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大胆かつ繊細なキャラデザが動き出す多幸感…高橋渉監督『トリツカレ男』から伝わる、シンエイ動画の貫禄と挑戦

  • 2025.11.15

『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボと一ちゃん』(14)で知られる高橋渉監督の最新作、『トリツカレ男』(公開中)。夢中になるとほかのことは一切見えなくなる“トリツカレ男”ことジュゼッペの奮闘を描く、ハートフルで大人も泣ける、ラブストーリー・ミュージカルだ。

【画像を見る】キャラデザ・荒川眞嗣の個性が爆発!アゴの角度に注目したい『トリツカレ男』本ポスター

佐野晶哉(Aぇ! group)や上白石萌歌による劇中歌の歌唱シーンがSNSを中心に高い評価を得ている本作だが、まず目に入るのはこの絵本のような美麗かつ独特な作画だ!そこで本稿では、本作のアニメーションを制作したシンエイ動画について解説しながら、高橋監督の描く世界や「クレヨンしんちゃん」との関係性、そしてキャラクターデザインの魅力をひも解いていきたい。

「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」でおなじみ!意欲的な作品も制作してきたシンエイ動画

まずは本作のあらすじを紹介しよう。主人公は、なにかに夢中になるとほかのことが見えなくなるまでのめり込んでしまう青年ジュゼッペ。その姿が、トリツカレたように見えることから周囲の人々から“トリツカレ男”と呼ばれている。これまでにも、歌、探偵、外国語、三段跳び、カメラ集め…などなど、あらゆることにトリツカレてきた彼だが、ある日、公園で風船を売っている女性ペチカに一目惚れする。彼女の心には悲しみがあることを知ったジュゼッペは、これまでトリツカレてきた様々な事柄を活かしてその悲しみを解決するため奮闘するのだった。

「ドラえもん」&「クレヨンしんちゃん」などのシンエイ動画の最新作『トリツカレ男』の特徴を解説 [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会
「ドラえもん」&「クレヨンしんちゃん」などのシンエイ動画の最新作『トリツカレ男』の特徴を解説 [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会

アニメーション制作は「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」など国民的アニメで知られる、シンエイ動画が担当し、監督をこちらも「映画クレヨンしんちゃん」シリーズを手掛けてきた高橋監督が務めている。シンエイ動画と聞くと、その創業時代から制作してきた「ドラえもん」を代表とする子どもからも大人からも愛される長寿アニメを制作している会社というイメージが強い人も多いだろう。だが、近年ではテレビアニメ「からかい上手の高木さん」や「僕の心のヤバイやつ」の制作をはじめ、「銀河特急 ミルキー☆サブウェイ」の企画制作などといったファミリー向けにとどまらない作品を世に送り出していることはご存じだろうか。

そこに追い風を加えているのが既存のテレビシリーズの映画化とは異なる単発の劇場アニメだ。戦時中のこどもたちの日常芝居を丁寧に積み上げることでリアル感を高めた『窓ぎわのトットちゃん』(23)、実写で撮影した映像と音声をもとにアニメーションを作り上げた『化け猫あんずちゃん』(24)などを制作。そのクオリティの高さから数々の映画祭にも出品され高評価を得ている。また今冬には各界のクリエイターが絶賛する戦争マンガをアニメーション映画化した『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(12月5日公開)の公開も予定されている。

ジュゼッペが一目惚れをする風船売りの女性ペチカ [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会
ジュゼッペが一目惚れをする風船売りの女性ペチカ [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会

シリーズ作品で安定した評価を受け老舗スタジオとしての貫禄を見せつつも、新たな表現手法にも挑み続けるシンエイ動画。来年に創立50周年を迎えるいま、長い歴史のなかでも類をみない盛り上がりをみせているのではないだろうか。そして、シンエイ動画が培ってきた「子どもが楽しめる躍動感あるアニメーション」と「思わず大人も泣いてしまうストーリーテリング」、そして「新たなアニメーション表現への挑戦」の3つが掛け合わさったのが、今回の『トリツカレ男』ということになるのだ。

