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「私が行動しなければ“最期”にはならない」疎遠だった兄が急逝し、後始末することに…『兄の終い』著者が吐露する「兄への想い」

  • 2025.11.24
翻訳家・エッセイスト 村井理子さん。

『兄の終い』、という本がある。「終い」は「しまい」、と読む。疎遠もいいところの兄が急逝、後始末をすべて背負うことになった妹のすったもんだを描いたエッセイは現在10刷のヒット作となり、今秋には柴咲コウ、オダギリジョー主演で映画化される。著者である翻訳家でエッセイストの村井理子さんに、原作と映画への思いをうかがった。


やっぱりきょうだいって、切ろうと思っても切れないんです

――著作が映像化されるのは今回は初だそうですね。おめでとうございます。話が来たとき、どう思われましたか。

村井理子(以下、村井) すっごく、うれしかったんです。本にしたとき、心の片隅で「映像にならないかな」と実は期待していたんですよ。というのも、自分がこれまでに経験したことのないこと、見たことのないもの……つまりは兄の部屋とかが、映像化されて残ることがうれしくて。何も残らず死んだままと思うと、可哀想じゃないですか。

――可哀想という思いは原作の中でも語られますね。突然の最期を迎えねばならないほどの悪いことをしたのか……的に独白される。ただ原作本のオビに「憎かった兄」ともあり、また依存されて迷惑といった描写の印象も強烈でした。村井さんはお兄さんに愛憎半ばする思いがあったんでしょうか。

村井 その通りですね。やっぱりきょうだいって、切ろうと思っても切れないんです。どれだけ切ろうと思っても。遺体を引き取りにいかない選択もあったけど、それで「切れる」かっていうと切れない。無縁仏にしてもアパートは残るし、相続の問題もある。いつかは必ず私が行動しなければ「最期」にはならない。

――冒頭、警察から「お兄さんが亡くなった」と電話が突然来ますね。その瞬間って、どんな感じだったんでしょうか。

村井 忘れられないです、あの瞬間は。ザーッと耳の中で音がして、血の気が引いていくような感じ。実際血圧下がって、真っ青になっていたかもしれない。今でも電話からあの声が聞こえてきそうな気になるんですよ。警察の方が言ってることをとにかくメモするんですけど、後から読んでも何も読めない。めちゃくちゃ。でも児童相談所と、兄の元妻の加奈子ちゃんの連絡先だけ分かったんです。

――そんな混乱した状況から、「とにかく来てくれ」となって東北に向かう……。原作を拝読して、そこからの文章がとても整然と書かれているのも印象的でした。困惑や驚きをそのまま描くのではなく、あえてさらりと書かれる。

村井 読者の方には必ず、最初から最後まで読んでもらいたいという目標があったんです。兄の部屋の状態など、しつこく書きたいところもありましたが、それ以外はシンプルに削っていこうと。

『兄の終い』文庫版(CEメディアハウス刊)792円。

晩年、もっと向き合ってやるべきだったと

翻訳家・エッセイスト 村井理子さん。

――実際、書かれているような感じでスーッと行動できましたか。

村井 完全に、本の通りスーッと行動していました。訳の分からないスイッチが入っちゃってるので、ごはんも食べずにずっと動いて、ひたすらに兄の部屋を片づけて。泣くとか一切ない。アドレナリンが出てたんでしょうね。でもカレンダーの文字とか見ると、一瞬揺り戻されるんです。

――文字って、どんなことが?

村井 〇と×が付いていたんですよ。兄は警備員をしていたんですが、仕事がある日は〇で、ない日は×。亡くなる2日前まで〇が付いてて、「この人、2日前まで行ってたんだ」と思うと、ふと死よりも生が近くなってくる。兄の生きてた痕跡を前にすると感情が揺れることもありましたが、文章にするときはあえて削った、というのはあります。

――そこは、吐露したくない部分だったのですか。

村井 本の中で私、兄の履歴書を見つけますよね。

――はい。しっかり働こうという意欲が丁寧に、そして自分の健康状態が実直に書かれていて、心打たれるものがありました。それまではちゃらんぽらんな描写しかなかったので、意外で(笑)。

村井 実はもう1枚、紙を見つけているんです。それは水道局が「水を止めます」という宣告の紙で、日付が亡くなった日の翌日だったんですよ。どっちを本に書こうかすっごく迷いました。両方だとしつこいし、水道のほうだけだと出来すぎだと思ったので履歴書のほうにして。吐露したくないというか、そういう調節はしています。悲しいという感情も抜きで書きました。

――悲しいという思いが湧くのはやっぱり……お兄さんから愛されたい、仲良くしたいという思いが底にあるから、ですかね。

村井 えっとねえ、うちの兄というのは人を疲れさせる人なんです。決して悪い人間じゃないんだけど、振り回す人。自己中心的でもあるし、パワーがある。強い力で人をひっかき回す人。だから、距離を取りたかった。遠くにいて「またやってるな」ぐらいの距離が。でもそれは今にして思うと、間違っていたなと思っています。

――どうしてですか。

村井 晩年、兄のほうが私にグッと近寄ってきたとき、もっと向き合ってやるべきだったと。完全に私は逃げていました。子どもも小さかったし、金銭的な要求にはある程度しか応えられなかった。やっぱりね、54歳なんて年齢で死ぬことはなかったな、と思います。世の中のこと、これからもっと楽しめる年齢だし、もっともっと面白いこと見たかった人だと思う。兄は私よりも本も読むし、映画も見るし、音楽も聴く、趣味の人だった。片づけに行ったとき、部屋にはオーディオとバイクの雑誌が山とあったんです。

お兄さんから逃げたこと、今お気持ちに「悔い」はありますかと村井さんに聞いたら、間髪おかず「もちろん」と返ってきたのが忘れられない。声のトーンが一段強くなっていた。「大きな悔いです」と繰り返して言われる。

「向き合ったからといって、良好な関係は築けなかったかもしれない。でも、いのちをもっと永らえさせてあげることは出来たと思う」と続けた。

「兄を終う上でかかった費用をまるまるあげていたら、治療も出来てあと5年ぐらいは生きたかもしれないでしょう」

そういって、村井さんはカラッと笑った。今話されたこと、お兄さんの遺骨に向かってきっと話されたことがあるんだろうなと、思えてならなかった。(後篇へ続く

『兄の終い』文庫版(CEメディアハウス刊)792円。

『兄の終い』

定価 792円(税込)
CEメディアハウス

映画『兄を持ち運べるサイズに』11月28日(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国公開

©2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

出演:柴咲コウ オダギリジョー 満島ひかり 青山姫乃 味元耀大
脚本・監督:中野量太
原作:『兄の終い』村井理子(CEメディアハウス刊)
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
https://www.culture-pub.jp/ani-movie/

村井理子(むらい・りこ)

1970年静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。ユーモアに富み、近況を率直に日々発信するSNSも人気を呼んでいる。著書多数、近著には「ある翻訳家の取り憑かれた日常2」(大和書房)、「ハリウッドのプロデューサー、英国の城をセルフリノベする」(亜紀書房)などがある。
X:@Riko_Murai

聞き手・構成 白央篤司(はくおう・あつし)

1975年東京都生まれ。フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに執筆する。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)、『台所をひらく』(大和書房)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。旅、酒、古い映画好き。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

文=白央篤司
撮影=平松市聖

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