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【湊かなえ×櫻井孝宏×早見沙織インタビュー】著者初のAudibleオーディオファースト小説『暁星』発表!豪華タッグによる制作の舞台裏を聞いた

  • 2025.11.14

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デビュー作で本屋大賞を受賞した『告白』を初め、ミステリ―からヒューマンドラマまで幅広い作品を手がる人気作家・湊かなえ氏が、Amazon オーディブルの「オーディオファースト作品」のために書き下ろした『暁星(あけぼし)』を発表。朗読は著者自らが指名したという、人気声優・櫻井孝宏氏と早見沙織氏が担当した。

本作のテーマや世界観と、声優の二人が吹き込む魂は、いかにして交わり、新たな「湊かなえワールド」を生み出したのか。制作の舞台裏から作品に込めた想いまでを深く語り合ってもらった。

作品を読んで「以前の自分には戻れない」と思った

湊かなえ(以下、湊):『暁星』は、男性が語り手の「暁闇」パートと、女性が語り手の「金星」パートの二つに分かれているんですけど、どなたの声で聴いてみたいか考えたとき、真っ先に浮かんだのが櫻井さんと早見さんでした。というのも、私、それほどたくさんアニメを観るわけではないのですが、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』で櫻井さんが演じたマクギリスというキャラクターが大好きなんです。

櫻井孝宏(以下、櫻井):悲しみを背負った男ですよね。

湊:そうなんです。悲しい生い立ちを背負いながら、野心を胸に成り上がっていった男が、破滅していく姿に心をつかまれまして……。それから『はいからさんが通る』という作品が昔から大好きなので、リメイク版を観るときは少しハラハラしていたのですが、早見さんが演じた主人公の紅緒は、単なるトラブルメーカーではない、その時代を生き抜いてきた女性の意志の強さ、寄り添いたくなるような魅力がぎゅっと詰まっていて。すっかりファンになってしまいました。

早見沙織(以下、早見):本当に、うれしくて、おそれおおいです。

湊:「暁闇」パートの語り手である暁(あかつき)という男性は、新興宗教団体に対する恨みから公衆の面前である人を殺害します。その真相を手記で語りながらも何かを秘めている、その陰のある雰囲気を櫻井さんならきっと表現してくださると思いました。そして、同じ事件をフィクションとして語りなおしていく「金星」パートの女性には、なぜそんなことをしたのかの切実さがきちんと読者に伝わるような、芯の強さと信念のある声で表現していただきたかった。それができるのは、早見さんしかいない、と。お二人とも忙しいのに、受けていただけて本当にうれしいです。

櫻井:僕たちのほうこそ、この作品の一部になれる機会をいただけて、本当にうれしいです。月並みな感想になってしまうけど、最初に一読者として作品を読んだとき、ただただ圧倒されてしまったんですよ。ページをめくるごとに自分のなかにある何かを揺さぶられて、読み終えたあとには読む前の自分とは決定的に変わってしまったのを感じました。それが何か、と言われると困ってしまうんですけれど、「ああ、もう、以前の自分には戻れない」って思っちゃったんですよね。その状態で、今度は朗読をしなくてはいけないのか、と覚悟を突きつけられた感覚もありました。

早見:私のパートは後半なので、自分がどの女性の声で、どういうお話を語っていくのか、まるで想像がつかないまま、わくわくやドキドキしながら読み進めていましたが……。「金星」のパートを読み終えたあとは、魂がかたまりとなって口から抜け出してしまうような感覚を味わいました。これは真実である、というていで手記をしたためる暁と対比的に、「金星」パートの冒頭には〈この物語はフィクションである。〉と書かれている。すべて読み終え、その一文に再び戻ってきたときの、衝撃ときたら……。

湊:ああ、よかったです。読み終えたあと、みなさんが、世界が反転するような感覚を味わってくれるような物語にしたいな、と思っていたんです。というのも、私自身、ふだん何を見て真実と判断しているのだろう、と考えてしまったんですよね。たいていの人は、ノンフィクション=真実、フィクション=創作ととらえているけれど、果たして本当にそうなのだろうか。そもそも真実とはいったい、なんなのだろうと。

「他人事として遠ざけることのできない読み心地にしたかった」

――その想いを、宗教に絡めて描いたのはなぜだったのでしょう。

湊:宗教に人生を奪われた人たちについて、一度、きちんと書いてみたかったんです。特別な思想を持つ人が、特殊な環境に置かれた結果、信仰にのめりこんでしまうのではなく、誰しも人生をふりかえってみれば、その道に向かっていたかもしれない分岐点があるのではないか。救済を求めたり、心のよりどころを欲したりする気持ちが強くふくれあがったとき、ふいに差し伸べられた手をとってしまったがためにそれてしまった彼らの道は、今、私たちが歩いている道とも絶えず交差しているのではないか、と思ったんです。

暁の起こした事件に触れて、多くの人が日本中を震撼させたあの事件を想起するでしょうが、それは、センセーショナルに扱いたかったからではなく、誰もが知っている事件を入り口に物語に踏み込むことで、他人事として遠ざけることのできない読み心地にしたかったからなんです。

