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“朝ドラ出演3度目”のベテラン俳優に注目「案外良い人?」異彩の存在感を放つ人物から“目が離せない理由”

  • 2025.10.27
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『ばけばけ』第4週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』(主演・髙石あかり)にて“憎めないお人好し”借金取りとして密かに話題の、森山善太郎。今作で朝ドラへの出演が3作目となる俳優・岩谷健司が演じるこわもての借金取りは、極貧の松野家から容赦なく取り立てていくにも関わらず、どこかチャーミングな魅力がある。憎めない悪役、いや、借金取りに向かない借金取り。森山は『ばけばけ』の怪談的ユーモアを支える異彩の存在だ。

“優しい悪役”という朝ドラの伝統

岩谷が演じる森山には、端的に言うと人情がある。ヒロイン・トキ(髙石あかり)に、ことあるごとに遊郭へ連れていくことを仄めかす間の取り方、乱暴な語り口の直後に眉を少し上げる一瞬など、そこにはちょっとした優しさとチャーミングさが滲む。SNS上でも、岩谷が演じる森山に対して「案外良い人?」といった声がある。

森山が去ったあとも、松野家の面々は“塩をまけ!”と口にしながらも、どこかお気楽な空気。森山が容赦なく金銭をかっさらっていくのは紛れもない事実だが、トキの祖父・勘右衛門(小日向文世)が大事にしていた刀などを、無理に売りさばくことはしなかった。仕事を紹介してくれ、と頼み込んだトキの夫・銀二郎(寛一郎)に対しても、遊郭の客呼び込みの仕事を与えてやっている。

森山自身、松野家をどうにかしてやりたい、と密かに思っているのかもしれない。そんな仁義を感じさせるのも、岩谷の手腕あってこそではないだろうか。借金取りという非人間的な職業のはずが、岩谷の演技を通すと、誰よりも“人間くさい”キャラクターに見えてくる。

朝ドラは、主人公を追い詰めながらもどこか憎めない“悪役”を巧みに配置してきた。彼らは物語のアクセントであると同時に、“庶民のしたたかさ”を映す鏡でもあった。森山善太郎も、その系譜にいる。

しかし彼の場合、悪役ではなく“貧しさのなかにいる隣人”として描かれる点がユニークだ。松野家の借金を小さく長く、そして“優しく”取り立てる。それはただの優しさというよりも、同じ地べたで生きる者同士の共犯関係に近い。

“笑える”ことのリアリティ

岩谷は、映像だけでなく舞台の世界でも知られる実力派。その理由は、芝居における“身体性”の強さにある。彼の動きは、まるで生きているリズムそのものだ。

たとえば松野家の玄関先で、腰を浮かせる瞬間。小銭を袋のなかへ掻き入れる仕草。些細な所作によって、観る側は“人間がそこにいる”と感じる。セリフを言う前に、その場の空気を吸ってから動く。それが、岩谷の芝居にしか出せないリアリティだ。

お笑いではなく“演劇的ユーモア”。笑いは、タイミングの妙と人間の弱さから生まれる。岩谷は、その原理を体現しているように見える。『ばけばけ』においても、彼が演じる森山はひとりだけ違うテンポで動く。彼が画面に映るたびにドラマのリズムが一瞬ゆがみ、観る者は奇妙な安心感と不安を同時に覚えるのだ。

借金取りに向かない借金取りが見せる“優しさの暴力”

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『ばけばけ』第4週(C)NHK

森山は、決して善人ではない。しかしトキに対し、次に来たときは遊郭へ連れていく、と脅し文句を吐きながらも、実際には連れていかない。優しさか情けか、その境界はあいまいだ。しかしその“あいまいさ”こそが、この時代の庶民のリアルでもある。

森山の“優しさ”には暴力性が滲む。松野家に対し、残酷に最後のとどめを刺すことはしないものの、結局は借金返済を理由に彼らを働かせ続ける。それは、社会の縮図そのものだ。岩谷の演技が光るのは、そこに微量の笑いを滲ませるところ。彼の視線には、見えない線でつながった、全員の貧しさへの共感が宿っている。

『ばけばけ』の世界では、怪談は人を脅かすための道具としては描かれない。そこに生きる人々の、弱さと優しさを映す鏡だ。森山善太郎というキャラクターもまた、“怪談的人情”の体現者だろう。

怖いのに、笑える。悪人なのに、あたたかい。人間はみな、どこか“ばけもの”のように矛盾を抱えて生きている。岩谷が演じる森山は、その矛盾を笑いに変える。その演技は、社会の片隅で生きる人々の“現実の温度”を届けてくれる。結局のところ、森山はトキや銀二郎を苦しめる敵ではなく、この物語を“生きたもの”にするための潤滑油なのだ。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_