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あの松岡修造がたじたじ…「ポジティブ思考とは全く違う」吉田沙保里が"残り3秒"でも焦らないワケ

  • 2025.11.17

2011年の世界選手権の決勝戦、相手にポイントを奪われたまま残り3秒からの優勝を遂げた吉田沙保里選手の逆転劇はいまなお記憶に残る。スポーツドクターの辻秀一さんは「試合中の吉田さんはやることに集中し、心はゆらがずとらわれずの『ごきげん』が共存している」という――。

※本稿は、辻秀一『いつもごきげんでいられるひと、いつも不機嫌なままのひと』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

00分03秒の電光掲示板
※写真はイメージです
人間関係で悩む人がいつまでも減らない理由

多くの人が、まわりの人とうまくやっていきたいと考えているのに、人間関係の悩みがなくならないのはなぜなのでしょうか。

私は、どんなことも「自分で決めている」と考えられるようになると、人間関係はぐっと楽でシンプルになると思っています。

好むと好まざるとにかかわらず、私たちは、すべてのことを自分で決めて生きています。自分の脳が「やる」と指令を出すから、行動ができるのです。

社長から命令されて、いやな仕事をやらされているとしても、「やる」と決めたのは「自分」です。「断れなかったんです」とあなたは言うかもしれませんが、社長に脳をジャックされたわけではありません。

命令されたことを断らずに、その仕事を引き受けると決めたのはあなたなのです。

「やりたくないことまで、自分で決めたと考えるなんてつらい」と思うかもしれません。けれども、見方を変えれば逆です。

「決めるのは自分だ」「自分に選択権があるんだ」と考えると、生きるのがずっと楽になるのです。

人生の主役は自分です。どんなときも自分が決めて、自分が行動して、生きているのだと考えてください。自分の人生なんだから、どんな選択をしたっていいのです。

これが真実の世界です。

このことに気づくと、「自分はまわりに振り回されていた」と思っていたのが、じつは自分で選んできたのだとわかり、心が軽くなるのです。

それは「自分のせいだ」と責める自責とはちがいます。

世の中の多くの人は、みな不機嫌です。

まわりの人がたいてい不機嫌なので、私たちの脳はまわりに持っていかれてばかりで、人のきげんを気にしたり、人のきげんをとったりすることに忙しくなっています。

そして自分も不機嫌なのです。

不機嫌なままだから、余裕がなくて、起こった出来事に対して、人のせいにしたり、文句を言ったりしてしまうのです。みんなが人のせいにし合って、誰も責任をとらない世の中になっているのはこのためです。

曇り空の下で怖い顔を作る少年
※写真はイメージです

でも自分のきげんを大事にしている人は違います。

まわりがどうであろうとも、どんな結果になろうとも、ごきげんでいようとします。だから、まわりの人を不機嫌にする確率もぐっと下がります。

「自分で決める」というのは、自分を大事にすると同時に、まわりの人を大事にするということでもあるのです。それこそが「ごきげん道」の自分と他者に対する根本的な考え方です。自分で決めていると考えるのは、先述のように自責の念で自分を責めるのではありません。

決めていると考え、自由を感じるようなイメージです。

また「自分を大事に」と言うと、必ず「それは単なる自己中じゃないですか」と反論する人がいます。自己中は自分のためにしか行動しないことを言います。でもほんとうに自分を大事にしていて、きげんがよければ、人のためにいろいろなことがやれるようになるはずです。

自分自身の人生を自分が主役になって生きることは、人のためでもあるのです。「ごきげん道」では、自分のためこそが、人のためになるのです。

それなのに、「自分で決める」ということをみんなが不安に思うのはなぜでしょう。

みんな、自分が人生の主役になることに恐怖を感じています。ずっと誰かに決めてもらう人生だったからです。

ちょうど、ずっと脇役だった俳優さんが、急に主役に抜擢されて困っているのと似ているかもしれません。

主役を演じるということには、練習が必要なのです。ごきげん道は、自分が主役の人生を歩む助けにもなります。

「残り3秒」でも焦らない、吉田沙保里選手の考え方

自分の心を自分で決めて、いつもごきげんでいるのが、レスリングの吉田沙保里選手です。吉田さんは「ごきげん道」の“権化”みたいな人だと思います。

「報道ステーション」という番組で、私は元プロテニスプレーヤーで現在はスポーツキャスターの松岡修造さんと一緒に、2012年のロンドンオリンピック前の吉田さんにインタビューにうかがいました。

そのときのことが今でも印象に残っているのでお話ししましょう。

世界選手権で残り3秒からポイントを奪い優勝したときのことについて、松岡さんが吉田さんにたずねました。

「残り3秒しかなくて、相手にポイントをとられていて、あと3秒! って焦りませんでしたか?」

すると吉田さんは不思議そうな顔をして答えたのです。

「えっ、みんな、焦るんですか」

意外な答えを聞いて、松岡さんは、あっけにとられていました。

「僕はもし残り3秒しかなかったら、『まだ3秒もあるんだ。3秒は長い。3秒もあるから大丈夫だ、できる!』とプラス思考でどうにか自分を励ましてやってきたんですけど……」

試合中にネットに当たるテニスボール
※写真はイメージです

すると、吉田さんが「だからダメなんじゃないですか」とびっくりすることを言ったのです。松岡さんもこれにはたじたじでした。

松岡さんと同じようなやり方で、なんとかプレッシャーをはねのけようとしている人は多いと思います。

でも、この方法にはものすごくエネルギーが必要です。ときには無理なポジティブシンキングと同じになります。それこそ松岡修造さんなみの精神力が必要でしょう。

だから、ふつうの人はなかなかうまくいかないのです。

このインタビューでは、吉田さんが、別の方法でプレッシャーをはねのけ、最高のパフォーマンスを出しているということがわかりました。

私は、その場で吉田さんの脳波を計測してみました。

「試合の様子をイメージしてください」とお願いすると、吉田さんの脳から、人がリラックスしているときに出る脳波(α波)と同時に、集中しているときに出る脳波(β波)が計測されたのです。

