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【ばけばけ】笑えない!実母(北川景子)の物乞いにはさすがに大きく心を突き動かされたトキ(髙石あかり)[写真多数]

  • 2025.11.10

【ばけばけ】笑えない!実母(北川景子)の物乞いにはさすがに大きく心を突き動かされたトキ(髙石あかり)[写真多数]

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。『怪談』でおなじみ小泉八雲と、その妻 小泉節セツをモデルとする物語。「ばけばけ」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

〝ジゴク〟を笑いに変える構成は見事

日本に伝承される怪談をもとにした作品を発表したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と、その妻・セツをヒロインとした髙石あかり主演のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』の第6週「ドコ、モ、ジゴク。」が放送された。

サブタイトルにある〝ジゴク〟とは、何を意味するのか。

前週、松江に英語教師としてやってきたヘブン(トミー・バストウ)。第6週のストーリーの軸のひとつとして、その人物像とヘブン自身の混乱やとまどいが描かれた。〝ジゴク〟とは、慣れない異国の地、日本のあまりにも異なる文化に感じるものだった。前週も、迎える側の松江の人々にとってはある種畏怖すべき存在であるものの、当の本人は緊張に包まれており、異人さんも同じひとりの人間であることが描かれたのが印象的だった。

中学校の初授業も、廊下で待機中にぐるぐるその場を回っているなどその緊張ぶりが見てとれるが、それを覆い隠し、先手を打つようにはじめの挨拶で宣言した。
「I love Japanese language(私は日本語が大好きだ)」

しかし、授業では日本語は使わない。私の言葉を全て聞き取り理解してほしいと。この挨拶は生徒たちに好評をもって受け入れられ、教師としては上々のスタートを切ったようだ。

異国の文化や習慣など、ヘブンの異文化ギャップは苛立ちをつのらせる。滞在先の花田旅館でヘブンに気さくに接する女中・ウメ(野内まる)の目の様子を心配し、主人の平太(生瀬勝久)に医者に連れていくようにお願いしていたのにまだ連れて行ってもらっていなかったことに激昂し、平太に詰め寄る。そして、
「ジゴク! ジゴク!」
と連呼する。

これは自身も左目を失明しただけに、心からの叫びであろう。そんなヘブンのヒューマニズムと、あ、そうだった、落ち着いたら連れて行こうと思っちょったなど呑気な雰囲気の花田旅館サイドのコントラストが際立つ場面だ。

この呑気な雰囲気は、ヒロインの家族、松野家に漂う空気として序盤から表現されていた。没落した武家として、そして維新後の商売に大失敗し、今なお返せていない巨額の借金を抱える。トキも小学校を中退し、一度は結婚するも失敗といった波乱に満ちた人生は、どうみても〝ジゴク〟ではあるが、そこはどこか呑気に笑いとして処理されていく。

しかしその笑いは、つらいときでも笑っていればいいというような、能天気さでもない空気である。しじみ売りで生計の足しとするも、それはかなりの薄給であり、それでもその環境を自虐的に笑って過ごす。そこが本作のイメージの大きな要素であろう。ときどき蛇と蛙として現れる阿佐ヶ谷姉妹の語りでツッコミを入れながら、その〝ジゴク〟のような環境を笑いに変えていく構成は見事なものだ。

月給20円。破格すぎる待遇だ

ヘブンは、松江での生活のさまざまな世話をやく錦織(吉沢亮)を振りまわしまくる。到着早々、用意された高級旅館から庶民的な花田旅館に滞在先を変更させたかと思えば、そこで「ジゴク」と言い、旅館選びを「ヘタ!」と吐き捨てる。さらには身の回りの世話をお願いする「女中」探しも頼まれてしまう。

ここでいう異人の「女中」は、少しニュアンスが異なってくる。異人の女中は「ラシャメン(異人の妾)」と呼ばれる、ある種卑しい存在とされ、待遇はいいがまともな女性がやるものではない位置付けだ。これもまた、雇われる側の〝ジゴク〟である。そんな〝ジゴク〟に遊女のなみ(さとうほなみ)が、家族のためにと意を決して名乗りをあげるが、
「いいトモダチでいましょう。ごめんなさい……」
と丁重に断られてしまう。

ヘブンの希望は、「士族の娘」であり、百姓の娘のなみは条件に合わなかったのだ。進歩的であろう異国からの来訪者にも、サムライ憧れ、出自のバイアスがあると知るショッキングな場面だが、そこで声をかけられたのが、トキだった。

ある日、トキのもとに神妙なおももちの錦織が現れる。
「ヘブン先生の女中になってほしい」

月給20円。参考までに女中のウメの給金は月90銭、その20数倍と思えば破格すぎる待遇だ。しかしトキはその申し出を断る。家族のためにもという錦織の説得に、「馬鹿にせんでごしなさい!」と一喝するさまは、一人の人間としての尊厳とともに、武士の娘のプライドがトキにも残っていたようにも感じられた。

ほぼすべての視聴者が知っているように、ゆくゆくはトキとヘブンは結ばれるはずである。この初めからある溝がどう埋まっていくのか、オープニングの仲睦まじい様子が毎回流れるたびに気になるところだ。

物乞いをしながら決して頭を下げないのも

前述したように、〝ジゴク〟を呑気に過ごす松野家の雰囲気があるからこそ、今週、さらなるもうひとつの〝ジゴク〟と並行して描かれた、雨清水家の〝ジゴク〟が胸をえぐるように突き刺さる。

あるとき、トキは、タエ(北川景子)が路上に座り物乞いをする姿を目撃してしまう。タエはトキの実母である。雨清水家は、本作序盤ではしっかりした考えを持ち、事業も順調、松野家と対照的な存在として描かれてきた。しかし、夫の傳(堤真一)が亡くなり、織物工場も倒産してしまう。残されたタエは何もできない「お姫様」。

三男の三之丞(板垣李光人)はといえば、雇ってくださいと訪れた牛乳屋に「人を使うことができる」と主張し、社長にしてくれとまさかのお願いをし、雨清水家の人間だと家柄を主張し叩き出されてしまうというあまりにも世間知らずのお坊ちゃんぶりには、いささかひいてしまうほどではあるが、そのように育てられ、いつまでも「家」を背負い続けるという〝ジゴク〟。

タエが物乞いをしながらも凛と背中を伸ばし決して頭を下げないのも雨清水家の誇りがそこにいつまでもあるからでしかない。

それぞれの〝ジゴク〟。こう考えると、ヘブンが口にする〝ジゴク〟は単なるわがままのように見えてしまいそうだ。「おばさまを見ました」と、偶然会った三之丞にトキが告げるシーンは、これまでベースとしてさんざん敷き詰められてきた苦労や苦難もどこか「笑い」を入れてきた空気があったからこそいっそう効果的なのではないだろうか。その狙いはうますぎるほどだ。

今週ラスト。これまで「笑い」でなんとかやりすごしてきたトキも、実の母とその家族が直面する〝ジゴク〟には大きく心を突き動かされた。トキは、ヘブンの女中となることを決心する。

この〝ジゴク〟は、オープニングのようなふたりの雰囲気にどのような経緯を経て変化していくのか。〝ジゴク〟はどうやって〝ヘブン(テンゴク)〟へと転じていくのか。ますます目が離せない。

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