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米国社会の「光と闇」を映し出した『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』、 傑作ジュブナイルホラーの続編『ブラックフォン2』

  • 2025.11.13

「ボーン・イン・ザ・USA」といえば、1984年に発売され、世界各国で大ヒットしたブルース・スプリングスティーンの代表曲のひとつだ。力強いサウンドとシャウトするようなスプリングスティーンの歌声がインパクト大なロックチューンだが、世界で最も勘違いされてしまった曲でもある。ベトナム帰還兵が母国アメリカに帰ってきても、どこにも居場所がないという悲惨な状況を歌っているにもかかわらず、愛国心を訴えた歌だと誤って認識され、合衆国大統領の選挙戦にたびたび使われている。
華やかでタフなスーパースターのイメージがあるスプリングスティーンだが、彼もまたイメージのギャップに苦しんできた人間だった。映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』は、スポットライトを浴びることに怯え、父親に愛された記憶がないことに悩むロックスターの生身の姿をクローズアップしている。
イーサン・ホーク主演の『ブラックフォン2』も、親から充分な愛情を感じることができなかった子どもたちのトラウマをモチーフにした作品だ。“ホラー界の帝王”スティーヴン・キングを父親に持つジョー・ヒルの短編小説『黒電話』を原作にした前作『ブラック・フォン』(2022年)の続編となっている。
どちらの作品も、米国社会の「光と闇」をはっきりと映し出していることでも共通している。

実録犯罪映画に興味を持ったロックスター

ステージ上で完全燃焼するスプリングスティーンのライブは、ファンを熱狂させた
(c)2025 20th Century Studios ステージ上で完全燃焼するスプリングスティーンのライブは、ファンを熱狂させた

現役のロックスターの伝記映画となる『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』は、1982年の米国・ニュージャージーとニューヨークが舞台となる。アルバム『ザ・リバー』が大いに売れ、ツアーも大成功を収めた「ボス」ことスプリングスティーン(ジェレミー・アレン・ホワイト)は、米国ロック界を代表するスーパースターになろうとしていた。

しかし、スプリングスティーンはレコード会社や録音スタジオのあるニューヨークを嫌い、故郷のニュージャージーに戻り、孤独な時間を過ごしていた。ある晩、スプリングスティーンはテレビである映画を観る。テレンス・マリック監督のデビュー作『バッドランズ』(1973年)だ。マーティ・シーンとシシー・スペイセクが主演したこの映画(旧邦題『地獄の逃避行』)は、ネブラスカ州で実際に起きた連続殺人事件を題材にした犯罪映画だった。若い男女の無軌道な犯罪をセンセーショナルに描きながらも、映像と音楽がとても美しいカルトな作品として知られている。

地方都市の閉塞感を描いたこの映画に興味を持ったスプリングスティーンは、モデルとなった犯罪者たちのことを調べるうちに、新曲のイメージが湧き始める。新しいアルバム『ネブラスカ』のアイデアはこうして生まれた。自宅のベッドルームでひとりギターを弾き、犯罪者や社会からハブられた人たちの心情を歌にするスプリングスティーンだった。レコード会社が求めていた、売れ線のアルバムとは真逆な内容となる。

父親に愛された記憶のない少年期

ロックアイコンとして人気が高まる一方、スプリングスティーンはひとりの時間を求めた
(c)2025 20th Century Studios ロックアイコンとして人気が高まる一方、スプリングスティーンはひとりの時間を求めた

孤独な時間を過ごすスプリングスティーンの脳裏には、幼年期の記憶も甦る。スプリングスティーンはアイルランド系の父とオランダ系の母の間に生まれ、多くの移民系の家庭がそうであるように彼の家も貧しかった。父のダグ(スティーヴン・グレアム)は職を転々とし、いつもバーに入り浸っていた。バーへ父を迎えに行くのが、幼い日のスプリングスティーンの役割だった。

酔った父は暴力的で、スプリングスティーンはロックに出会うまでは陰鬱な少年期を過ごさなくてはいけなかった。

地元で知り合ったシングルマザーのフェイ(オデッサ・ヤング)と交際するスプリングスティーンだったが、ふたりの関係性が深まっても、彼女が望んでいるような家庭を持とうという気にはなれずにいた。アルバム制作やツアーに追われる身であり、また父親に愛された記憶がないことから、結婚という選択肢に踏み切ることがなかなかできなかったのだ。

