「すっぴんとか女を捨ててるよね」と全否定する彼が、ノーメイクの私を見て言った意外な一言【短編小説】

「すっぴんとか女を捨ててるよね」。

彼がテレビのタレントを見ながらそう言ったのは、付き合い始めて間もない頃でした。
彼はいつも身だしなみが完璧で、私にもそれを求めているようなところがありました。

その言葉は、私にとって軽い呪いになりました。
それ以来、彼と会う日は絶対にすっぴんを見せられません。
たとえ近所のコンビニに行くだけでも、ファンデーションと眉毛だけは欠かせませんでした。

お泊りの日なんて、彼が寝静まったのを見計らってこっそりメイクを落とし、彼が起きる前にこっそりメイクをするという、まるで忍者のような生活です。

もちろん、彼が好きなのは「ちゃんとしている私」だと思い込んでいたからです。
でも心のどこかで、本当の自分を見せられないことに息苦しさも感じていました。

そんなある日、私はひどい風邪をひいてしまいました。
熱も高く、ベッドから起き上がるのもやっとの状態。メイクなんて、とてもできる状態ではありません。

すると彼から「大丈夫か？ゼリーとか買っていくから」と連絡が来たのです。「来なくていい！」と強く断ることもできず、私は観念しました。

インターホンが鳴り、重い体を引きずって玄関に向かいます。汗で前髪は張りつき、顔色は最悪。もちろん、完全なノーメイクです。

ガチャリとドアを開けると、彼は一瞬、目を丸くしました。

（ああ、言われる…。「女捨ててる」って…）

私はギュッと目をつぶりました。しかし、彼から聞こえてきたのは、予想とはまったく違う言葉でした。

「…あ、ごめん。なんか、新鮮だ」

「え？」

「いや、いつも頑張ってくれてるのも知ってたけどさ。なんか…そっちの顔、安心する。幼くて可愛いじゃん」

彼はそう言って、私の熱を確かめるように、そっとおでこに手を当てました。

「無理してたんだな。俺、気づかなくてごめん」

その優しい声と、おでこに触れる手の温かさに、私は思わず涙がこぼれそうになりました。

彼が否定していたのは「だらしないこと」であって、私のすっぴんそのものではなかったのかもしれません。そして何より、彼が私の頑張りに気づいてくれていたことが、たまらなく嬉しかったのです。

熱でぼーっとする頭で、私は「完璧な私」でなくても愛してくれる彼がいることに、心の底から安心したのでした。

本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

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