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ダウン症の娘とは「魂」の意味が違う。彼女は平気で魂の世界で生きている【ダウン症の書家・金澤翔子さん】

  • 2025.11.14

ダウン症の娘とは「魂」の意味が違う。彼女は平気で魂の世界で生きている【ダウン症の書家・金澤翔子さん】

世界各地で個展や公演を開催する、ダウン症の書家 金澤翔子さんが表現する書。翔子さんを世界の舞台で活躍する書家へと導いた、母であり書の師匠である、金澤泰子さんの文。母と子が奏でる、筆とペンの力をじっくりとお楽しみください。

翔子の魂の在処(ありか)

翔子は毎日喫茶店で朝11時から夕方6時まで、休まずウエイトレスとして働いている。故に、8年間、毎日必ず5時から5時半まで続いた、近所の和菓子屋の八十歳になる正枝さんとの歌の時間も潰(つい)えた。「翔ちゃん、正枝ちゃんと唄えなくて寂しいね」と言うと、「毎日唄ってるから寂しくないよ」と答える。「毎日唄ってないじゃない。6時まで仕事してるのに」と言うと、「正枝ちゃんとは魂で毎日唄っているよ」と答える。

なるほど。翔子は店の忙しさも嘆かず、一日も休まず、6時まで働いて愚痴の一つもなく満足げな日々を過ごしている。翔子は一日も欠かさなかった5時からのあの楽しい楽しい正枝さんとの歌の時間に行けないことをちっとも嘆かないので、そっけない娘だと思っていた。けれど肉体的には喫茶店で働いていても、魂で正枝さんとは5時から確かに唄っているのだ。

翔子と私とは魂という意味が違う。私は魂は本当にあるのか、苦し紛れに創り出してしまう私の幻想かもしれないとか、魂の在処は何処なのかなどと、いつも考えていた。今でも魂は目には見えないし、その存在の真偽は疑問。しかし翔子の魂は現実の中で確かに『ある』のだ。翔子は疑いもなく、魂で正枝さんと繋がっている。翔子には、魂の存在の真偽を問うことなど何の意味もない。確かに翔子の様に魂で正枝さんと唄っていれば、それがどうであれ「唄っている」=「実在」なのだ。

魂はもっと深遠なところにあり、現実とは別次元のものと思い込んでいた。けれど翔子は日常の喧騒の中でも、平気で魂の世界で生きている。これで充分だ。翔子の魂は遠い天国の父親とも繋がりつつ、町内の正枝さんとも繋がっている。翔子の魂は、万能の超能力の世界でワープし、暗躍している。これほど魂の能力を駆使できる人も少なかろう。

和菓子屋で働いている正枝さんと、喫茶店で働く翔子。二人が時空を同じくして歌を唄っているのだ。正枝さんも「一緒に5時から30分間、唄おうね」と承認してくれているそうだ。翔子はそのとき正枝さんが一緒に唄っていようが唄っていまいが、問題は無し。これこそ翔子の超能力だ。今巷(ちまた)で言われている、量子力学の「量子のもつれ」論の様ではないか。

いずれにしても幻想や思い過ごしで人間は生きているのだから、翔子の様に魂の世界を持てば幸せだ。人は余り教育もされず洗脳もされず生きれば、壮大で不可思議な世界に生きられるのだ。その上に愛が深ければ、幸せしかない。翔子の幸せの成分は疑わないことと、深い愛だ。

金澤泰子 ● かなざわ・やすこ
書家。明治大学卒業。書家の柳田泰雲・泰山に師事し、東京・大田区に「久が原書道教室」を開設。ダウン症の書家・金澤翔子を、世界を舞台に活躍する書家へと導いた母として、書の師匠として、メディア出演や本の執筆、講演会などで幅広く活躍。日本福祉大学客員教授。

金澤翔子 ● かなざわ・しょうこ
東京都出身。書家。5歳から母に師事し、書を始める。伊勢神宮など国内の名だたる寺社や有名美術館の他、世界各地でも個展や公演を開催。NHK大河ドラマ「平清盛」の題字や国連本部でのスピーチなど活動は多岐にわたる。文部科学省スペシャルサポート大使、紺綬褒章受章。昨年12月、大田区久が原に念願の喫茶店をオープンした。 今年は書家デビュー20周年の記念の年となる。

文/金澤泰子 書/金澤翔子


※この記事は「ゆうゆう」2025年12月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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