「昔は風邪くらいなら出勤が普通だからな」と体調不良の私に、圧をかける上司に訪れた悲劇【短編小説】

朝から最悪でした。喉はイガイガし、頭は内側からガンガンと響きます。寒気がして、指先がうまく動きません。

それでも何とか出勤したものの、デスクでこっそり測った体温は「38.2℃」。

これはもうダメだ。インフルエンザだったら周りにうつしてしまう。ふらつく体で、私は上司のデスクへ向かいました。

「すみません、熱が高くて…。ご迷惑をおかけしますが、早退させていただけないでしょうか」

私がそうおそるおそる切り出すと、上司はあからさまに大きなため息をつきました。

「はあ？ 38度？たかが風邪だろ」

フロアに響く大きな声に、周囲の視線が私に集まるのが分かりました。恥ずかしさと申し訳なさで、顔がさらに熱くなります。

「昔は風邪くらいなら出勤が普通だからな。最近の若いのは根性がない。社会人としての自覚が足りないんじゃないか？」

また始まりました。上司の「昔は」というお説教です。

ズキズキする頭でその言葉を聞いていると、悔しさで涙が出そうになります。確かに今は忙しい時期です。ですが、こんな状態で仕事を続けてもミスをするだけですし、何より、同僚たちにうつすわけにはいきません。

「申し訳ありません。ですが、他の方にご迷惑をおかけするわけにもいきませんので、本日は失礼します」

私は意を決してそう言い残し、深く頭を下げ、逃げるようにオフィスを後にしました。

自宅で薬を飲んで丸一日しっかり休み、翌々日。

熱はすっかり下がり、体のだるさも抜けたので、私は通常通り出勤しました。オフィスに入ると、いつもと違う静けさに気づきます。

あれ？と思いました。いつも朝から檄を飛ばしている上司の声が聞こえません。

隣の席の同僚が、心配そうに私に小声で話しかけてきました。

「聞いた？上司、インフルエンザだって」

「えっ！？」

話によると、私が早退したあの日。上司は「あれくらいで早退とかありえない」「社会人失格だ」と、かなり私の悪口を言っていたそうです。

ところが翌日。上司は朝から様子がおかしく、咳き込んでいたかと思うと、昼過ぎには高熱でぐったりしてしまい、結局早退。病院に直行したところ、見事にインフルエンザと診断されたとのことでした。

「私に『風邪くらい』って圧をかけてたのに、自分の方がひどくなってるなんて…」と同僚と苦笑いしました。

数日後、マスクをつけて明らかにやつれた姿で出勤してきた上司。私は「お加減いかがですか」と声をかけました。

上司は「……ああ」とだけ小さく答え、気まずそうに目をそらしました。

「昔は普通」だったかもしれませんが、今は違います。無理をしないこと、周りに配慮すること。それこそが、今の「社会人としての自覚」だと、あの上司も分かってくれたらいいな、と心から思いました。

本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

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