「客商売だろ！もう二度と来ないからな」と叫んだ迷惑客。彼が数日後謝罪しにきたワケとは？【短編小説】

私が働いているのは、駅前から少し路地に入ったところにある、小さなカフェです。店長と二人で切り盛りする、常連さんに愛される静かなお店でした。あの日までは。

そのお客様、黒田さんは、初めてのご来店でした。入ってくるなり眉間にシワを寄せ、店内の絵画を見ては「趣味が悪い」と呟き、注文したコーヒーを一口飲むと「ぬるい！」と突き返してきました。

もちろん、すぐに温め直しましたが、その後も「椅子のガタつきが気になる」「BGMがうるさい」と、次から次へとお叱りを受けました。

他のお客様もいらっしゃいます。私はできるだけ笑顔で、しかし毅然とした態度で「申し訳ございません。ですが、他のお客様のご迷惑になりますので、もう少し静かにお願いできますか」と申し上げました。それが彼の癇に障ったのでしょう。

「なんだその態度は！客商売だろ！もう二度と来ないからな！」

黒田さんはそう叫び、お金をテーブルに叩きつけて出て行ってしまいました。店内は静まりかえり、私は深いため息をつきました。

それから数日後のことです。お店のドアが開き、入ってきたその姿に、私は目を疑いました。黒田さんだったのです。「二度と来ない」のではなかったのでしょうか。

私は身構えましたが、彼の様子は前回と全く違いました。まるで嵐が過ぎ去った後のように静かで、むしろ、とても気まずそうにしています。

彼はカウンターの端に座ると、小さな声で「この間は、すまなかった」と頭を下げたのです。一体何があったのか。驚く私に、黒田さんはポツリポツリと話し始めました。

「実はあの日、娘が別の席にいたんだ」

なんと、あの日、彼の娘さんが友人とお茶をしに来ており、彼の酷い有様を全て見ていたというのです。

家に帰った黒田さんは、娘さんに「お父さん、最低だよ。あのお店のコーヒーもケーキも、すごく美味しいのに。お店の人に失礼すぎる。恥ずかしい」と泣かれてしまったそうです。

仕事のストレスでイライラしていたとはいえ、一番大切な娘さんに見られていたこと、そして幻滅させてしまったことに、彼は深く反省したとのことでした。

「娘に、ちゃんと謝ってくるまで口をきかないと言われてしまってな……。いや、本当に、みっともないことをした」

そう言って再び頭を下げる黒田さんに、私は「事情はわかりました。娘さんに免じて、今回のことは水に流します」と、少しだけ意地悪く微笑んでみせました。

黒田さんは「ありがとう……」と呟き、あの日「ぬるい」と言ったのと同じコーヒーを、今度は「美味いな」と静かに飲んで帰っていきました。

本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

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