映画館が楽しい空間に!“トリツカレ男”ジュゼッペの真っ直ぐな想い

本作はラブストーリー・ミュージカルで、メインストリームは実にシンプルだ。とはいえ、それが退屈だと感じる暇はない。ジュゼッペがあの手この手で繰りだすアプローチにヤキモキしたり、ジュゼッペにアドバイスをする親友のハツカネズミのシエロに相槌を打ったり、ツイストダンスが得意なギャング、ツイスト親分に笑いを誘われたり、アクションにドキドキし、手に汗握るシーンもある。また、キャラクターや背景デザイン、色彩、アニメーションならではのエフェクト(特殊効果)の表現も美しく、映画館ではその世界観に包まれる楽しい時間を過ごせるはずだ。

近年のシンエイ動画作品に連なる創意にあふれた『トリツカレ男』 [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会
近年のシンエイ動画作品に連なる創意にあふれた『トリツカレ男』 [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会

原作は2001年に刊行された小説『トリツカレ男』(新潮文庫刊)で、作者はいしいしんじ。これまでにも演劇集団キャラメルボックスなどで舞台化されている人気作だが、アニメ化は今回が初となる。メインキャラクターの声優には、圧倒的歌唱力を持つ3人が選ばれている。ジュゼッペ役を務めるのは佐野晶哉(Aぇ! group)。子役として劇団四季の舞台に出演、高校と大学では声楽や音楽を学んでおり、オペラ(歌)にもトリツカレたジュゼッペには適役だ。ペチカ役は、映画や舞台で活躍し、adieu名義でアーティスト活動も行う上白石萌歌。ジュゼッペの親友、ハツカネズミのシエロ役は、劇団四季に所属していた経験をもち、数々のミュージカル作品で主演を務める俳優の柿澤勇人が演じている。

ほかにも、ツイスト親分には昨今では声優としての活動も目立つ芸人の山本高広。ツイスト親分と縄張り争いをしているサルサ親分は川田紳司。ペチカの母に水樹奈々。子どもたちにアイスホッケーを教える先生、タタンには森川智之と、周囲を固める魅力的なキャスティングにも注目してほしい。

大人も思わず泣けてしまう…高橋監督が描く“誰かのための自己犠牲”

破天荒な主人公とそれを取り巻く個性的なキャラクター、アクションにコメディ、そして軸となるラブストーリー。『トリツカレ男』の魅力を説明するとこういったポイントが挙がってくる。そんな本作を“大人の心にも刺さる”アニメーションへと深化させたのは、「映画クレヨンしんちゃん」を手掛けてきた高橋監督の手腕によるものだと思わずにはいられない。

『トリツカレ男』の監督を務めた高橋渉 撮影/タナカシノブ
『トリツカレ男』の監督を務めた高橋渉 撮影/タナカシノブ

「映画クレヨンしんちゃん」といえば、ドタバタコメディでありながらおもわず涙してしまう物語性の深さが世代問わず支持され、高橋監督は4作品――ロボット改造されたひろしを軸に父親や家族のあり方を描く『ガチンコ!逆襲のロボと一ちゃん』、夢の世界を舞台に悪夢に苦しむ少女のトラウマに迫った『爆睡!ユメミーワールド大突撃』(16)、しんのすけたちカスカベ防衛隊のカンフーアクション満載でありながら天才と凡才に迫った『爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~』(18)、学園ミステリーをベースに“青春”にフォーカスした『謎メキ!花の天カス学園』(21)――の監督を務めている。

ネズミのシエロはジュゼッペの相棒 [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会
ネズミのシエロはジュゼッペの相棒 [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会

