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【9月公開映画】放送作家・町山広美が厳選!この秋、注目の映画2選!

  • 2025.9.22

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

現実と希望のはざまを 動物たちが行き来する

中国の神話では、魔物を退治する神が犬を従えている。キリスト教では、鳥が聖霊を象徴する。人間は動物にあれこれ役回りを託してきた。『バード ここから羽ばたく』は12歳の女の子、ベイリーの4日間に立ち会う映画だ。イングランドの港湾都市で、公営住宅に暮らすその環境は荒んでいる。若い父親は、ヒキガエルの分泌液からドラッグの製造を目論む、タトゥーだらけのいまだ不良少年で、知り合って3カ月のシングルマザーと結婚を宣言。離婚した母親も、ベイリーの妹たちを引きとったのにDV男と交際中。そういうDV男を自警団気取りで襲撃する兄貴たちの仲間に入りたいけど、拒否られる。

女の子であることのしんどさ。10代前半で親になる困難、その子どもが抱えこむ苦難。蓄積する貧困と暴力。その只中にあって、見守る大人の目がなくひとりで行動するベイリーの味方は、スマホだ。一緒に目撃して、記憶してくれる。空を撮った動画を部屋で投影すると、落書きだらけの壁を鳥が悠々と舞って美しい。

その鳥が引き寄せたように、ベイリーの前に「バード」が現れる。大人の男だがスカートをまとい、夜の屋上に立つ異様な姿はまるで鳥の化身。縁が切れてしまった親を見つけ出したいという彼は子どもじみて危うく、その願いを手助けしたベイリーは、苦い冒険に身を投じることになる。 バードは守護天使か、それとも狂人か、そもそも幻なのか。ともあれ、見守られない苦しさに俯いていたベイリーは、バードという存在を経て、ダメな父親のダメなりの奮闘さえも視界に入る高さに、顔が上向く。

そのささやかな成長を祝福できるよう、監督アンドレア・アーノルドは巧みに導く。日本での公開作は少ないが、英国映画の重要な一翼を担う社会派作家のうちの一人で、社会の周辺に追いやられた人々のリアルな描写に熟達。この映画でもうんざりする現実を見据えさせながら、そこにハッとする新鮮な映像を差し入れ、世界に風穴をあけてみせる。壁の空を舞う鳥、都市の灰色の現実に場違いに、幻のように現れる動物たち、バードもそうだ。

それらは異物で、異物が時空を切り裂くようにして召喚するのは別の世界、別の未来という可能性。ベイリーのような環境に育つ女の子には、望まない妊娠をして子育てと男たちと生活苦に振り回される息苦しい人生がお約束だけれど、他の未来もあり得なくはない。バリー・コーガン演じるダメな父親が、カラオケでエモくがなるブラーの名曲がそう歌うように、絶望のうちにも希望は共存するのだ。

『ブラックドッグ』のグァン・フー監督も日本での公開に恵まれないが、中国の人口にも後押しされ2020年には自作が動員世界一を記録した。 舞台は08年の北京五輪開催を控えた、ゴビ砂漠に近い架空の町。廃墟のような街並みには取り壊しが迫り、うろつく野犬は駆除の対象だ。そこへ刑務所を出た男ランが帰ってくる。恨みを買って居場所のない彼は、賞金のかかった黒い犬を追うのだが、いつしか野良犬同士で心が通じ合う。 豊かな社会へ変貌を急ぐ中国で、人々の様々な営みが捨て去られる。その無慈悲を憂う告発をはらみつつ、人情味豊かな展開にはかつての西部劇のロマンが宿る。ランを演じるエディ・ポンは整った顔立ちを無表情で覆い、動きでクスッとさせる演出は無声映画の粋な名作にも通じている。 意外なテイストが共存する作劇、ロングショットの美。広くとらえられた、見たこともない風景には圧倒される。経済的発展は世界を同じ色に塗り潰すが、未知の美はまだ残されている、そのことが希望だ。

『バード ここから羽ばたく』

23年 イギリス 119分
監督:アンドレア・アーノルド 出演:ニキヤ・アダ
ムズ、フランツ・ロゴフスキ、バリー・コーガン 9/5(金)より新宿ピカデリー、
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

© 2024 House Bird Limited, Ad Vitam Production, Arte France Cinema,
British Broadcasting Corporation, The British Film Institute, Pinky
Promise Film Fund II Holdings LLC, FirstGen Content LLC and Bird Film
LLC. All rights reserved.

『ブラックドッグ』

24年 中国 110分 監督:グァン・フー 出演:エディ・ポン、トン・リーヤー、ジャ・ジャンクーほか 9/19(金)よりシネマカリテほか全国順次公開

© 2024 The Seventh Art Pictures( Shanghai) Co., Ltd. All Rights reserved

文=町山広美

放送作家、コラムニスト。担当番組に「有吉ゼミ」「マツコの知らない世界」など。東京と沖縄で2拠点生活をしている。

イラスト=小迎裕美子

※InRed2025年10月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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