つまり、試合中の吉田さんは、リラックスと集中が混在した状態、すなわちチクセントミハイ博士の言う「フロー」状態だったのです。やることに集中し、心はゆらがずとらわれずの「ごきげん」が共存しているのです。

吉田さんがこの「フロー」でいられるのは、日ごろの脳の習慣の賜物だと思います。インタビュー中、決して明るい表情をくずさない彼女を見ていて、私は彼女の強さの秘密は「ごきげん」だと確信しました。

「一生懸命」で苦しくなる人と、楽しめる人の違い

吉田さんの脳波がつねに集中とリラックスの見事なバランスをとっていたのは前の項目でお話ししたとおりですが、吉田さんは、とくにリラックス、つまり「とらわれずの心」を導くライフスキルの脳の働きがとても強く出ていました。

だから残り3秒になっても、焦りも瞬時に気づいてきげんよくいられるのだと思います。

こういう状態を保つために、ふだんからどんなことを意識しているのかと吉田さんにたずねてみました。すると吉田さんはこう答えました。

「『今あるがまま』って感じです。そして、一生懸命を楽しむかな」

一生懸命を楽しむと考えれば、心はごきげんに傾きます。

練習も、試合も、レスリングのすべてで吉田さんは、「一生懸命を楽しむ」と考えることで自ら楽しさをつくりだしているのです。

一生懸命を楽しむ状態は、まさに「フロー」と言えます。

辻秀一『いつもごきげんでいられるひと、いつも不機嫌なままのひと』(サンマーク出版)
辻秀一『いつもごきげんでいられるひと、いつも不機嫌なままのひと』(サンマーク出版)

吉田さんは試合以前にまず、レスリングを通して、つねに「ごきげん」な状態で生きているわけです。だからあんなに強いのだと思います。

「心エントリー」が習慣化されているのです。

残念なことに日本人はどうも、一生懸命を楽しむのが苦手なようです。

「一生懸命はどこかで苦しい」と思っているふしがあります。

スポーツ心理学に関する学会で、アメリカの研究者から、日本の野球についてこんな質問がありました。

「日本の子どもたちは、いったい野球の何を楽しんでいるのか」

野球選手のショット
※写真はイメージです

アメリカの野球では、子どもたちに「とにかく精いっぱい投げて、一生懸命打って、全力で走れ!」と教えているそうです。そうやって、力いっぱい、思いっきりやることの楽しさを子どもたちに体感させるのです。

一方、日本の少年野球は、「勝つこと」の楽しさを教えています。送りバント、犠牲フライ、敬遠……。大人顔まけにこんな組織野球をする少年たちを見て、「彼らは野球が楽しいのだろうか」と、この研究者は不思議に思ったそうです。

「勝つことが楽しい」と教えているから、勝つために練習する。そして、勝つためならば投げない、打たない、走らないということもやるのです。

さらに、多くの指導者が、勝てなかったら「罰」を与えます。その罰が怖いから子どもたちは必死で練習をする。少しでも怠けると、もっときつい罰を与える。

まさに「結果エントリー」な指導です。こんな野球に、「楽しさ」というものは存在していないのかもしれません。

私は今、一部でスポーツが子どもを“教育”するための人質になっているように感じて、とても悔しいです。確かに、勝つことはうれしいですが、そのせいで、スポーツを通して与えられるいちばんの宝物である「仲間」や「感動」や「元気」や「成長」がないがしろにされているのではないかと思います。

一生懸命やること自体が楽しい。吉田沙保里さんがおっしゃったように、自然と湧き上がってくるこの楽しさを、子どもたちが体感していないとしたら、大問題だと思います。この体感があればあるほど、「一生懸命な自分は楽しい」と考えることで、ごきげんの風が自分の心に吹くのです。

辻 秀一(つじ・しゅういち)
スポーツドクター
慶應義塾大学病院内科、同スポーツ医学研究センターを経て独立。応用スポーツ心理学とフロー理論を基にしたメンタル・トレーニングによるごきげんマネジメントが専門。セミナー・講演活動は年間200回以上。年に数回の「人間力ワークショップ」は経営者、アスリート、音楽家、主婦など全国から参加者が集まる。サポート実績に、EY Japan(株)、積水ハウス(株)、三井不動産(株)、ハウスコム(株)、コマツカスタマーサポート(株)など多数の企業にウェルビーイングやごきげん学を提供している。2024年パリオリンピックでは出場選手12名のメンタルトレーニングを担当し、うち3人が金メダルを獲得。現在は2026年冬季ミラノ・コルティナオリンピックや2028年ロサンゼルスオリンピックを目指すオリンピアンたち、サッカー・大相撲・女子ゴルフなどのプロアスリートをサポートしている。日本バドミントン協会とはメンタルサポート契約を締結し、日本サッカー協会のプロライセンス講座、大学体育会、中高部活、その他にヴァイオリンやピアノなど音楽家や教育界も多数サポート。著書に40万部突破のベストセラーの『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)、『「機嫌がいい」というのは最強のビジネススキル』(日本実業出版社)、『チームワークの大原則「あなたが主役」で組織が変わる』(WAVE出版)、『個性を輝かせる子育て、つぶす子育て』(フォレスト出版)など多数。日本代表アスリートたちが子どもたちにごきげん授業をする一般社団法人Dialogue Sports研究所(Dispo)を展開。またライフスキルについて対話し「ごきげん道」を一緒に歩むコミュニティ“BA”を主宰。

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