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『果てしなきスカーレット』では悪辣非道な国王に…細田守監督作品における役所広司の重要性と立ち位置の変遷

  • 2025.11.23

『サマーウォーズ』(09)、『バケモノの子』(15)、『竜とそばかすの姫』(21)などの話題作で、世界中のファンを魅了し続けてきた細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』が11月21日より封切りとなった。

【画像を見る】父を殺したクローディアスへの復讐をすべく、「死者の国」を旅するスカーレット(『果てしなきスカーレット』)

本作は、細田監督が復讐に燃える中世の王女スカーレットの見果てぬ冒険の旅を描いた壮大なエンタテインメント作品。複雑な内面を持つ19歳のスカーレットを当時19歳の芦田愛菜が演じ、岡田将生、山路和弘、柄本時生、青木崇高、染谷将太、吉田鋼太郎、斉藤由貴、松重豊、市村正親といった錚々たるボイスキャストが脇を固めているのも話題だが、注目したいのは、スカーレットの父親を陥れて処刑し、王位を奪った彼女の因縁の敵=クローディアスの声を役所広司が担当していることだ。

役所が細田監督の作品に参加するのは、『バケモノの子』、『未来のミライ』(18)、『竜とそばかすの姫』に続いて今回が4作目。だが、ここまで冷酷非道な極悪キャラに挑んだのは初めて。このキャラクターをどんな声で体現し、スカーレットの憎悪を掻き立てたのか気になるところ。そこで本コラムでは役所が担当した過去の細田作品のキャラクターたちを紹介しながら、その声が作品にどんな効果をもたらしていたのかを改めて検証。最新作で新境地を切り拓く実力派俳優の声の変遷をたどっていきたい。

粗暴で喧嘩っ早いが、孤独な者に寄り添う優しさも持つ『バケモノの子』熊徹

バケモノが住む世界“渋天街”で指折りの強さを誇る熊徹(『バケモノの子』) [c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS
バケモノが住む世界“渋天街”で指折りの強さを誇る熊徹(『バケモノの子』) [c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

役所が初めて命を吹き込んだ細田作品のキャラクターは、『バケモノの子』の熊徹だ。母親を亡くし、人間界の“渋谷”で荒んだ生活を送っていた少年(声:宮崎あおい)が迷い込むバケモノの世界“渋天街”に住む彼は、粗暴で自分勝手で口が悪い。名乗らない少年に「オマエはいまから九太だからな!」と言い、「コイツはいまから俺の弟子だ」と周りにも触れ回るものの、「俺はメソメソする奴は嫌いだ!」と毒づいたりもする。親も師匠もない彼は一人で強くなってしまったために、怒鳴り散らすばかりで、適切なアドバイスができず、ことあるごとに喧嘩をする。いつも自分のルールで突っ走るため彼のことを応援する大衆もほとんどいないが、孤独な彼は情に厚く、自分と同じ心に傷を持った者に寄り添う優しさを持ち合わせている。

そんな豪快な言動のなかに細やかな心情が見え隠れする熊徹のキャラクターを、役所は丁寧な演技で表現。大きな声で無茶苦茶なことを頭ごなしに言ったり、「(生卵を)どうしても食わないなら、口のなかに突っ込んでやる!」といった罵声を浴びせるものの、その言葉の端々に役所の声ならではの包み込むような温もりが感じられるから、嫌悪感を抱かない。むしろ、その声質に不器用さや優しさが宿っているので、九太は熊徹に少しずつ心を開き、剣術の指導の時に彼が説く「胸んなかで剣を握るんだよ!」という教えに自然に耳を傾けるようになっていく。

どうしたらそんな声を作りだせるのか?そこには役所自身のおおらかなキャラクターや器の大きさ、相手のことを常に思いやる心があるからに違いない。九太が熊徹に信頼を寄せ、絶体絶命の彼を全力で応援する気持ちになるのも役所の声に説得力があったから。役所が演じる熊徹以外は考えられないほどの適役であるといえる。

数シーンながら、孫や子どもたちへの愛情がにじむ『未来のミライ』じいじ

『未来のミライ』では、主人公くんちゃんの祖父(右)に扮した役所 [c]2018 スタジオ地図
『未来のミライ』では、主人公くんちゃんの祖父(右)に扮した役所 [c]2018 スタジオ地図

役所のそんな趣きのある声は、続く『未来のミライ』にもほんのわずかな温もりをもたらしている。…この文章を目にして、役所広司が声を担当した登場人物なんていたっけ?──そう首を傾げる人も少なくないと思うが、それもそのはず。4歳の男の子が体験するささやかな冒険譚を描くこの作品で役所の声が聞けるのは、日常のちょっとしたシーンだけだから。生まれたばかりの妹、ミライちゃん(幼少期の声:本渡楓)に両親の愛情を奪われた主人公くんちゃん(声:上白石萌歌)が、未来からやってきたミライちゃん(声:黒木華)に導かれて幼少期の母や青年時代の曽祖父であるひいじいじ(声:福山雅治)と出会い、ふれあうなかで成長していく。

建築設計技師の父親が作った斬新なデザインのくんちゃんの家に、ひなまつりの日、ばあば(声:宮崎美子)とじいじがミライちゃんの顔を見にやってくるのだが、役所が声を当てたのはそのじいじの声。そんな役所の声が聞けるのは、「ミライちゃん、じいじだよ」と言いながらビデオカメラを回すものの、それをくんちゃんに邪魔されるくだりと、夕食時に娘の夫にビールを注ぐ時の数シークエンスのみ。けれど、その二言三言だけで孫たちや娘夫婦のことを想う気持ちが伝わり、優しい空気に包まれる。