ステージ上では全力で熱唱し、躍動する“スーパースター”スプリングスティーンとは異なる、自分に自信が持てないダメダメな30歳男の姿が描かれていく。

スプリングスティーンに届いた映画主演のオファー

盟友・Eストリートバンドのメンバーたちと新アルバムの収録に臨むことに
(c)2025 20th Century Studios 盟友・Eストリートバンドのメンバーたちと新アルバムの収録に臨むことに

もちろん、暗いだけの映画ではない。マネージャーのジョン・ランダウ(ジェレミー・ストロング )から、映画出演のオファーが舞い込んでいることをスプリングスティーンは聞かされる。『タクシードライバー』(1976年)で注目を集めた名脚本家ポール・シュレイダーが監督する作品で、ロバート・デニーロとのW主演を、という話だった。主題歌も作ってほしいという。この映画のタイトルが『ボーン・イン・ザ・USA』だった。

結局、スプリングスティーンは脚本を読まないまま新作のレコーディングに打ち込み、映画の企画自体が流れてしまう。スプリングスティーンは作りかけていたベトナム帰還兵の歌に、この映画のタイトルをいただき、あの大ヒット曲が誕生することになる。

劇中、まったく異なる2つの「ボーン・イン・ザ・USA」が演奏される。アコースティックギターだけでせつせつと歌われるデモバージョンと、Eストリートバンドと演奏した一般的に知られるスタジオバージョンだ。

カリスマ的スターの二面性が伝わってくるエピソードではないか。スプリングスティーンの数々のメッセージソングに多くの若者たちが励まされてきたことは、英国映画『カセットテープ・ダイアリーズ』(2019年)でも描かれていたが、スプリングスティーン自身が抱える悩みや不安を曲にすることで心を浄化させ、さらにステージ上で歌い上げることでポジティブな方向へと自分を解き放っていたのだ。それゆえに、スプリングスティーンの曲はどれにも切実さがこもっている。

ライブシーンを完コピしてみせた主演俳優

マネージャーのジョン・ランダウは、スプリングスティーンの気持ちを常に尊重した
(c)2025 20th Century Studios マネージャーのジョン・ランダウは、スプリングスティーンの気持ちを常に尊重した

主演のジェイミー・アレン・ホワイトは、人気プロレスラー一家の悲劇を描いた『アイアンクロー』(2023年)では、片足を失う四男ケリー・フォン・エリックを好演していた。今回、ジェイミーは楽器演奏の経験がないにもかかわらず、5か月間にわたる歌唱&演奏トレーニングを受け、「明日なき暴走」などの劇中の曲すべてを自分で歌い、演奏してみせている。ブルースファンも納得の熱演だろう。

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(2024年)で悪徳弁護士ロイ・コーンを演じたジェレミー・ストロングは、180度異なる心優しいマネージャーに扮している。スプリングスティーンの父親・ダグの屈折ぶりを見事に演じたスティーヴン・グレアムも、映画賞にノミネートされるのではないだろうか。スプリングスティーンが過去に交際した何人かのガールフレンドを組み合わせて造形されたフェイ役のオデッサ・ヤングもいい。

本作を撮ったスコット・クーパー監督は、中年カントリー歌手を主人公にした『クレイジー・ハート』(2009年)がデビュー作で、主人公を演じたジェフ・ブリッジスにアカデミー賞主演男優賞をもたらしている。『孤独のハイウェイ』が気に入った人は、ぜひこちらもご覧になってほしい。

イーサン・ホーク演じる殺人鬼、再び『ブラックフォン2』

ブラムハウス製作の『ブラックフォン2』は全米で大ヒット中だ
(c)2025 Universal Studios.Aii Rights Reserved ブラムハウス製作の『ブラックフォン2』は全米で大ヒット中だ