櫻井:それがまさに、僕が「読む前の自分とは決定的に変わってしまった」ということの理由で……。読んでいると、自分自身にあてはまる感情や、通じる経験が、たくさんちりばめられているんですよね。暁のような人もいるよね、ではなくて、一歩間違えれば僕だって暁だった、そういう人生だってありえたのかもしれない、と思わされる凄みがありました。ページをめくるごとに、自分自身もめくられていくというのでしょうか。違和感があっても、間違えるのが怖くて見ないふりをしたり、感情に蓋をしてなんでもないような顔をしたりする、そんな自分のことも突きつけられると同時に、どこか救われた気持ちにもなったんです。

早見:どんなに公正に物事を見つめようとしても、どうしても主観が入りますし、自分の信じたいものを真実として受けてしまうところがありますよね。人はその積み重ねで、自分の価値観や感性を育てていきますが、過程でとりこぼしてしまったものが、この小説にはちりばめられています。この感情を私は知っている、この文章にこめられた想いは私も持っていたものだ、とふるえる瞬間が何度もありました。世の中で真実とされていることではなく、自分のなかにある、真実として大切にしたかったものに触れることができた。その体験が、櫻井さんのおっしゃる救いにつながったのではないでしょうか。

櫻井:その感覚を、どんなふうにパフォーマンスとしてつなげていけばいいのかが、僕たちにとっての挑戦でしたね。でも、あれこれ考えるよりも裸でぶつかっていったほうが、生の感情がその場で生まれるはずだと、シンプルな気持ちで臨みました。どうしたって、自分を疑う癖がしみついているから、どうしたって「これで本当に良かったのか?」と思ってしまうけど、一回目には、一回目にしか表現できないものがあって、つたなくてもそれが正解だったりもしますし。

早見:まさに、〈この物語はフィクションである。〉の一文は、読み始めと読み終えたときとでは印象がまるで変わるので、どうするべきか悩みました。最後まで収録を終え、もう一度頭にもどってその一文だけ録りなおし、どちらを採用するか決めさせてもらえませんかと、現場でご相談をしました。ですが審議を重ねた結果、一回目が採用されました。最初の、そのときにしか生まれない何かがそこにあったから、と。

「声優は二次元、朗読は異次元」

櫻井:声優の仕事とは、また全然、ちがう難しさがありましたね。

早見:小説を読むときには、それぞれ、脳内で響かせる音が異なると思います。固定したイメージをもつキャラクターとは違い、余白を残すような朗読をしたいな、と意識していました。

湊:収録の見学に行かせていただいたとき、櫻井さんが「声優は二次元、朗読は異次元」というお話をされていたのが印象的でした。

櫻井:二次元と三次元、そして2.5次元とさまざまなメディアがありますが、朗読はそのどれとも異なる気がするんですよね。読む人によって色も手触りも何もかも違うものになる。もちろん、キャラクターだって演じる人によって印象は多少異なるけれど、それ以上に、連れていかれる次元が異なってしまうというか。

早見:一つの次元に限定したくない、という想いもありますよね。いろいろな次元に繋がる入り口を残しておけるような朗読をしたい。それが、先ほど言った「余白」ということでもあるのですが。

湊:Audibleの聴き方はさまざまだと思いますが、この作品に関してはぜひ、ヘッドホンでお二人の声に包まれるようにして体感していただきたいです。そのほうがきっと、物語がみなさんの頭のなかで、自分だけのものとして広がってくれるのではないかなあと。

櫻井:そういっていただけると、嬉しいです。この作品に触れたら、誰もがこれまでと違う自分に向かって足を踏み出さずにはいられないと思うんです。それが一歩なのか半歩なのか、それとも一足飛びなのか、歩幅は人によって違うでしょうけれど、傷つかないために五感を閉ざし、真実をわかったような気になっていたころには決して戻らない。戻りたくないと思える自分に対する希望と、そして、誰かにわかったような顔をされて傷ついてきた自分に対する救いが詰まっているから。一人でも多くの人に届いて、すくわれてほしいなあと思います。

早見:フィクションはただの創作ではなく、誰かの人生や感情の一部が掬いとられ、ちりばめられている。表現するということの凄みもまた、「金星」パートの文章からはびりびりとした迫力で伝わってきました。勝手な印象になりますが、きっと湊先生も、覚悟を抱いて執筆していらっしゃるのだろうな、と感じたんです。自分とはまるで違うように見える誰かのことも、無関係と切り捨てるのではなく、想いを馳せ、世界を広げ、いろいろな景色に触れていくことが、ひいては私たちのことも救ってくれるのだろうなと思える作品に出会え、こうして朗読できたことを、とても幸せに想います。

湊:私はふだん、書き終えた文章は自分の声で朗読しながら整えていくのですが、今はもう、お二人の声に上書きされて、Audibleを流していなくても読みながらお二人の声で再現されていきます。こんな幸せな経験をさせていただき、本当にありがとうございました。ぜひ、多くの人に聴いていただきたいですね。

取材・文=立花もも、撮影=干川修

・湊かなえ:ヘア&メイク/佐藤淳

・櫻井孝宏:ヘア&メイク/川口陽子

・早見沙織:ヘア&メイク/樋笠加奈子、スタイリスト/武久真理江

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