特に長編デビュー作となった『ガチンコ!逆襲のロボと一ちゃん』は、“泣けるPV”が作られるほどシリーズのなかでも“泣けるしんちゃん”として大きな話題を呼んだことは、多くの人がご存じだろう。父親がロボットになるという突飛な設定ながら、『トリツカレ男』にも通じる“誰かのための自己犠牲”が、原作やキャラクターへの高い解像度と敬意と共に描かれ、公開から10年以上経ったいまも名作として語り継がれている。

ちなみに、同作は第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で優秀賞を受賞しているが、「映画クレヨンしんちゃん」のメインスタッフでの同賞の受賞は、『嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(02)の原恵一監督、『マインド・ゲーム』(04)の湯浅政明監督に次ぐ3人目。原監督や湯浅監督がのちに国内外の賞に輝いた流れもあり、高橋監督はシリーズ出身者のなかで最も今後の活躍が期待されている監督の一人であろう。

油断していると涙が止まらなくなる…? [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会
油断していると涙が止まらなくなる…? [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会

こういった高橋監督の作品歴を見ると、ラブロマンスとコメディ、アクションにミュージカルといったあらゆる要素を含み、そして“大人も思わず泣ける”本作にとって、うってつけの監督といえるだろう。一心不乱にペチカを思うジュゼッペの献身。クライマックスへの物語の昇華。巧みな高橋監督の作劇にビジュアルディレクターである荒川眞嗣による、まるで舞台装置のようなライティング演出や手書きの温かみを活かした背景美術、エフェクトなどの映像表現が交わり、観客はいつの間にか滂沱の涙を流しているのだ。

先鋭的なキャラクターデザインと画面作りに「この作画でしか成り立たない」

最後に、本作で最も目を引く荒川眞嗣によるキャラクターデザインについても触れておこう。本作のようにキャラクターがデフォルメされている作品は日本のアニメにおいて数多くある…が、それでも本作が特徴的に感じるのは、登場人物たちがみな直線的なデザインになっていることにあるだろう。

特徴的すぎる!?直線や鋭角を組み合わせたデザイン [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会
特徴的すぎる!?直線や鋭角を組み合わせたデザイン [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会

デフォルメというと、キャラクターの等身を低く親しみやすいデザインにするために柔らかい曲線を用いて表現することが多い。しかし、本作でのデフォルメは親しみやすさと共に、“絵が動く”というアニメならではの快感を体感しやすくなっているように思える。もしかしたら本稿を読んでいる方のなかには、この独特さに違和感を感じた人もいるかもしれないが、安心していただきたい。冒頭の「ジュゼッペのテーマ」を観終えたころには、このキャラデザだからこそ強く感じるアニメーションの多幸感、そこに鳴り響く音楽と歌声といったミュージカルの強みが合わさり、ドラマチックの場面が生み出される。そんな本作ならではの魅力にトリツカレてしまっているだろう。

もう一点、キャラクターたちの瞳についても注目しておきたい。主に輪郭部分の直線的なデザインに目が行きがちだが、瞳については基本的に曲線となっていることにお気づきだろうか。この柔らかく繊細な眼差しが、なにかにトリツカレて輝くジュゼッペの瞳や真実に気が付いたペチカの瞳などなど…豊かな感情を観客にダイレクトに伝える役割を担っている。

公開後、SNS上では「シンエイ動画恐るべし!!!!!!」や「この作画でしか成り立たない」、「高橋渉監督の演出力が見事で、デフォルメされたアニメーションの良さを再確認」といった絶賛コメントが相次いでいる本作。シンエイ動画、そして高橋監督の新たな一歩という意味でもぜひ映画館でその世界観に浸ってほしい作品だ。

【画像を見る】キャラデザ・荒川眞嗣の個性が爆発!アゴの角度に注目したい『トリツカレ男』本ポスター [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会
【画像を見る】キャラデザ・荒川眞嗣の個性が爆発!アゴの角度に注目したい『トリツカレ男』本ポスター [c]2001 いしいしんじ/新潮社 [c]2025映画「トリツカレ男」製作委員会

構成/MOVIE WALKER PRESS

※高橋渉の「高」は「はしご高」が正式表記

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