1. トップ
  2. 恋愛
  3. 美しさに勝る魅力……存在感って何なのか?日本一存在感ある人は誰なのか?

美しさに勝る魅力……存在感って何なのか?日本一存在感ある人は誰なのか?

  • 2025.10.12

存在感は、黙っていても放たれる。ガールズグループの“センター”

存在感……美しさとも、色気とも違う、ただただ、その人がそこにいるだけで、空気が変わる。場の雰囲気が変わってしまう。そこまでの波動を持つ“見えないものの力”を、「存在感」と呼ぶ。もちろん中には、負のオーラともいうべき威圧感を放つようなネガティブな存在感もあるけれど、多くの場合、他のものでは置き換えのきかない、特別な魅力となるはずなのだ。

それこそ単なる美しさより、はるかに人を惹きつける。引きつけて離さない。なぜなら存在感は、目には見えない魅力のありかが一体どこにあるのか、知りたい知りたいと思うから、ついつい見入ってしまう。しかも何度目にしても飽きさせないという時間も超える引力を持っているからなのだ。

言い換えれば、なんだか異常に“気になる”人。理屈を超えて、気になって仕方がない人。だからこそ、私たち、もっと意識すべきなのだ。存在感をまとうということを。もちろん存在感はつくろうとしてつくれるものではない。だけれども、明らかに美しさを超えてしまう威力を持つことは知っておくべきなのだ。

たとえば、ガールズグループの“センター”は何を基準に選ばれるのか? もちろんスキルが高く、ヤル気があるのは大前提だが、そのうえで絶対条件となってくるのが、ずばり存在感。まさしくセンターを張るための存在感が。

そして興味深いのは「私こそがセンター!」という自己顕示欲の強いタイプには、不思議に存在感は宿らないということ。自信も必要なのだろうが、それが表に出てこないこと。それでも、多くの中でいつの間にか視線を集めてしまう、内なる光を放っているタイプが必ずいるという。まさに美貌とは違う力学がそこに働くのだ。

いやそういうオーラの持ち主が一人もいないユニットは、そもそも成立しない。BLACKPINKみたいに同格のオーラを持った少人数ユニットは例外として、存在感だらけでは、それはそれで難しいとか。存在感は、一等星のシリウスみたいに、多くの光の中で、ひときわ強い光を黙って放っていてこそ尊いのだから。

あなたのまわりにも、きっといるはず。不思議な存在感を持つ人が。なにやら気になって仕方がない人が。その人の引力を意識して見つめてみてほしい。見えないのに見えているものの力を。そして、存在感の正体を知ること。

たとえばだけれど、“伝説のセンター”にして、今や女優として特別な存在感を放っている前田敦子は、今にも泣き出しそうな顔と震えるような声で、世の中をドキドキハラハラさせることで、圧倒的な存在感を放った。まさしく、そういうことなのだ、存在感って!

存在感は、才能に宿る神秘性。今日本一の気配美人、河合優実

そこでさらに、存在感の正体をのぞいていこう。今の日本の女優の中で、一番存在感がある人は?と言ったら、あなたは誰を思い浮かべるだろう。若手にも今や無類の演技派と言われる人がたくさんいる。もちろん光り輝くほど美しい女優も。ただそんな中でも、特別に鋭い光を放っている人が一人いる。河合優実という……。

一体いつどこから現れたの?と驚くほどに、意表をつく登場の仕方だった。そう、存在感のある人って、みんなそういうふうに意表をつく。一体どこに隠れていたの?というくらい、ある時突然、気づいたらもう光の下にいる。私よ、私、私はここにいますと自らを顕示することがないまま、世の中がいつの間にか光を当てるのだ。

デビューは大学在学中の19歳。たちまち映画賞の新人賞を総なめにした。日本はそんなに人材不足のはずがないのに、この年なんと8本もの映画に出演、受賞も多数。そして24歳で主演した『ナミビアの砂漠』がカンヌの国際映画批評家連盟賞を受賞したかと思えば、『あんのこと』では日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞をはじめ、数々の主演女優賞に輝くのだ。TBS系ドラマ『不適切にもほどがある!』のイケてる不良、純子が超はまり役だったのも記憶に新しい。

まさに彗星の如く現れ、たちまち若手のトップに躍り出て……と言いたいところだが、他の若手トップ女優たちとは、同じカテゴリーに入れられない異色感がある。かといって“個性派女優”とするのも少しニュアンスが違う。とんでもなく激しい演技に身を投じるも、いわゆる憑依系でもない。むしろ目立たない役も抑えた演技でさらりとこなすのに、なんだか目立ってしまう。本人が意図せずとも目立ってしまうのだ、時には主役より。まさにそれを、圧倒的な存在感というのだろう。実際にこういう存在感の持ち主は、脇役に置くのが難しい。極端な話、セリフがなくても、目立ってしまう。だからどうにも使いにくい。もうとっとと主役をやらせてしまったほうがいいかもとなる。だから意表をつかれたのだ。