細田監督はきっと『バケモノの子』で仕事を共にした役所の声に惚れ込み、例え数シーンだけでもその声が大きな効果をもたらすことを知っていたから、“じいじ”役をお願いしたのだろう。その狙いが見事に成功しているのは、本作を観れば明白だ。

わずかなセリフの中で、苦悩する娘への愛情を表現『竜とそばかすの姫』すずの父親

妻を亡くしてから、娘との距離感をうまく図れずにいるすずの父(『竜とそばかすの姫』) [c]2021 スタジオ地図
妻を亡くしてから、娘との距離感をうまく図れずにいるすずの父(『竜とそばかすの姫』) [c]2021 スタジオ地図

細田監督が役所に絶大な信頼を寄せていることは、『バケモノの子』以降の作品すべてに役所へオファーしていることを見れば一目瞭然。3作目のタッグとなった『竜とそばかすの姫』の役どころを振り返ってみて、その見解が改めて確信に変わった。本作は、母親の死をきっかけに心を閉ざしてしまった高知の田舎に住む17歳の女子高生すず(声:中村佳穂)が、「ベル」というアバターで足を踏み入れた50億人以上が集う仮想世界「U(ユー)」で美しい歌声を響かせ、傷ついた竜の姿をした謎のアバター(声:佐藤健)の心の傷を癒やすために奔走するストーリー。

役所はすずと2人で暮らす父親の声を担当したが、登場するのは『未来のミライ』同様数シーンだけで、「すず、どうした?」、「送っていこうか?」、「夕ご飯は?」「(カツオの)たたきとか作ろうか?」といった最低限の会話しかしない。父親と思春期の娘の会話なんてそんなものだろう?と思うかもしれないが、その声のトーンや声量からは、川遊びをしていたよその家の子どもを助けに行き、命を落とした母親の行動がいまだに腑に落ちず、親友のヒロちゃん(声:幾田りら)以外の人とは会話すらままならない娘のことを想う父親の特別な気持ちが伝わってくる。

声高に語るわけでも、言葉を浴びせ続けるわけでもなく、すずが「(ご飯は)いい」と言ったり、首を振ったりすると、「わかった」とだけ言って出かけていく。余計なことを言わない。娘の気持ちがわかっているからこそ、無理に心をこじ開けようとしないし、踏み込まない。寄り添い、見守りながらも節度ある距離感、父親ならではの気遣いが短いセリフに宿っている。それだけに、クライマックスの娘の背中を押す父親の言葉と、娘とのやりとりが胸に染みる。シーン数こそ少ないが、この父親役はかなり重要な役まわり。役所の声がすずの成長の物語をしっかり支えていたことが伝わり、感動がより深まる。

権力のためなら肉親すら蹴落とす『果てしなきスカーレット』宿敵クローディアス

兄アムレットを殺し王の座に就いたクローディアス。「死者の国」に落ちてなお権力を振りかざす(『果てしなきスカーレット』) [c]2025 スタジオ地図
兄アムレットを殺し王の座に就いたクローディアス。「死者の国」に落ちてなお権力を振りかざす(『果てしなきスカーレット』) [c]2025 スタジオ地図

最新作『果てしなきスカーレット』では、悪辣非道な国王を演じている。役所はこれまで、実写映画でのヤクザ役や、『孤狼の血』(18)では暴力団との癒着を噂されるベテラン刑事など荒々しい面を持つ人物を演じているが、本作で声を担当したクローディアスは、人間臭さやチャーミングなところを見せた彼らの演技とはまるで違う。

スカーレットの父、アムレット。国民たちから愛される心優しい国王だった(『果てしなきスカーレット』) [c]2025 スタジオ地図
スカーレットの父、アムレット。国民たちから愛される心優しい国王だった(『果てしなきスカーレット』) [c]2025 スタジオ地図

権力を求め、欲にまみれたクローディアスは、王女スカーレットの父で自身の兄でもあるアムレット王(声:市村)を殺して王になると、貧困に喘ぐ国民のことは一切顧みず、隣国との無意味な戦に兵を送り続ける。しかも、父親の死で悲しみに暮れるスカーレットにも毒を盛り、「自分だけ毒を盛られないと思っていたのか?」と憎たらしい声で吐き捨てる。そこには人間の心は微塵も感じられない。本作を観る者の胸には、スカーレットと同じように怒りと憎しみが込み上げてくる。

細田監督は多分それを期待して、この悪役の声を役所に委ねたに違いない。「死者の国」に堕ちてもなお父の復讐を成し遂げようとするスカーレット。彼女を突き動かす激しい憎悪の炎が消えないのは、クローディアスが自分のことしか考えずに暴走する圧倒的な極悪キャラだからだ。それを声で表現し、説得力を持たせられる声の持ち主は誰なのか?と考えて、絶大な信頼を寄せる役所に行き着いたのだろう。

そんなクローディアスと復讐に燃えるスカーレットがついに対峙するクライマックスはどんな結末を迎えるのか?本当の“強さ”を身につけた王女の物語とそこに込められた大切なメッセージは、悪役に徹した役所の声がなければ語り尽くせなかったかもしれない。

文/イソガイマサト

※宮崎あおいの「崎」は「たつさき」が正式表記

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