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「不安に寄り添いながら、若者にとって力になれるような映画」細田守監督が明かす『果てしなきスカーレット』に託した想い

  • 2025.11.21

細田守監督最新作『果てしなきスカーレット』(公開中)は、復讐にとらわれて≪死者の国≫をさまよう王女のスカーレットが、現代日本からやってきた看護師の青年、聖と出会い、共に旅をするなかで変化していく姿を描き、「生きるとはなにか」を問いかける物語が描かれる。

【画像を見る】細田守監督も魅力された!スカーレットの声を担当する芦田愛菜の歌声にも注目

『果てしなきスカーレット』は「生きるとはなにか」を問いかける物語 [c]2025 スタジオ地図
『果てしなきスカーレット』は「生きるとはなにか」を問いかける物語 [c]2025 スタジオ地図

主人公スカーレットの声を芦田愛菜、聖役を岡田将生が担当。スカーレットの宿敵で冷酷非道なクローディアス役を、細田作品へは4度目の参加となる役所広司が演じている。共演には市村正親、吉田鋼太郎、斉藤由貴、松重豊、山路和弘、柄本時生、青木崇高、染谷将太、白山乃愛、白石加代子ら豪華キャストが名を連ねている。

「復讐というものをどのように考えればいいのかという想いで作ったつもりです」

本作の一つの大きなキーワードは「復讐」。細田監督が作品で初めて描く題材だ。「この映画を作り始めたのはコロナがちょうど明けたあたり。非常に苦しいコロナの時代が終わったと思ったら、世界でいろいろな紛争が続け様に起きるようになりました。復讐に次ぐ復讐、そんな負の連鎖の先になにがあるのか、と考えるようになって。これから違う世界のありように突入していくのではないかと思った時に、復讐というものをどのように考えればいいのかという想いで作ったつもりです」と着想は、世界が直面している問題からだったと明かす。

復讐という狂気に取りつかれた中世の王女スカーレットの物語 [c]2025 スタジオ地図
復讐という狂気に取りつかれた中世の王女スカーレットの物語 [c]2025 スタジオ地図

モチーフの一つになったのはシェイクスピアの「ハムレット」だった。「憎むべき敵を倒して爽快になる。復讐劇はエンタテインメント性があり、映画の一つの王道ジャンルだと思うんです。昔、僕がいた東映アニメーションでも、そういう映画が非常に多くて(笑)。でも、いまはひょっとしたら世の中に善人と悪人がいて、悪人を倒したら幸せというのではなく、それぞれに正義があって、一方が復讐を果たしたら、もう一方のほうの復讐劇がまた始まろうとする。それっていうのは結局、復讐劇のあとに続くのは悲劇ではないかと思って。そんなふうに考えると、世界はどこへ向かっていくのか、と思うわけです。それが、この映画に色濃く反映されている気がします」と振り返り、本作の制作に4年かかったことに触れ、「作っている間に世界情勢が良い方向へ変わってくれたらよかったのですが、残念ながらあまり変わっていない。非常に複雑な気持ちです。そういう状況にいるいまの若い方たちの不安にちょっと寄り添えるようなものになったらいいなと思いながらこの映画を作りました」と本作に込めた想いを打ち明ける。

そのような考えは、細田監督自身が学生時代に触れた「ハムレット」から受けた衝撃にも影響されたようだ。「高校から大学にかけてのころに『ハムレット』を読みましたが、若い人たちが思い悩んでいることにすごく合致するものがあると感じました。これからの人生どうやって生きていこうかみたいな漠然とした不安が描かれているというか。学生のころに読んだ時も、今回読み返しても同じように感じたし、400年経っても通じる、非常に普遍的な物語ではないかと実感しました」。

スカーレットの果てしなき復讐の旅路の行く先とは? [c]2025 スタジオ地図
スカーレットの果てしなき復讐の旅路の行く先とは? [c]2025 スタジオ地図

主人公のスカーレットを女性にした理由について「大学のころ、1988年に観た蜷川幸雄さん演出で渡辺謙さんが主演の『ハムレット』をテレビの舞台中継で観て。僕に強烈な印象を残したのは荻野目慶子さんが演じていたオフィーリアでした。オフィーリアは救いがなくて非常にかわいそうなキャラクターなのですが、荻野目さんが演じたオフィーリアからはかわいそうなだけじゃなくて、運命に負けていない力強さのようなものを感じて。それが強く心に残っていたので、主人公にあたるスカーレットをハムレットと同じく男性にはせずに女性しました。悲劇のヒロインとして描かれがちなオフィーリアを、ただ美しいではなく運命に抗い力強いヒロインとして描くべきというのは、当時から僕自身感じていたことでした。今回のポスターのスカーレットが非常に力強くなっていることもその名残があると思っています」と説明。

