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『時をかける少女』から19年、最新作『果てしなきスカーレット』までのスタジオ地図のヒロイン像の変遷をたどる

  • 2025.11.22

細田守監督率いる「スタジオ地図」が紡ぎ出してきた作品群の魅力の核には、困難な現実に直面しながらも、自らの意志で未来を切り開こうとするヒロインたちの存在がある。最新作『果てしなきスカーレット』(公開中)では、父の復讐のために戦い、新時代のリーダー像も表している王女のスカーレットという、いままでの作品とも違う色のヒロインが描かれている。

【画像を見る】後輩男子をフィアンセだと家族に紹介…!?小悪魔な一面も持つ『サマーウォーズ』の夏希。スタジオ地図のヒロインたちをプレイバック

『時をかける少女』(06)のみずみずしい疾走から、最新作で描かれる≪死者の国≫での闘争まで、スタジオ地図作品のヒロイン像はどのように変遷し、なにを一貫して描き続けてきたのか。その軌跡をひも解く。

「私」から「公」への目覚め

スタジオ地図の名を世に知らしめた『時をかける少女』(06)のヒロイン・紺野真琴は、その後のヒロイン像の原点とも言える存在だ。彼女は快活で直情的だが、恋愛には奥手という、どこにでもいる等身大の女子高生である。

タイムリープという非日常の力を手にした真琴。やがて自分の自分の行動が他者の運命を意図せず狂わせていくことに気づく(『時をかける少女』) [c]「時をかける少女」製作委員会 2006
タイムリープという非日常の力を手にした真琴。やがて自分の自分の行動が他者の運命を意図せず狂わせていくことに気づく(『時をかける少女』) [c]「時をかける少女」製作委員会 2006

そんな彼女が手に入れたタイムリープという非日常の力。最初は、その強大な力を「昨日食べたプリンを取り戻す」「カラオケの時間を延長する」といった、極めて私的な、ささいな欲望のために消費していく。その未熟さこそが、真琴というキャラクターのリアリティであった。しかし、自分の行動が他者の運命を意図せず狂わせていくことに気づき、やがて取り返しのつかない喪失に直面する。

真琴は、未来からやってきた千昭のために、最後のタイムリープを使うことを選ぶ(『時をかける少女』) [c]「時をかける少女」製作委員会 2006
真琴は、未来からやってきた千昭のために、最後のタイムリープを使うことを選ぶ(『時をかける少女』) [c]「時をかける少女」製作委員会 2006

真琴は、力を使い果たした最後のタイムリープで、自分のためではなく、他者(クラスメイトで友達の千昭)のために行動する。そして、時間という有限で不可逆なものの尊さを知り、超常的な力に頼るのではなく、自らの足で未来へ向かって走り出す“選択”をする。ここに、「日常をどう生きるか」という、スタジオ地図作品に通底するテーマの原型が見える。

『サマーウォーズ』のヒロインは、大家族・陣内家のアイドル的存在、夏希 [c]2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS
『サマーウォーズ』のヒロインは、大家族・陣内家のアイドル的存在、夏希 [c]2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS

続く『サマーウォーズ』(09)の篠原夏希は、一見すると完璧なヒロインとして登場する。容姿端麗、文武両道、大家族・陣内家のアイドル的存在。だが、その内面には、主人公・健二を婚約者のフリという嘘にためらいなく巻き込んだり、一族の厄介者とされる陣内家に引き取られた養子・侘助おじさんに長年憧れたりと、少女特有の稚拙さを抱えている。彼女は、学校で見せる「公」の顔と、健二の前で見せる「私」の顔にギャップのある、未熟な少女でもあった。

曽祖母の死と健二の奮闘によって、夏希は守られる側から一家を支える側へと成長していく(『サマーウォーズ』) [c]2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS
曽祖母の死と健二の奮闘によって、夏希は守られる側から一家を支える側へと成長していく(『サマーウォーズ』) [c]2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS

彼女の成長の転機は、2つの出来事によってもたらされる。ひとつは、絶対的な守護者であった曽祖母・栄の死。そしてもうひとつは、当初は当て馬程度にしか見ていなかったであろう健二が、世界の危機に立ち向かう奮闘の姿だ。

守られる側から、一族を支える側へと強制的に立場を転換させられた夏希。彼女は健二の持つ本質的な強さに胸を打たれ、クライマックス、仮想世界<OZ>(オズ)での決戦に臨む。あの花札勝負は、栄おばあちゃんから受け継いだ陣内家の誇りと、健二が守ろうとした「世界(=公)」の両方を背負うという、彼女自身の決意表明にほかならない。

