異様に読む子どもでした

翻訳家・エッセイスト 村井理子さん。

――村井さんは、そんなお兄さんやお父さんの間で、どんな子どもでしたか。

村井 場の空気を異様に読む子どもでしたねえ。家族でレストランに行くと、兄がショーケースの前で30分も40分も考える。父はどんどんいらついてくるんです。私もメニューを決められないと父はもっといらつくだろうし、すぐ決めても私の点数がアップしてしまう……と考えてしまうような。

――つらいなあ、それは……。

村井 メニューをパッと決めると、「理子はやっぱりえらいなあ、それに引きかえあいつは……」って父が言うのはいつものパターン。私はホントずるい子で、父と一緒のものを頼むんですよ。

――実際食べたいものは別にあるのに?

村井 そうなんです。今もそれが残ってて、食べたいものがあっても「みんなと一緒でいい」と言ってしまいがち。「お任せします」っていうタイプ。

――そんな村井理子さんが今回は映画の主役で、役名も「村井理子」として登場します。そのことに抵抗ってありましたか。

村井 監督からその件について訊かれたんです。「(役名も)村井理子でいいですか?」って。そこはね、やっぱり加奈子ちゃん(※お兄さんの元妻で、映画にも原作にも登場する重要人物)に対する礼儀じゃないけど、あたしはモロ出しで行く、本名で行くし、逃げも隠れもしないので、書かせてね、っていう……。

――起こったことはすべて事実で、人間関係もまんま書いているのに、自分だけ仮名にするわけにはいかない、と。

村井 そうです。私だけ隠れるわけにはいかないので、そこはもう本名で行こうと。

――ご自身を柴咲コウさんが演じるというのはどんな感じでしたか。

村井 申し訳なかったです……(笑)。

――今までずっとハキハキ喋っていた村井さんがここだけ消え入るような声になっております(笑)。

村井 柴咲さん、髪の毛を切って(私の髪型に)寄せてくださったんですよ。とてもうれしかったです。

ここで村井さんの担当編集さんが証言してくれたのだけれど、柴咲さん演じる村井さんは「歩き方、特に小走りになるところなどびっくりするぐらい似ていた」とのこと。また「村井さんのサインを見せてください」とお願いされて画像を送ったら、サイン会のシーンではサインはおろか文字まで似ていたというからすごい。

――さて村井さん、映画で「ここも見てほしい」と思われるようなポイントを、教えてください。

村井 舞台となっている、宮城県多賀城市の景色ですね。ホントに丁寧に、私たちが回ったところを撮影されています。多賀城の人たちがノリノリで撮影に参加してくださったのもうれしかったし、見ていて愉快で(笑)。うちの兄を担当してくださっていた市役所の方も出てくださったんですよ。

――市のみなさんが多くエキストラ出演されているようですね。他にはどうでしょう。

村井 原作にはない部分で、兄と私の交流シーンを監督がイマジネーションでもって描いてくださった部分はやっぱりうれしかったし、見てほしいですね。オダギリさんの表情の変化もとても面白いので。

――原作を読んでから映画を観ると、「なるほどこういうところを膨らますのか」とか、原作に出てくるあの人やあのシーンをカットすることで話を絞るんだな、なんてことも味わえますね。

村井 私と良一君(兄の息子役)が別れるところなど、原作の中では思い入れのある部分ですが、全部を映像に入れていくと細かすぎてしまうんだろうな、と見ていて感じました。だからって「削ったな!」と怒ってるんじゃないんですよ(大笑)。

――タイトルも「兄の終い」が映画では「兄を持ち運べるサイズに」と変わりましたね。

村井 監督があのフレーズを気に入ってくださったんでしょうね。映画はこれでいきたいと相談されて、「ええ、どうぞ」と。

――「一刻もはやく、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう」という、村井さんの言葉。

村井 心の底から出た言葉です。兄はすごく身長が高いから、「どうやって運んだらいいの!」とまず思って。どこで荼毘に付せるかなんて分からなかったし、もうとにかく小さくしてしまえ、ということで頭の中がいっぱいになりました。

――映画は11月28日公開、楽しみですね。さて村井さん、最後に今後の展望など教えてください。

村井 翻訳に関して、バランスを考える時期だなと思っています。訳しても訳しても収入につながらない。辞めることは考えないけど、本数を減らすとか。若手が育たないと困るという面もあります。業界が高齢化してきているから、若い人に仕事が回るようにも考えたい。今後はエッセイだけじゃなく、創作も書いていきたいかな。

――おお! どんなものを書きたいなど、ありますか。

村井 それは……これから考えますかね(笑)。

『兄の終い』文庫版(CEメディアハウス刊)792円。

『兄の終い』

定価 792円(税込)
CEメディアハウス

映画『兄を持ち運べるサイズに』11月28日(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国公開

©2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

出演:柴咲コウ オダギリジョー 満島ひかり 青山姫乃 味元耀大
脚本・監督:中野量太
原作:『兄の終い』村井理子(CEメディアハウス刊)
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
https://www.culture-pub.jp/ani-movie/

村井理子(むらい・りこ)

1970年静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。ユーモアに富み、近況を率直に日々発信するSNSも人気を呼んでいる。著書多数、近著には「ある翻訳家の取り憑かれた日常2」(大和書房)、「ハリウッドのプロデューサー、英国の城をセルフリノベする」(亜紀書房)などがある。
X:@Riko_Murai

聞き手・構成 白央篤司(はくおう・あつし)

1975年東京都生まれ。フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに執筆する。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)、『台所をひらく』(大和書房)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。旅、酒、古い映画好き。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

文=白央篤司
撮影=平松市聖

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