で、その存在感の正体を紐解くならば、恐れを知らない勇ましさ、言うならばふてぶてしいほどの才能がつくる神秘性。それをある種、クールで無表情な美しさが上増ししている。だから気配そのものが異様に美しい人。どんな役をやっても、そこだけは変わらない。演技力は抜群だから“何をやっても同じに見える”タイプじゃない。違って見えるのに存在感だけは消えないのだ。蓮っ葉な役でも、地味で物静かな役でも。

とすれば、存在感って一体どれだけ強いものなのか。変装でもしなければ、隠れないほど。それも怖いもの知らずの勇敢さからくるもの。何があっても絶対に逃げない人だからこその神秘性は、どうにも持って生まれたもので、ハリウッド女優で言えば、弱冠22歳でアカデミー賞の主演女優賞を取ったジェニファー・ローレンス? 彼女もまたどんな役をやっても存在感があふれ出る。決して隠れない天性の存在感、強烈な気配美人は、まさに一生人を魅了し続ける。だから存在感は美しさよりもはるかに上位の魅力となるのである。

存在感は、人をワクワクさせる潜在能力。あのちゃんと、二階堂ふみの場合

強烈な存在感と言えば、今はやっぱりあの“あのちゃん”になるのだろうか? 言うまでもなく、この人の場合は不思議さと尋常じゃない独創性。というより、何一つ、誰とも似ていない、すべてが恐ろしくオリジナルだから、30年に一人くらいしか現れないような“存在感の権化”と言わせてもらいたい。“病みかわいい”の実写版にして、独特な物言い、不可思議な思考。もはやそこに関しては、分析のしようもないが、実はこの人のことがどうしても気になる理由はもっと他にある。

人間離れしたビジュアルは、全身のパーツパーツどこをとっても、どうして?と目を見張るほど。これまで私たちが美しいとかカワイイとか、ずっと追いかけてきた美の定義とは、別次元の容貌。まさに別の星から来た美形は真似しようにも真似のできないクオリティー。だから、単純に見ていて飽きないし、見逃したくない。まさに存在感は、見えないけれど、見えているのだ。

そのうえ、潜在能力がとてつもない。トークの返しと演技の見事さには底知れなさを感じるほど。何が飛び出すか、何をしでかすかわからない、未知なる潜在能力が爆発する予感こそ、この人の存在感の正体なのである。

そう、潜在能力がふつふつと体の中で沸騰している感じの人っているものなのだ。たとえば、渡辺直美もそのタイプだし、かつてのマドンナもそうだった。掘れば掘るほど宝物がいろいろ出てくるような、でも時々怖いものが出てくるような、そういう緊張感あるワクワクドキドキが、この人たちを形づくっているから、存在感のモンスターのような、強烈さを持つのである。

もちろんこのレベルの人は、滅多に出てこない。でも、計り知れない潜在能力を持っていることで、人をぐいぐい惹きつける人って身近にもいるはずなのだ。人間は、潜在能力の9割を眠らせていると言われるけれど、それが信じられてしまうような存在が。

一方で、意外性や衝撃度によって突然のように存在感を持ってしまう人もいる。たとえば、二階堂ふみの結婚発表はそれに値する。カズレーザーとの電撃的な結婚は、ただ世の中を驚かせただけじゃない。ほんとにいろんなことを気づかせた。もともと個性派で存在感はあったものの、知らない一面を見せられた気がしたことに加え、芸人一の読書家で博識すぎるカズレーザーを好きになるこの人も慶應大学出身で、極めて知的な夫婦であることを知った私たちは、これからの夫婦生活が、どれだけ強烈かつコクのある、奥深い暮らしになるだろうという、夫婦関係の潜在能力にワクワクドキドキしたりして。これから二階堂ふみは、さらに一目置かれる存在となるのだろう。人は結婚によってパートナーによって、そんなふうに存在感を10倍に増すこともあるのだ。

存在感が、人の魅力として最強である意味、わかったはずである。

見えないけれど見えている、天性の存在感がつくる“気配美人”は、まさに一生人を魅了し続ける。だからこそ、存在感は美しさよりもはるかに上位の魅力なのである。

撮影/戸田嘉昭 スタイリング/細田宏美 構成/寺田奈巳

元記事で読む
の記事をもっとみる