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“沁みるセリフ”はひと癖ある映画の中に。会話劇の名手・山内ケンジがシーンと共に振り返る

  • 2025.10.31
沁みるセリフを、会話劇の名手・山内ケンジと読む

劇作家の仕事を始める前から、多くの映画に影響を受けてきました。映像的な演出や編集が入る映画は、演劇と比べれば、会話以外の要素が作品全体に与える影響が多い表現です。そのためセリフばかりに注目して観てきたつもりもないんですが、結果的に心に残るのは会話劇が面白い作品ばかり。

特に同じ物語の書き手としては、単なる綺麗な言葉より、うまさを感じたり、作品の中で際立っていたり、書き手の「このセリフを書きたい」との思いが滲(にじ)み出たりしている言葉こそ、強く印象づけられて、じわじわと心に沁みてきます。

“沁みるセリフ”として真っ先に思い浮かんだのがロマンス映画の粋なセリフ。以降の恋愛映画に影響を与えた『めぐり逢い』のラストシーンの(1)は筆頭です。

(1)エンパイア・ステート・ビルでの再会を誓ったニッキーとテリー。しかし約束の日の当日にテリーは事故に遭い、思いは実らない。時を経て再会した2人。テリーはあの日のことを振り返る。「ようやく2人が結ばれるラストシーンの一言。沁みるセリフの王道です」

上ばかり見てたの
天国に一番近い所だけ

『めぐり逢い』'57/米

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『めぐり逢い』

豪華客船の中で恋に落ちたプレイボーイのニッキーと元歌手のテリー。しかしそれぞれ婚約者がいる2人は、6ヵ月後の再会を約束する。
監督:レオ・マッケリー/出演:ケイリー・グラント、デボラ・カーほか。

会話劇の名手ウディ・アレン作品からは(2)を。同じ『ハンナとその姉妹』では、“ハートって、とても弾力性のある筋肉なんだね”が有名ですが、好きなのはこちら。主人公ハンナの夫は、義理の妹に恋心を抱き、E・E・カミングスの詩集を贈って、(2)の一言とともに口説くんですが、実はチェーホフの戯曲『かもめ』のセリフが元ネタになっている。何層にも仕掛けがあるところにグッときます。

(2)エリオットは、義妹リーを近所の書店へ連れていく。E・E・カミングスの詩集を贈り、添えた一言。「滑稽なくらいキザな口説き文句がこれ。その後のシーンで明かされる、112ページの“雨よりも優しく触れるその手よ”から始まる詩自体もまた、沁みます」

詩集の112ページを読んで
僕の気持ちだ

『ハンナとその姉妹』'86/米

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『ハンナとその姉妹』

ニューヨークに暮らすハンナは3姉妹の長女。舞台女優をしながら夫のエリオットと平穏な日々を送るが、一方エリオットは義理の妹に恋心を抱いていた。監督:ウディ・アレン/出演:ミア・ファローほか。

クエンティン・タランティーノも会話劇の人。物語を前に進めるためでなく、それぞれの場面の面白さを追求してセリフを書いているであろう点に共感しています。『ジャッキー・ブラウン』では、終始軽快な会話の応酬が続く中、ラストシーンに出てくるのが(3)。タランティーノ作品には珍しく、大人の恋愛の情緒をしっとり表したこのセリフが、独特の存在感を放ちます。また流れの中で際立つ点では、(4)や(5)も。

(3)武器密売人の売上金を巻き上げ、スペインへの高飛びを決めたジャッキー。惹かれ合っていた保釈屋のマックスを誘いに彼の事務所を訪れての掛け合いだ。「マックスは誘いを断っているんですが、“ちょっとね”の言葉からは繊細な感情の揺れ動きも見えます」

あたしが怖いの?

うーん、ちょっとね

『ジャッキー・ブラウン』'97/米

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『ジャッキー・ブラウン』

航空会社の客室乗務員として働くジャッキーの副業は、武器密売人の売上金の運搬。ひょんなことからその金を横取りしようと画策する。監督:クエンティン・タランティーノ/出演:パム・グリアほか。

(4)旧友コルムから、これ以上自分に関われば、自分の指を切り落とすと宣言されるパードリック。ついに最初の1本が家の扉に叩きつけられ、パードリックが妹にかけた一言。「終始重たい空気で進む中、題材のナンセンスさを思い出させられるユニークなセリフです」

