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五・七・五・七・七 男性歌人と女性歌人がうたう妊娠と出産のうた

  • 2016.5.28
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子どもを授かる喜びは男女同じですが、つわりや陣痛のすさまじさは実際に体験してみなければわからない感覚ですよね。

© Aliaksei Smalenski - Fotolia.com

女性歌人がみずみずしい感性と冷静な目線でとらえた妊娠と出産にまつわる短歌と、男性歌人が出産シーンをとらえた歌を紹介します。

■健診、つわり、生殖医療にまつわる妊娠のうた

「白鯨の棲みかとなりしわが胎の超音波画像(エコー)に黒く水が映れり」

澤村斉美(『短歌往来』2015年10月号)

健診のときに胎内を映す超音波機器のモニターをみている場面。作者にとって、まだ対面していないわが子は、人間というよりも白い鯨のようにロマンティックな生き物です。白鯨が黒い水に息づく様子を美しく詠いあげています。

次に紹介する早川志織の作品は、妊娠を新しい詠いかたでチャレンジしています。

「生殖医療の善悪をいう新聞はいつでも新聞の匂いしていて」

早川志織(『クルミの中』)

医学の進歩により、生殖医療を受けることで子どもを授かる女性は多くいます。一方で、子は自然に授かるものという考え方があります。どちらが正解だと白黒をつけられる問題ではありません。生殖医療にまつわる話題は誤解や論争をまねきやすいもの。ナイーブな問題をそのままうたうのではなく、嗅覚に訴えかけることによって迫力のある1首になりました。

「医術だから、目をつむり針を受け入れる人工授精は十秒で終わる」

早川志織(『クルミの中』)

具体的な医療現場の臨場感を詠みこんでいます。時間にすると、たった10秒間のことですが、忘れられない体験であり、なまなましい感覚がつたわってきます。

「みごもれば感官一途に尖りゆき柑橘の強き酸(さん)を欲せり」

小島ゆかり(『水陽炎』)

つわりのうた。妊娠すると味覚が変わったり、においに敏感になったりすることも。すっぱいものが欲しくなるのは感官器官がとがるから、という見立てに共感しました。

■命の誕生をドラマチックにあらわす出産のうた

「子を負える埴輪(はにわ)のおんなあたたかしかくおろかにていのち生みつぐ」

山田あき(『山河無限』)

スケールの大きさが魅力。母から受けついだ遺伝子を子に伝えていくさまを、「はにわ」にたとえるところに作者のゆたかな感性があらわれています。

「海原にうしほ満つべし現身を揺り上げていま吾子生まれたり」

小島ゆかり(『水陽炎』)

女性のバイオリズムは月と海にたとえられます。月の引力と潮の満ち干きは深いかかわりがあります。満ちてきた潮がからだを揺りあげるように新しい生命が誕生した。宇宙と一体化するような出産の名歌といえるでしょう。

© VRD - Fotolia.com

「巻尺をもちて計れるその体、声だして指の数は数へる」

大松達知(『ゆりかごのうた』)

男性は冷静です。出産の余韻がさめない妻の横で、夫はわが子の体を観察していました。さりげないシーンですが、はっきりと男女の考え方のちがいがわかりますよね。

「生まれたる日の体重の四ケタをアマゾンの暗証番号にせり」

大松達知(『ゆりかごのうた』)

うれしいという言葉を使っていませんが、出生時の体重をネットショッピングの暗証番号にするところに作者のよろこびがうかがえます。

妊娠や出産をうたう作品はきれいなものだけではありません。作者の顔が見えるようなリアリティのあるうたや、現代の問題点を鋭く指摘する名歌も多いのです。人が人を産みだす過程は、それだけドラマチックで起伏に富んでいるのですね。

(有朋 さやか)

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