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映画のプロたちが“三者三様”で『港のひかり』をレビュー!制作陣、キャスト、ドラマ…視点を変えると見えてくる、本作の新たな顔

  • 2025.11.16

『正体』(24)で第48回日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞した藤井道人監督が、名キャメラマン・木村大作と初タッグを組んだ最新作『港のひかり』(公開中)。全編35mmのフィルムカメラで撮影された本作は、能登の海に生きる人々の姿と、北陸の厳しくも美しい自然を圧倒的スケールで映しだす。キャストには、7年ぶりの単独主演を務める舘ひろしを筆頭に、歌舞伎界の新星、尾上眞秀、眞栄田郷敦、黒島結菜、斎藤工、市村正親、笹野高史らベテランと次世代の実力派俳優たちが集結。

【写真を見る】少年の幸太と青年の幸太が対面!フィルムカメラで記録した尾上眞秀と眞栄田郷敦のツーショット

本稿では、藤井監督の現場を長年取材してきた物書きのSYOが、本作における“藤井監督の新たな挑戦”を分析し、映画番組「舘ひろしシネマラウンジ」で舘と共に映画をナビゲートする映画評論家の伊藤さとりは、“キャスト陣の演技と人間味”にフォーカス。そして、本作の現場に密着してきた映画ライターで文筆業の奈々村久生が作品の根本にある“普遍的なテーマ”を読み解く、三者三様の視点から本作の魅力を探るクロスレビューをお届けする。

過去を捨てた元ヤクザの漁師、三浦(舘)は、ある日、いじめを受ける目の見えない少年、幸太(尾上)と出会う。心に傷を抱える二人は、次第に互いの存在に救われていくが、三浦は幸太の治療費を稼ぐため、かつて敵対していたヤクザの取引を襲い、金を奪う決意をする。やがて12年の歳月を経て、刑事になった幸太(眞栄田)と“おじさん”として憧れていた三浦は再会を果たすが…。

知らない世代の心や魂をどう描くか…藤井道人監督が名優と名匠と共に超えた世代間の壁(物書き・SYO)

藤井道人監督との付き合いは6年ほどになるだろうか。肩書きや慣習に捉われないオープンで熱心な彼は、脚本執筆や撮影、編集作業といった映画が生み出される各フェーズで声をかけてくれてきた。敬愛する映画人であり、一人の作家として“推し”でもある彼が、撮影:木村大作×俳優:舘ひろしと組むと聞いたときは驚いた。『新聞記者』(19)から続くスターサンズの河村光庸プロデューサーが遺した企画であり、『ヤクザと家族 The Family』(21)で藤井監督の演出に感銘を受けたという舘が再タッグを熱望し、『最後まで行く』(23)以来の仲である岡田准一が藤井監督を木村と引き合わせたと聞けば納得感は漂うが、座組はもちろん、物語の内容やテイストがこれまでと全く違っていたからだ。

漁業組合の会長は三浦と幸太の交流を見守る [c]2025「港のひかり」製作委員会
漁業組合の会長は三浦と幸太の交流を見守る [c]2025「港のひかり」製作委員会

『港のひかり』は、能登の漁村を舞台に元ヤクザの漁師・三浦が盲目の少年・幸太と交流し、世代を超えた友情を築く物語。ネグレクト状態の幸太の手術費を稼ぎ、彼を光の当たる場所に連れて行こうと決意した三浦は、堅気の人生を投げうち――。クリント・イーストウッド監督の名作『グラン・トリノ』(08)が念頭に置かれたという本作は、「自己犠牲」をテーマにしたクラシックな香り漂う重厚な一作。藤井監督はヤクザものや時代劇に新風を持ち込んだ『新聞記者』「イクサガミ」など、これまでは作風的にも世代的にもアーバンでスタイリッシュな持ち味を活かして伝統をリビルドする作り手だったが、『港のひかり』は真逆となる。伝統を自分に引き寄せるのではなく、裸一貫で渦中に飛び込む決断――約10年にわたる監督生活で確固たるスタイルを築いた彼が、ある種のスクラップ&ビルドに身を投じたのには相当な覚悟が必要だっただろう。

