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痛々しくもリアルな姿を見せた“47歳の主人公” 軽快なやり取りの裏に見え隠れする現代社会の“危うさ”『ちょっとだけエスパー』

  • 2025.10.29
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『ちょっとだけエスパー』第1話 (C)テレビ朝日

10月21日、野木亜紀子脚本の連続ドラマ『ちょっとだけエスパー』の放送が始まった。

本作は、大泉洋が演じる中年サラリーマンが超能力者となって世界を救う仕事に就く物語だ。
会社をクビになり、妻とも離婚し、ネットカフェを泊まり歩く生活を送っていた文太(大泉洋)は、「ノナマーレ」という大企業の最終面接で、社長の兆(岡田将生)からカプセルを渡され、「これを飲んでください」と言われる。文太はカプセルを飲んだことで最終面接に合格し「ノナマーレ」の社員となるのだが、実はこのカプセルは超能力を目覚めさせる薬で、触った人間の心の声を聞くことができる超能力に、文太は目覚める。

そして、文太が就職した「ノナマーレ」の目的は「世界を救う」ことで、そのために超能力を持った社員たちとチームを組んでミッションに挑むことになる。

こう書くと壮大な物語に聞こえるかもしれない。

だが、文太がおこなうミッションは、ターゲットとなる男に対して、夜までに傘を持たせるとか、目覚まし時計を5分進めるとか、スマホの充電をゼロにするといった、どうでもいいものばかりで、その行動にどのような意味があるのかも、わからない。

※以下本文には放送内容が含まれます。

「ちょっとだけ」の心地良さ。

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『ちょっとだけエスパー』第1話 (C)テレビ朝日

文太はターゲットとなる相手に正体を知られないように行動せねばならず、そこにスパイ映画のようなサスペンスが生まれるのが、本作の面白さだ。

だが、世界を救う任務という割には、小さな仕事ばかり。
文太たちの超能力もヒーロー映画のような派手さはなく、とても地味だ。

タイトルにある「ちょっとだけ」が象徴的だが、文太はどこにでもいる中年男性で、超能力もミッションも、とてもこぢんまりとしている。

だが、この「ちょっとだけ」という感触がとても心地良く、物語を面白くしている。

また、設定として面白いのが、謎の妻・四季(宮﨑あおい)の存在。

「ノナマーレ」から仮初の夫婦を演じろと命じられ、文太は四季の暮らす社宅へと向かうのだが、四季は昔から文太と夫婦だったかのように接してくる。
始めは、四季の振る舞いを芝居だと思って対応していた文太だったが、やがて彼女が本当に自分のことを夫だと信じていることを知り、唖然とする。

この仮初の夫婦という設定だけでも本作は面白いのだが、ドラマとして上手いと思ったのは、文太が超能力で四季の心を読む場面を第1話終盤で描いたこと。

そこで、四季が心の底から文太のことを夫として愛していることが、はっきりする。

だが、その直後に社長から電話がかかってきて「ノナマーレ」で働く者が守るべき最も大切なルールである「人を愛してはならない」を破らないようにと言われる。
つまり、四季のことを愛してはならないと、文太は社長に警告されるのだ。

おそらく今後は、文太が会社の仲間たちと毎回、謎のミッションに挑む一方で、愛してはならない四季との仮初の夫婦生活が展開されていくのだろう。
そこに第1話終盤に登場した文太たちの姿をのぞき見していた謎の大学生・市松(北村匠海)が絡み、複雑な人間ドラマに変わっていくのではないかと期待させる。

社会派エンタメを得意とする野木亜紀子が挑戦するSFドラマ

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『ちょっとだけエスパー』第1話 (C)テレビ朝日

脚本を担当している野木亜紀子は、『アンナチュラル』や『MIU404』といったオリジナルの連続ドラマを多数手掛けており、社会問題をエンターテインメントに落とし込む手腕が高く評価されている。

だが、今作は超能力が物語の中心にあるSFドラマとなっており、これまでのシリアスな社会派路線とは、真逆の方向へと舵を切ったように見える。

野木にとって本作は、初めてテレビ朝日で手掛ける連続ドラマだが、プロデューサーには『おっさんずラブ』で注目された貴島彩理が参加している。

貴島は吸血鬼が登場するサスペンスドラマ『unknown』もプロデュースしていたため、超能力という非日常の要素が登場する『ちょっとだけエスパー』は、貴島と組んだことによって生まれたという側面もあるのだろう。

ただ、そういった超能力にまつわる要素をあくまで「ちょっとだけ」に抑えたことが本作の魅力で、その結果、完全な非日常の世界ではない、地に足のついたSFドラマとなっている。

この絶妙なバランス感覚は野木ならではだと言える。
もっとも現実と地続きだと感じたのが、文太の設定だ。

文太は47歳で、若者に混ざって受けた「ノナマーレ」の面接では「私は氷河期世代です」と言った後、自分が若い頃の就活がいかに苦しかったかを語り、就職した後も苦労したと熱弁する。

筆者は48歳で、文太と同じ氷河期世代なので、気持ちはよくわかるのだが、いっしょに面接を受けている若者よりも自分が苦労してきたとアピールする姿は痛々しく、見ていられなかった。だが、この痛々しい場面があることによって、文太の実在感が倍増したとも感じた。

また、入社した文太は、同じ会社の仲間とミッションに挑むのだが、お互いの素性をよく知らない者たちが、会社からの指令でチームを組んでミッションを達成する姿はどこか不気味でもある。

ミッションを達成したことを喜ぶ仲間に対して文太は「みなさん、特殊詐欺には気を付けた方がいいですよ」と言うが、確かにお互いの素性を知らない彼らが、全体像がわからないまま、会社に言われるままにミッションに挑む姿は、特殊詐欺とそっくりである。 結果的にターゲットの人間を正しい方向に導いていたため、ミッションは正しい行動に見えるが、同じ手口で相手を騙せば、それは特殊犯罪と同じなので、本当にこの会社のやっていることは正しいのかと考えてしまう。

超能力が登場するフィクション性の高いドラマでありながら、生々しい手触りを感じるのは、文太のバックボーンや彼が会社に命じられて行うミッションの手口がとても現代的で、現代日本を映す鏡となっているからだろう。

その意味で、超能力を題材にしていても野木亜紀子が得意とする社会派エンタメ要素は健在だと言える第1話だった。
楽しいやりとりの裏側に見え隠れする現代社会の不穏さが、今後どう描かれるのか楽しみである。


テレビ朝日系『ちょっとだけエスパー』毎週火曜よる9時~ 放送
URL: https://tver.jp/episodes/ephqstadyn

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。