この時期のヒロインたちは、日常(あるいはその延長線上の非日常)を舞台に、「私」のための選択から、「他者」や「公」のための選択へと踏み出す成長の物語を体現していた。

「母性」と「導き手」へのシフト

『おおかみこどもの雨と雪』の主人公は、ニ児の母、花。母として、一人の女性としての成長が描かれる [c]2012 「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
『おおかみこどもの雨と雪』の主人公は、ニ児の母、花。母として、一人の女性としての成長が描かれる [c]2012 「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

『サマーウォーズ』で家族というテーマを鮮烈に描いたスタジオ地図は、『おおかみこどもの雨と雪』(12)で、さらに踏み込んだ女性像を提示する。主人公の花は、二児の母。彼女の物語は、真琴や夏希が体験した「少女から大人へ」という成長とはまた異なる、「母として、一人の女性として」の成長が描かれている。

彼女は、愛する人であるおおかみおとこの突然の死という喪失に直面し、2人の特異な子どもを育てるという重責を一人で背負う。彼女が“戦う”相手は、仮想世界の敵ではなく、「ワンオペ育児の過酷さ」「子どもの秘密を守るという重圧」「人里離れた土地での厳しい自然」といった、逃れようのない現実そのものである。

おおかみとして生きること、人間として生きることに悩む子どもたちに寄りそう花(『おおかみこどもの雨と雪』) [c]2012 「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
おおかみとして生きること、人間として生きることに悩む子どもたちに寄りそう花(『おおかみこどもの雨と雪』) [c]2012 「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

彼女は困難のなかで、子どもたちが人間とおおかみ、どちらの生き方も自ら選択できる環境を整えるため奮闘し、やがて彼らの選択を受け入れ、送り出す強さを身につけていく。その姿は、圧倒的な「生命力」と「母性」の象徴であると同時に、一人の女性が困難を経て精神的な成熟を遂げる成長の記録と言えるだろう。

同作にはもう一人のヒロイン、娘の雪が登場する。物語の語り部である彼女は、幼少期はおおかみの本能が強かったが、成長と共に人間社会との軋轢に悩み、人間として生きる道を選択する。花という「母」の成長の物語と、雪という「娘」の選択の物語が、作品の縦糸と横糸を成している。

渋天街から渋谷に戻った九太が出会ったのが、女子高生の楓だった(『バケモノの子』) [c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS
渋天街から渋谷に戻った九太が出会ったのが、女子高生の楓だった(『バケモノの子』) [c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

続く『バケモノの子』(15)のヒロイン・楓は、主人公・九太(人間界の名前は蓮)を導く者として登場する。彼女自身も進路に悩む等身大の受験生だが、バケモノ界で育ち、人間界の「知」を持たなかった九太に勉強を教え、心の支えとなる。

花のような「母」ではないが、九太が2つの世界(バケモノ界と人間界)で生きていくアイデンティティを確立し、自身の心の闇と向き合うための「道しるべ」となる。この時期、スタジオ地図作品のヒロインは、『時をかける少女』の真琴、『サマーウォーズ』の夏希という自らが成長する存在から、自分の子どもや主人公など他者の成長を「支え、見守り、導く」存在へと、その役割の比重がシフトしていることがわかる。

楓から学ぶ楽しさを教えてもらった九太。渋谷と渋天街、そして楓を守るために戦う!(『バケモノの子』) [c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS
楓から学ぶ楽しさを教えてもらった九太。渋谷と渋天街、そして楓を守るために戦う!(『バケモノの子』) [c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

「絆」を紡ぎ直すヒロイン

『未来のミライ』(18)では、さらにユニークなヒロインが登場する。主人公・くんちゃんの妹、赤ん坊のミライちゃんである。彼女は、未来からやってきた中学生の姿の妹として、4歳の兄の前に現れる。

子どもの目線を通して、家族の日常から歴史、時間の流れと壮大なテーマに迫った『未来のミライ』) [c]2018 スタジオ地図
子どもの目線を通して、家族の日常から歴史、時間の流れと壮大なテーマに迫った『未来のミライ』) [c]2018 スタジオ地図

妹が生まれたことで両親の愛を奪われたと感じ、赤ちゃん返りを起こすくんちゃん。ミライちゃんは、そんな彼を時空を超えた旅へと誘うナビゲーターだ。くんちゃんは、幼い日の母や、若き日の曽祖父と出会い、自分が連綿と続く「家族の歴史(=環)」の一部であることを知る。ミライちゃんは、主人公に兄としての自覚を促し、家族の絆を未来へとつなぐ役割を果たした。

未来からやってきたのは、4歳のくんちゃんの妹のミライちゃんだった!(『未来のミライ』) [c]2018 スタジオ地図
未来からやってきたのは、4歳のくんちゃんの妹のミライちゃんだった!(『未来のミライ』) [c]2018 スタジオ地図