筆者自身、オフィシャルライターとして『DIVOC-12』(21)から『パレード』(24)『正体』「イクサガミ」、新作映画『汝、星のごとく』(2026年公開)に至るまで様々な藤井組の現場に足を運んできたが、クランクイン初日に訪れた『港のひかり』の現場はイレギュラーの連続だった。モニターがない撮影環境、全編フィルム撮影、FIX(固定)がメインの画作り、昭和の時代に飛び込んだような空気感等々――30代の我々世代が知らない昔ながらの映画づくりが繰り広げられていたのだ。脚本段階でテイストは把握していたが、藤井監督は『ヴィレッジ』で古典芸能、『パレード』で学生闘争と河村Pとのタッグ作で「知らない」世界に挑んできたため、自分の中でなんとなく「こういう感じで臨むのかな」という先入観が出来上がってしまっていた。それが現場でぶっ壊され、編集段階で意見を求められて観賞して衝撃を受け、完成版を観てさらに驚かされた。これまで自分が抱いていた世代間の壁――知らない世代の心や魂はどうやっても描けないという“当たり前”が瓦解したからだ。三浦という昔気質な主人公を通して、変化に取り残されて消えゆく時代そのものが作品に宿っていた。『港のひかり』は藤井監督史上最高齢の主人公となり、恐らく親世代よりも少し上の「人生の倍以上を生きている」人物の心根をどうやってバイアスをかけずに描き切ったのか…眼前に広がる物語世界に慄いたことを、鮮烈に記憶している。その領域に達せたのは、間違いなく陣頭指揮をとっていた木村大作と発起人でもある舘ひろしの力によるものだろう。『港のひかり』は、2人が当世代のリアルな感覚を持ち込み、藤井監督が作品としてまとめ上げた対話の結晶ともいえるのではないか。そう考えると、本作が果たす重要な意義――異なる世代の融和が存在感を帯びてくる。

舘ひろしが演じる三浦は、藤井監督史上最高齢の主人公となる [c]2025「港のひかり」製作委員会
舘ひろしが演じる三浦は、藤井監督史上最高齢の主人公となる [c]2025「港のひかり」製作委員会

2020年代は過渡期の時代といわれるように、良きも悪しきも見直され、何を先の時代に受け継ぎ何を置いていくかの仕分け作業が社会全体で行われている。その過程では世代交代の必要性が叫ばれているが、超高齢化社会×超少子化問題の構造上スムーズには進まず、世代間の分断は広がるばかりだ。若者は年長者の感覚がわからないし、年長者は若者についていけない。そんな時代に、異なる世代のクリエイター同士が互いに歩み寄り、手をつないで同じ釜の飯を食い、共に生き、一つの作品を創り上げること。その実例としても、失われゆくなにかを遺した記録としても、『港のひかり』という映画の方舟は希望の光に満ちているのではないか。

世代を超えた橋渡し役、舘ひろしが魅せる“静と動”の存在感(映画評論家・伊藤さとり)

藤井道人監督が木村大作キャメラマンとタッグを組むですと!?

それって水と油なのではないかと正直思っていた。だって過酷すぎる撮影で史実をリアルな映画に昇華させた『八甲田山』(77)のキャメラマン(木村大作さんはカメラマンとは言わず昔ながらの呼び方であるキャメラマンと呼びます)と、『新聞記者』でスタイリッシュなカメラワークと編集が話題となった藤井道人監督とでは映画のスタイルも違えば年齢も47歳差。これが上手くいけば藤井監督の新しい扉を開ける映画になるだろうとは思っていたが、完成した作品は、今までの藤井監督作品とは違う、美しい風景が人間を浄化していく人類愛のような広大な映画になっていたのだ。