「死と隣り合わせの状況を経験したからこそ“生と死”について考えること、感じることは当然あったと思います」

スカーレットの父、アムレット(市村正親)はクローディアスに嵌められて処刑される [c]2025 スタジオ地図
スカーレットの父、アムレット(市村正親)はクローディアスに嵌められて処刑される [c]2025 スタジオ地図

タイトルの「果てしなき」に込めた想いについては「受け取り方によっては“終わりなき”という意味にもとれます。“終わりなき争いは続く”とも言えますし、それでも“争いを終わらせようという試みは果てしなく続く”とも言えます。肯定的に捉えるとすれば、ずっとこの努力は続いていくもの、と言えます。でも、僕ら人間というのは呪われたようにずっと繰り返し続けていくのかもしれない。つまり、どっちにも取れると思うんですよね。スカーレットは16世紀の王女。スカーレットに限らず、僕たちも、いま、自分の世代が果たせないことをその後の誰かが引き継ぐかもしれない。もしかしたら、新しい考え方を生み出して、復讐の連鎖を終わらせてくれるかもしれない。そのような希望を持った言葉として名付けたつもりです」と解説した。

本作で「死後の世界」も描かれていることから、細田監督自身の死生観が影響しているのかという質問に対して、「そうかもしれません」と回答。「本作において“生と死”も大きなテーマです。こんな大きなテーマに挑むことになるとは思わなかったのですが、いままでの作品でも少なからず、考えとしてはあったと思います。

物語の着想は世界が直面している問題からだった 撮影/杉映貴子
物語の着想は世界が直面している問題からだった 撮影/杉映貴子

“生と死”をテーマにするからこそ、これぐらいのスケールの映画になった気がしています。そのきっかけは僕自身が死と隣り合わせになりかけるという体験をしたこと。具体的にはコロナになったということです」と自身の経験を振り返る。「コロナになって入院すると最初の1週間の対応が大事だと言われます。つまり運命は1週間後に改善するか、悪化するかに分かれるようなんです。ちょうど『竜とそばかすの姫』を作っている時だったので、映画が完成するかどうかという状況下で1週間後に分かれ道がやってくるなんて、大きな脅威に立たされたと感じずにはいられませんでした。僕は幸いにも改善し、快復することが出来ましたが、この入院期間中に死と隣り合わせの状況を経験したからこそ“生と死”について考えること、感じることは当然あったと思います」とここでも細田監督自身の経験が作品に与えた影響を明かす。

スカーレットと旅を共にする心優しい看護師、聖の声は岡田将生が担当 [c]2025 スタジオ地図
スカーレットと旅を共にする心優しい看護師、聖の声は岡田将生が担当 [c]2025 スタジオ地図

さらに、その際に看護師さんにお世話になったことが、岡田演じる聖というキャラクターの職業が看護師になった理由だという。「防護服をつけていて、顔も表情もわからない。でも、防護服を通してでも優しさはものすごく伝わってきます。一種の才能が必要な職業だと思ったし、そういった利他的な精神がないと看護師にはなれないとも思いました。スカーレットは復讐者で一種の現実主義者です。対して真反対の聖は理想主義者。非常に対比がつくのではないかと思った時に、復讐者であるスカーレットと一緒に旅をする、人命を助ける看護師の聖の姿が浮かんできました。僕のいろいろな経験が作品に影響しているということは大きいと改めて思います」。

「19年の間に“未来”のあり方が変わったのではないかと考えています」

役所広司が冷酷非道な国王、クローディアスの声を担当 [c]2025 スタジオ地図
役所広司が冷酷非道な国王、クローディアスの声を担当 [c]2025 スタジオ地図