恋愛映画『恋人までの距離』(1995年)などで知られるイーサン・ホークが仮面姿の殺人鬼を演じたことで話題となったのが、スコット・デリクソン監督の『ブラック・フォン』(2022年)だ。母親が自殺、父親はアルコール依存症という絶望的な家庭環境で暮らす幼い兄妹が、連続殺人鬼と戦い、成長を遂げるという良質なジュブナイル系ホラーとしてヒットした。

『ブラックフォン2』では、あの忌まわしい事件から4年の歳月が経ち、高校生になった兄妹のその後が描かれる。兄のフィン(メイソン・デイムズ)は連続殺人鬼・グラバー(イーサン・ホーク)を倒したものの、そのトラウマをまだ引きずっていた。フィン自身が暴力的な衝動を抑えることができず、グラバーの幻影に怯え、マリファナを常習するようになっている。

母譲りの「予知夢」で兄の救出に向かった妹のグウェン(マデリーン・マックグロウ)も、特殊な才能を持つがゆえにクラスにうまく馴染むことができずにいる。事件解決後、しばらくは悪夢を見ることのなかったグウェンだが、最近になって冬のキャンプ場で母親が何かを伝えようとしている奇妙な夢を見るようになった。

母親が自殺した原因が関係しているのでは感じたグウェンは、アルバイトスタッフを募集していた冬のキャンプ場へと向かうことに。グウェンの身を心配し、兄のフィン、前作で亡くなったロビンの弟アーネスト(ミゲル・モラ)も同行する。

そして、大雪で閉ざされたキャンプ場で、悪霊と化したグラバーと再会することになる。

ジュブナイル系ホラーから、青春ホラーに

超能力少女のグウェンが今回は大いに活躍することに
(c)2025 Universal Studios.Aii Rights Reserved 超能力少女のグウェンが今回は大いに活躍することに

前作『ブラック・フォン』は、文庫本でわずか34ページの短編小説『黒電話』を原作にしたものだった。原作者のジョー・ヒルは、「ホラー界の帝王」ことスティーヴン・キングの実の息子だ。『ブラック・フォン』が若い世代を中心にヒットしたことから、新しいアイデアがジョー・ヒルからスコット・デリクソン監督に伝えられ、続編製作が決定した。前作はジュブナイル系ホラーだったが、続編は3人の高校生がそれぞれのトラウマに立ち向かい、大人へとなっていく青春ホラーとなっている。

前作ではアルコール依存症の父親・テレンス(ジェレミー・デイビス)の暴力に怯えていたフィンとグウェンだが、今回は亡くなった母親がキーパーソンとなる。なぜ母親は、幼い自分たちを残して自殺したのか? 母親の死の真相に、兄妹は迫っていく。

R指定のホラー映画ながら、後味が非常にいい作品であることも特筆したい。

また、『孤独のハイウェイ』『ブラックフォン2』どちらも、1980年代前半の米国が舞台という共通点がある。選挙キャンペーンで「ボーン・イン・ザ・USA」を平気で流したロナルド・レーガン大統領の時代だ。強いアメリカの復活をレーガン大統領が謳ったこの時代は、軍事費に膨大な予算が投じられた一方、社会格差が激しくなったことでも知られている。

光が強ければ強いほど、闇はより濃いものになっていく。超大国アメリカに射す光と闇を見事に反映したエンタメ映画に両作品はなっているように感じる。

作品上映データ

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』
原作/ウォーレン・ゼインズ 監督・脚本/スコット・クーパー
出演/ジェレミー・アレン・ホワイト、ジェレミー・ストロング、ポール・ウォルター・ハウザー、スティーヴン・グレアム、オデッサ・ヤング、ギャビー・ホフマン、マーク・マロン、デヴィッド・クラムホルツ
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン 11月14日(金)より全国ロードショー
(c)2025 20th Century Studios
https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen

『ブラックフォン2』
監督・脚本/スコット・デリクソン 脚本/C.ロバート・カーギル
出演/イーサン・ホーク、メイソン・テムズ、マデリーン・マックグロウ、デミアン・ビチル、ミゲル・モラ、ジェレミー・デイビス、アリアナ・リヴァス
配給/東宝東和 11月21日(金)より全国公開 R15+
(c)2025 Universal Studios.Aii Rights Reserved
https://www.universalpictures.jp/micro/blackphone2

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