そして2021年、コロナ禍を経てメタバースの活用がより加速し、仮想世界が現実味を帯びた時代に公開されたのが『竜とそばかすの姫』だ。ヒロインのすずは、第1章の「日常の中の成長」というテーマに回帰しつつ、極めて現代的な課題を背負わされている。

幼いころに経験した母の死がトラウマとなり、現実世界では大好きな歌を歌えない。しかし、全世界50億人が集う仮想世界<U>では、ベルというアバターとして自己を解放し、歌姫として世界的な人気を得る。この「現実=すず」と「仮想=ベル」の二面性は、現代を生きる我々の姿そのものだ。

ベルの現実での素顔は、地方に住む女子高生のすず。心に傷を負ったすずは歌うことで救われていく(『竜とそばかすの姫』) [c]2021スタジオ地図
ベルの現実での素顔は、地方に住む女子高生のすず。心に傷を負ったすずは歌うことで救われていく(『竜とそばかすの姫』) [c]2021スタジオ地図

当初、彼女は仮想世界での名声にアイデンティティを求めていた。だが、<U>で忌み嫌われる謎の存在である竜と出会い、その正体である少年の恵が現実世界で深刻な暴力の危機に瀕していることを知る。物語のクライマックス、すずはベルの“仮面”を脱ぎ捨て、現実のすずの姿を全世界にさらし、トラウマを乗り越えて「他者」を救うために歌う。それは、仮想世界での人気(=私)のためではなく、現実世界で傷つく誰か(=他者)のために勇気を振り絞る、選択の瞬間であった。ネットの誹謗中傷という現代的な痛みに対し、現実を生きる強さで立ち向かったのだ。

仮想空間<U>で話題の歌姫ベルが、謎の存在・竜と出会い、心を通わせていくが…(『竜とそばかすの姫』) [c]2021スタジオ地図
仮想空間<U>で話題の歌姫ベルが、謎の存在・竜と出会い、心を通わせていくが…(『竜とそばかすの姫』) [c]2021スタジオ地図

「復讐」と「生」の新地平

そして、最新作『果てしなきスカーレット』のヒロイン、スカーレットは、これまでのヒロイン像とは一線を画し、我々観客の前に現れた。物語の舞台は、これまでの日常や仮想世界とは異なり、“死者の国”という過酷な世界。そして彼女を突き動かす原動力は、成長や絆ではなく、父を殺された「復讐」である。

≪死者の国≫で出会ったスカーレットと、看護師の聖。2人の旅の行方は?(『果てしなきスカーレット』) [c]2025 スタジオ地図
≪死者の国≫で出会ったスカーレットと、看護師の聖。2人の旅の行方は?(『果てしなきスカーレット』) [c]2025 スタジオ地図

幼少期、心優しい国王である父親の前では、純真無垢で子どもらしい一面を見せていたスカーレット。しかし、確執のある母や叔父の裏切り、そして敬愛する父の死によって、彼女が子どもらしくいられる時間は無残にも奪われた。

「復讐」を胸に誓い、人を信じられず、“強く生きなければならなかった”スカーレット。だが、その根底にある信念に真っすぐであるという一点においては、真琴や夏希、すずたちと通底する、スタジオ地図作品のヒロインが持つ「一貫した軸」を感じさせる。

「困難な現実に直面し、自らの意志で“選択”し、前へ進む」スタジオ地図のヒロインに通じる信念の強さを、スカーレットも持ち合わせている(『果てしなきスカーレット』) [c]2025 スタジオ地図
「困難な現実に直面し、自らの意志で“選択”し、前へ進む」スタジオ地図のヒロインに通じる信念の強さを、スカーレットも持ち合わせている(『果てしなきスカーレット』) [c]2025 スタジオ地図

これまでのヒロインたちが「生」の世界で他者と出会い、困難を乗り越えてきたのに対し、スカーレットは“死者の国”という最も過酷な状況からスタートする。そんな彼女が、青年・聖と出会い、共に“死者の国”で旅をするなかで、その凍てついた心にどのような変化が訪れるのか。「復讐」という目的の先に、彼女がなにを見いだすのかに注目してほしい。

常に「困難な現実に直面し、自らの意志で“選択”し、前へ進む」という普遍的な女性の強さを描いてきたスタジオ地図。『果てしなきスカーレット』は、その軸を受け継ぎながらも、復讐と死という最もダークなモチーフを携え、新たなリーダー像をも提示する。スカーレットが選び取る「生」の軌跡を、劇場で見届けてほしい。

文/阿部裕華

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