本作ではプレスコ(音声収録を先にすること)を採用しているが、壮大で力強い映像が出来上がったのは、クローディアスを演じた役所の存在が大きかったと力を込めた。「最初の収録は役所さんから。出来上がった作品を観るとわかるのですが、クローディアスの存在感にはものすごいものがあります。力強さと憎らしさと狡賢さと哀れさ。最初からすごい表現力です(笑)。最後のシーンではこの映画のテーマである“生と死”に行きつき、人間が極限にまで行った時に出す声は、ある種の答えのようなものまでを聞かせてもらって。本当に鳥肌が立ちました。これをアニメーションの画にするのは果たして可能なのか、無理なのではないかと思ったくらいです。役所さんの後に収録した芦田さんや岡田さんは、すごいプレッシャーを感じながらのお芝居だったと思いますが、すごく頑張ってくださって、力を発揮して表現してくれました。同じように、アニメーターの方も、役所さんの声を聴いて、芝居のバイブスを感じて刺激をもらったというか。あのお芝居を立たせるために、力をふり絞って仕事をしてくださったのを目の当たりにしました。みんなの力を引き出してくれた役所さん、そして力を出してくれたみなさんに対しては、ありがとう、という気持ちしかありません」と心からの感謝を口にする。

【画像を見る】細田守監督も魅力された!スカーレットの声を担当する芦田愛菜の歌声にも注目 [c]2025 スタジオ地図
【画像を見る】細田守監督も魅力された!スカーレットの声を担当する芦田愛菜の歌声にも注目 [c]2025 スタジオ地図

さらに本作でスカーレットを演じ、歌唱も披露している芦田の表現についても驚きがあったと話す。「現実世界で歌えないが、仮想世界では歌姫のヒロインを描く『竜とそばかす』の時と違って、『果てしなきスカーレット』は演じる人と歌う人が同じ設定である必要性はないと考えていました。でも、芦田さんの歌を聴いて、そのすばらしさに驚きました。スカーレットを演じた役者さんが歌うことに意味がある、それがこの歌を、映画を何倍もよくすることになると確信しました」としみじみ。芦田については「パブリックイメージからは、復讐するというスカーレットのような役は浮かばないと思います。でもそのパブリックイメージから違う役というのがまたいいなと思いました」と笑顔で語る。「歌もそう。その表現力の幅、奥深さを感じたし、イメージと違うものを演じ、表現するからこそ、その表現力の幅やすばらしさがより際立った気がします。なかなかいないタイプの方ですね」と大絶賛だった。

『時をかける少女』との共通点と違いについても語った 撮影/杉映貴子
『時をかける少女』との共通点と違いについても語った 撮影/杉映貴子

未来から来た男性に主人公の女性が「未来を変える」と宣言する物語の構造は『時をかける少女』(06)を彷彿とさせる。「作りながら気づきました『時をかける少女』と似ているなって(笑)。高橋プロデューサーから指摘されて、そうかも!と思いました。確かに構造は似ています。現代からくるのか、未来からくるのかという部分の違いだけで、その時代を生きる女性が未来を向いていくというところは同じだと思います。けれども、なにが一番違うかというと、やっぱり“未来感”が違うんです。

聖はスカーレットに対し、なんの見返りもなく手を差し伸べる [c]2025 スタジオ地図
聖はスカーレットに対し、なんの見返りもなく手を差し伸べる [c]2025 スタジオ地図

『時をかける少女』から『果てしなきスカーレット』までの19年の間に“未来”のあり方が変わったのではないかと考えています。2006年の『時をかける少女』当時はまだ希望があるような未来感を描いていたと思います。一種の若い人のバイタリティによって、未来を築いていってほしいという想いを込めて映画を作りました。でもいまの若い人たちは、いろいろなものにがんじがらめになっていると思うんです。SNSの情報に振り回されたり、必要のない心配をしたり…世の中がどんどん変化しつつ、いままで正しいと思っていたものが一気に変わっていってしまう時代だと感じています。そういうなかで、『頑張れよ!』とか『バイタリティを発揮しろ!』というだけではなく、不安に寄り添いながら、若者にとって力になれるような映画になればいいなという想いで『果てしなきスカーレット』を作りました」とこれまで生み出した作品やテーマの関連性なども踏まえたうえで、本作に込めたメッセージを伝えた。

取材・文/タナカシノブ

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