1. トップ
  2. 恋愛
  3. 灯りの消えた後に残るもの【TheBookNook #55】

灯りの消えた後に残るもの【TheBookNook #55】

  • 2025.10.31

明かりを消した後の静けさに、心の光がふっと灯る。今回は、秋の夜に読みたい“声を張らない物語”を3冊紹介します。どこか切なく、優しく、そしてあたたかい……。読み終えたあとも静かに心に残る、そんな本を集めました。

文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹

秋の夜は不思議です。

明かりを消したはずなのに心のどこかがほんのりと明るく、切ないようで優しい顔をしていて。
ひとりの静けさの中で過ぎた季節や人のぬくもりがふっと息を吹き返す……

そんな長い秋の夜には、物語がよく似合います。
スマホを置いて、照明落とした瞬間に、世界が少しだけ遠くなるこの季節に私が読みたくなるのは “声を張らない物語”。

今回は、そんな心の日陰に灯る三作品を紹介させていただきます。

秋の長い夜があなたに優しい光をくれますように。

1. ドリアン助川『あん』

2

「たぶん今後、何度も読み返すことになるだろう……」

それが本を閉じて初めに浮かんだ感想でした。この作品は、街の小さなどら焼き屋で起こる出会いの物語、なのですが……。本作で描かれているのは、誰にでも潜んでいるであろう根深い差別意識。これこそ、大人の課題図書とでもいいましょう。こんなにも悲しいことがつい最近まで日本で起こっていたのだと、頭で知ってはいたけれど本当は何も知らなかったんだという現実が胸を突き刺します。

元ハンセン病患者の女性と前科者のどら焼き屋、家庭に問題のある女子高生……。3人の出会いと別れの物語は、まるで餡を優しく包むように繊細なものでした。壮絶な闘病と差別の描写は、淡々としているだけに刺さります。冒頭の“おいしい読み心地”から一転、社会的に断絶されても人としての心の豊かさや尊厳を保って生き抜いた人々に触れ、気づけばのめり込むように跡がつくまでこの本を握りしめていました。

私たちはこの世をみるため、聞くために生まれてきた。役に立たずともこの世に生まれてきた意味はある。そんな、本作品だからこそ重みのある言葉たち一つひとつは今でも鮮明に頭の中に浮かんできます。簡単に語ることのできない物語。……でも、出会えてよかった物語。また読む日まで。

2. 益田ミリ『泣き虫チエ子さん』

3

ひとりでいたいけど、ひとりを感じたくない……。そんな夜にぴったりな本作品。ちょっとわがままなチエ子さんと、そんなチエ子さんを優しく包み込むさくちゃん。これは、どこにでもありそうで、どこにもないのかもしれない、ある夫婦の日常の物語。

息を吐けばため息に変わってしまうような毎日、何も考えたくないそんな日には、益田さんが描くイラストと言葉が染みます。何気ない日常の、なんでもない幸せ。当たり前になりすぎて忘れてしまいそうになるけれど、…まあ、
忘れてしまっていてもそれもまた良いかと思える“続きを描ける”幸せ。

結婚11年目の夫婦が主人公となる本作品ですが、結婚を経験していない私にもぐっと刺さるものがありました。きっと、読む人の年齢や性別によって捉え方も大きく変わってくることでしょう……。

益田さんの描く物語は、たとえるなら腹八分目時折10分目の幸せが詰まっているような、そんな物語。読めば読むほど愛おしくなるのは、物語の中の彼女たちに対してなのか、はたまた自分自身に対してなのか……。その答えは今でもわかりません。

でも、間違いなく、読後は得体のしれない愛おしい感情が心を満たしてくれます。何があるわけじゃないけれど、何もないわけでもない、日常。他人の幸せで、幸せになるのも悪くないもの。心に余裕がない時にこそ、ぜひ触れてほしい一冊です。

3. 瀬尾まいこ『幸福な食卓』

1

「朝は普通にやってきた」 本のタイトルからほっこりとした話を想像して読みはじめた本作品でしたが、描かれた“幸福な食卓”の裏には衝撃的な出来事が隠されていました……。家族がただ家族であろうとすること、その苦しさから逃れようとしていく中で本当の“家族”の大切さを噛み締める瞬間が何度もありました。傍から見れば、訳アリ家族。

でも、その家族との距離感がちょうど良く、私には“あたたかい”とさえ感じました。

こんなにも優しく繊細に、触れたら今にも形が崩れてしまいそうなほど、言葉にするのが難しいテーマを、柔らかいタッチなのにはっきりと描いていくのはさすが瀬尾まいこさん。どんな形をした家族でも、お互いを思いやったり、家族の幸せを願う気持ちは変わらないはず。そんな願いにも似た感情を、恥ずかしげもなく提示してくれます。

どうしようもなく傷つくこともある。それでも支えてくれる人がきっといて、自分の気づかないところでいろいろと守られている。本作で描かれている家族の形は、いわゆる幸せな家族の形とは言えないかもしれません。でも、物語の中の彼女が守られていたことは、文字になっていなくても明白でした。

そして、この一冊の中にあるのは間違いなく“幸福な食卓”。誰がなんと言おうと、“幸福な食卓”でした。

読み終えた後の余韻を楽しんで

私は、物語は、読んでいるあいだよりも、読み終えた後の静けさの中で息づくものだと思っています。

時間が経って、ふとした拍子に思い出してしまう……。

この秋、そんな“あとから追いかけてくる”一冊にあなたが出会えますように。

元記事で読む
の記事をもっとみる