知りたいか?
今のは…
ごまかせないな
指だ

『イニシェリン島の精霊』'22/英

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『イニシェリン島の精霊』

アイルランドの孤島に暮らす中年のパードリックは、ある日友人コルムから絶縁されてしまう。関係修復を画策するが次第に事態は悪化する。監督:マーティン・マクドナー/出演:コリン・ファレルほか。

アデルとエマ、女性同士の恋愛を描いた『アデル、ブルーは熱い色』は、ショッキングなほどリアルを追求した作品で、セックスや喧嘩のシーンも延々と描かれます。2人の一部始終を目にした観客はアデルがよく泣くことを知っている。ゆえに強い納得感がもたらされるのが(7)。克明に描くことが、リアリティという点でいかに説得力を持つかを思い知らされ、痺(しび)れました。

(5)激しく愛し合うアデルとエマだが、次第に思いはすれ違っていく。アデルの一言に、エマが言葉を返す。「このシーンに至るまでアデルは本当によく泣いているので、観客にとっても腹落ちするセリフ。2人の物語を隠さずそのまま描くこの映画を象徴する一幕です」

私は意味もなく泣くの

そうね よく知ってる

『アデル、ブルーは熱い色』'13/仏

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『アデル、ブルーは熱い色』

文学好きな高校生のアデルは、青い髪の美大生エマと運命的に出会い、情熱的な恋にのめり込んでいく。監督:アブデラティフ・ケシシュ/出演:アデル・エグザルコプロス、レア・セドゥほか。

私自身が普段脚本に向き合う時は、まず書きたい会話があり、それらを積み重ねて展開を膨らませる作り方をしています。ゆえに観賞者としても、「これが書きたかったんだな」と感じられるセリフに惹かれがち。特に社会への批判をうまく表した一言が沁みますね。

『自由の幻想』の(6)もその一つ。ソファに腰をかけたある男が、左右対称にものが配置された目の前の暖炉に向かって放つこの言葉は、権威主義的な様式美を皮肉っています。ハリウッドを風刺した(7)も同様に印象的です。

(6)男は目の前の暖炉に向かってこの一言を放ち、手にしていたクモのオブジェを置いて左右非対称な状況を作る。「風景写真を卑猥なものとする夫婦のエピソードの中の一幕。権威社会の様式美をおちょくるようで、書き手の“好きに書いてる感”にグッときます」

左右対称はもうたくさんだ

『自由の幻想』'74/仏

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『自由の幻想』

シニカルで不条理なエピソードの集積。公園で見知らぬ紳士から写真をもらった少女。両親はそこに写った建造物を卑猥なものとして嫌悪する。監督:ルイス・ブニュエル/出演:ジャン=クロード・ブリアリほか。

(7)ハリウッドで夢破れたバートンは、絶望の中、浜辺へ。ホテルで見た絵に似た美しい女性を見つけ声をかける。「美人を見れば女優ではと思うのは、ハリウッドでは当たり前。でもそれを一蹴されるところにハリウッドへの痛烈な皮肉が滲み出ていて心に刻まれます」

君は美しい 女優さんかい?

バカね

『バートン・フィンク』'91/米

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『バートン・フィンク』

ブロードウェイで評価を得た劇作家のバートン・フィンクは、ハリウッドの大手映画製作会社と契約。ホテルに滞在し、新作の執筆に挑むが……。監督:ジョエル・コーエン/出演:ジョン・タトゥーロほか。

最後に変化球ですが、(8)は、スポーツバーでの男女4人の会話の一節。「なんでここでわざわざこの話をするんだろう」と思うバカバカしさですが(笑)、“好きに書いてる感”が趣深い。会話自体を魅力的に成立させることに力を注ぐ作り手の映画は、何度も味わいたくなります。

(8)男2人、女2人でスポーツバーに集まった登場人物たち。おのおのが恋をしているものの、一組も相思相愛になっていない今の状況を整理するために、一人が放ったセリフ。「全編ユニークで魅力的な会話劇が展開する本作の中でも、ひときわ存在感を放つ一言です」

どこの好きのベクトルっていうかまあ矢印か。
も交わってない状態なわけ。
え、ここまで問題ないよね?

『違う惑星の変な恋人』'23/日

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『違う惑星の変な恋人』

同じ美容室で働くむっちゃんとグリコ。ある日、グリコの元彼モーが復縁を求めて美容室を訪れる。ああ言えばこう言う面倒な4人の恋愛群像劇。監督:木村聡志/出演:莉子、筧美和子、中島歩ほか。

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