過去を捨てた元ヤクザの漁師と目の見えない少年が年の差を超えた友情を築く [c]2025「港のひかり」製作委員会
過去を捨てた元ヤクザの漁師と目の見えない少年が年の差を超えた友情を築く [c]2025「港のひかり」製作委員会

本作で、間違いなく二人の映画人の橋渡し人となっているのが、主演俳優・舘ひろし。映画をこよなく愛し、自身の演技には謙虚なスターは、木村大作さんとの仕事を喜び、『ヤクザと家族 The Family』で一度現場を共にした藤井道人監督の才能を信じた主演だからこそ、映画では彼らの思いを受け取った静と動の演技を見せている。あのシブ〜い低音ボイスを活かすセリフは、過去を悔い、静かに生きようと決めた男がほんの少しだけ心を開いた瞬間に発せられる。それはクリント・イーストウッドの演技アプローチにもやや似ていて、尾上眞秀さんとのシーンは『グラン・トリノ』を彷彿とさせる。「大作さんはキャメラを同じ方向に何台も並べて撮るんだよ。でもそれが俳優の最善の顔の角度を選べる素材になっているから凄い」と舘さんが、意外な撮影法についてある時、私に語ってくれた。

“おじさん”こと三浦と幸太の交流シーンは、『グラン・トリノ』を彷彿とさせる [c]Everett Collection/AFLO
“おじさん”こと三浦と幸太の交流シーンは、『グラン・トリノ』を彷彿とさせる [c]Everett Collection/AFLO

それにしても俳優に愛され信頼される藤井道人監督だから揃ったとしか思えないキャスティングだった。だって尾上眞秀さんの青年期を、眞栄田郷敦さんが演じるとは誰が思いついただろうか。私は二人がドア越しに鈴で互いを認識し合うシーンが好きだ。なんとも哀愁を帯びていて、男のロマンのようなものを感じて、“ここでは余計なセリフはいらないよねえ”と何度も首を縦に振った。個人的な見解だが、眞栄田郷敦さんの語る目が映画俳優的だと思っている。というのも、セリフよりも立ち姿で感情を表現できるスクリーンサイズの演技アプローチが映画特有だからだ。だから目に魅力が溢れる眞栄田郷敦さんはスクリーンに映える俳優なのだ。本作にはそんな絵になる俳優がずらりと揃っていた。特にピエール瀧さんと斎藤工さんの配役は面白い。通常ならば善人に斎藤工、悪人にピエール瀧となるところだが、そんな観客の想像を裏切ってくれたことで見たこともない一面で私達を喜ばせてくれるのだ。ちなみにMEGUMIさんと演劇界でも著名な赤堀雅秋さんの酒に溺れた夫婦役は、やけに生々しくてそのシーンだけでもひとつドラマが作れる気がした。

叔母に引き取られた幸太だが、まともな家庭環境ではなく、叔母の交際相手からも暴力を受ける日々だった [c]2025「港のひかり」製作委員会
叔母に引き取られた幸太だが、まともな家庭環境ではなく、叔母の交際相手からも暴力を受ける日々だった [c]2025「港のひかり」製作委員会

いやはや、この映画は今の時代への勝負作なのだ。情報過多の現代で、セリフで状況を説明したり、つい俳優のアップに逃げてしまったり、カット割りを多くすることで、観客に飽きられないように分かりやすい作品作りが増えている中、『港のひかり』はこれらをあえて手放した手法だった。その結果、映画から見えてくるのは、海や空を見つめるように人をじっくりと見つめることで、どんな人が純度の高い人間なのかということ。ノスタルジーがあって、人間臭くて感情を揺さぶりまくる映画に出会えたこの喜びよ。あ、忘れないように書き留めるけれど、映画を見ていたら能登半島へ行きたくなった。それだけ画から清々しい空気を感じるのだ、すごくね。

孤独を誰とも分かち合えない者同士が出会う必然…人間の絆が生む奇跡(映画ライター、文筆業・奈々村久生)

