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ミニマリズム回帰を告げる!新生ジル サンダーについて知っておきたい6つのトピック── ミラノ展示会レポート

  • 2025.9.29
シモーネ・ベロッティ。 Photo_ Gorunway.com
シモーネ・ベロッティ。 Photo: Gorunway.com

2025年3月、ルーシー&ルーク・メイヤー夫妻の後任として就任したベロッティは、イタリア出身の実力派ベテランデザイナー。A.F. ヴァンデルヴォルスト、ジャンフランコ・フェレドルチェ&ガッバーナボッテガ・ヴェネタなど名門ブランドで経験を積み、グッチには16年間在籍した。直近ではバリーのデザイン・ディレクターを務め、由緒あるスイスブランドを現代的に刷新。コンテンポラリーな感性と上品さを両立したスタイルを確立し、高い評価を得た。さらに服飾史に精通し、親日家で古着屋巡りが趣味という親しみやすい一面も持つ。

2. 会場はブランドのミラノ本社

本社の目の前に佇むスフォルツェスコ城。
本社の目の前に佇むスフォルツェスコ城。

今回の舞台は、ミラノ中心地にある歴史的建造物のスフォルツェスコ城を望む本社ビル。かつて映画館だった建物を改装した拠点は、ブランドの世界観を体現するミニマルな空間だ。創業者ジル・サンダーをはじめ、ラフ・シモンズら歴代デザイナーがアトリエとして使用し、実際にショーも行ってきた"聖地"でもある。

ブランドらしいミニマルな美学が反映されたエントランス。
ブランドらしいミニマルな美学が反映されたエントランス。

ここでショーを開催するのはロドルフォ・パリアルンガがデザイナーを務めていた2017年以来で、前任のルーシー&ルーク・メイヤー夫妻は別会場を選んでいたため、8年ぶりのショー会場としての採用となった。

3. インスピレーション源

デビューコレクションのキーワードは、「レイヤード」「肌見せとスリット」「鎧由来のプロテクションディテール」「アメリカ人アーティストのリチャード・プリンスによる作品と車のボンネット」と大きく4つある。

出発点となったのは、ブランドのアーカイブに残されたテキスタイルブックやスタイルブック。無数の紙やテキスタイルの“重なり”そのものをデザインへと転化した。シャツの襟もとは幾重にもレイヤーされ、ドレスには600枚ものシルクを重ねるという緻密な構築美が宿る。

Photo_ Gorunway.com
Photo: Gorunway.com

また、スリット入りのスカートやドレスなどの肌見せは、90年代らしいセンシュアルさを呼び戻しながらも、現代的なコンパクトシルエットに落とし込まれた。

対照的に、アルミニウムやシルバーのディテール、メタル製のブラといった“プロテクション”の要素は、本社の目の前にあるスフォルツェスコ城の兵士たちが身につけていた鎧から着想を得たもの。ブランドに欠かせない要素であるこの古城が、ミラノの地を長年守ってきた歴史への敬意が込められている。

リチャード・プリンスの作品世界からは、車のボンネットをモチーフにした写真シリーズのラインを抽出。ファーストルックのスカートも横から見ると車のボンネットのような立体的なステッチとパターンが施され、無機質でありながら躍動感のある表情を生み出している。

Photo_ Gorunway.com
Photo: Gorunway.com

シルエットにおいても劇的な変化を見せている。肩幅は前任デザイナー期から大幅にコンパクト化され、ウエストから裾にかけて絞られた「バナナシェイプ」と呼ばれる独特のフォルムを採用。この構築的なアプローチにより、ミニマルでありながら立体的な美しさが生まれている。

4. 創業者へのオマージュ

コレクション全体には、創業者ジル・サンダーが築いた90年代の革新性への強いオマージュが込められている。サンダーが先駆的に取り入れたのは、当時のファッション業界でまだウールやコットンが主流だった中でのテクニカル素材革命。テクノポリエステルやナイロンといった化学繊維を高級ファッションに導入し、ミニマリズムの新たな可能性を切り開いた。ベロッティはこの革新的な素材使いを現代版でアップデートし、90年代のテクノナイロンを化学繊維とウールの組み合わせで表現している。

サンダーが手掛けたストレッチウールのレギンスを復活させ、ラフ・シモンズ時代を経て受け継がれてきたブランドDNAを現代に継承した。

特に注目すべきは、ボンディング加工を施したレザージャケットの軽やかさだ。従来のレザーの重厚さを覆す驚くほどの軽量感を実現し、シャツのような着心地でありながらレザーならではの上質な表情を保持。この技術革新こそが、ベロッティが追求する現代的なクラフツマンシップだ。

創業者の出身地にちなんでドイツの都市名「ハンブルグ」と名付けられた新作シューズも登場。上質なレザーを用いながらもスニーカーのような履き心地で、ステッチワークによりカジュアルな表情も併せ持つ。ショー前に発表されたキャンペーンもハンブルクで撮影されるなど、ブランドのルーツを辿ることからスタートしていた。

5. 注目のバッグ&シューズ

新作バッグでは、オブジェのような美しいフォルムが特徴なバッグ「ピボット(Pivot)」に注目。硬いレザーのハンドルと柔らかいカーフレザーを組み合わせた素材のコントラスト表現で、弧を描くホーボーとトートタイプの2種をラインアップ。

着想源にもあった紙の重なりを表現した「ファイル」バッグも、ミニマルな美しさを体現している。

フットウェアでは、スクエアトゥのレースアップシューズ、カットアウトされたバレリーナ、キトゥンヒールのブローグ、サンダルなど多彩なラインナップを用意。

80年代にジル・サンダーがプーマと協業した際の「スニーカーのように楽なレザーシューズ」のコンセプトもヒントに。ユニセックス仕様でラバーソールを採用し、スニーカーの履き心地とクラシカルな美しさを両立させている。

6. 新章の始まりと今後への期待

ベロッティのデビューコレクションは、前任のメイヤー夫妻が築いた華やかな世界観をリセットし、創業者の精神へと立ち返る大胆な選択だった。SNS映えする派手さはないものの、見えないほど細やかなステッチワーク、しなやかなレザーの質感、テクニカル素材の繊細な風合いなど、手に取って初めて分かる上質さに溢れている。見過ごされがちな細部に宿る職人技こそがジル サンダーの真髄である。90年代のミニマリズムを現代にアップデートするその姿勢は、すでに業界関係者から高い評価を集めている。

ロゴの配置も刷新され、バッグの隅には縦向きにあしらわれ、ジーンズにはベルトループのように取り入れられている。
ロゴの配置も刷新され、バッグの隅には縦向きにあしらわれ、ジーンズにはベルトループのように取り入れられている。

一方で、メイヤー夫妻が数々のヒットを生んだバッグやシューズの分野では、今後より日常に寄り添う実用的でアイコニックなアイテムの誕生を期待したい。とはいえ、ブランドのアイデンティティを力強く打ち出した今季は、新章の幕開けを告げる記念すべき一歩であった。

Text: Mami Osugi Editor: Mayumi Numao

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