※本レビューは、ネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みます。未見の方はご注意ください。

元ヤクザの漁師が見ず知らずの少年に救いの手を差し伸べる。何の見返りも求めずに――。映画だからといって現代の日本でそんなことが起こり得るのだろうか?漁師の三浦はなぜ自らを犠牲にしてまで少年を助けようとしたのか、助けられた少年の幸太はそれによって何を受け取ったのか。ここではその謎を探求するミステリーとして、二人が織りなす人間ドラマを紐解いてみようと思う。

幼少期の幸太は絵に描いたような不幸を背負っている。ヤクザ絡みの事故で両親を亡くし、自らも事故の後遺症で弱視を患い、彼を引き取った叔母やその交際相手の男性には虐待を、同級生の少年たちからは心無いいじめを受ける。いじめの手口も、白杖をついて歩く幸太の前に漁網を広げて転ばせるというあまりにも古典的なもので、それゆえにえげつなさが際立つ。

一方、かつて任侠の世界にいた三浦は、“親父”と慕っていた先代の組長を亡くし、カタギとなったいまではその過去のために漁師仲間から嫌われ、家族も身寄りもなく歳を重ねている。

若頭だった三浦は過去を捨て、漁師になり孤独な日々を送っていた [c]2025「港のひかり」製作委員会
若頭だった三浦は過去を捨て、漁師になり孤独な日々を送っていた [c]2025「港のひかり」製作委員会

二人の共通点は「孤独」だ。同じ漁村に住んでいる以外に何の接点もなかった二人だが、苦しみを誰とも分かち合えない者同士が近づいたのはある意味必然だったとも言える。特にこの場合、三浦と出会ったときに幸太の目が見えなかったことも、両者の間にある心理的距離感を一気に縮めたのではないか。幸太は三浦を「おじさん」と呼んでいるが、実際の年齢(設定では52歳差)や風貌は具体的に把握できていなかったはずで、だからこそ先入観を持たずに相手を受け入れ心を開けたのだろう。

とりとめもない会話を交わし、一緒にごはんを食べ、遊びに出かけてお揃いの土産を買う。そこに利害はない。三浦と幸太の間に生まれたのはまさに友情だ。たとえ他人でも、お互いに相手を想う時間の積み重ねによって、親密な関係を築くことができる。三浦は「不幸な少年を助ける」のではなく、かけがえのない友達である幸太の目に光を取り戻してあげたいと思い、自分の服役と引き換えに危険を犯して手術費を工面したのである。

この関係をさらに強固にしているものといえば、劇中で12年の時を経た後の二人の行方が描かれていることだ。この長いスパンは、特に幸太においては、目が見えるようになっただけでなく、少年から大人に成長して警察官になる夢を叶え、人間として大きな変化を遂げる時期にあたる。かたや出所した三浦は人生の集大成へと向かいつつある年月に差しかかる。そうなったとき、おそらく人は、自分がこの世に生きた証を残したいと思うのかもしれない。家族を持たなかった三浦にとって、それはつまり幸太の未来を守ることで成し遂げられる。変わりゆく時代と、そのなかでも変わらぬ友情。そして三浦は自分の罪を幸太の手にゆだね、幸太はそれに応える。確かに三浦は幸太を救ったが、救われたのは三浦のほうでもあったのではないだろうか。

『港のひかり』の魅力を映画のプロたちがクロスレビュー [c]2025「港のひかり」製作委員会
『港のひかり』の魅力を映画のプロたちがクロスレビュー [c]2025「港のひかり」製作委員会

ちなみに三浦がヤクザから足を洗った後に組長の座についた石崎(椎名桔平)は、先代に寵愛されていた三浦を目の敵にしているが、根っこには“親父”の愛を受けられなかった者の孤独がある。誰かを愛するということは、他の誰かがその愛を受け取る機会を失うということでもあり、クライマックスの激しい吹雪にはそんな試練を乗り越えた三浦と幸太の絆の強さがうかがえるようだ。二人が守り抜いた友情の形をぜひ本編で見届けて欲しい。

構成/編集部

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