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ツンデレきわまりない屋村(阿部サダヲ)も、照れ隠しの八木(妻夫木聡)も「もっと遠くに飛べるはず」と信じている【あんぱん】

  • 2025.9.22

ツンデレきわまりない屋村(阿部サダヲ)も、照れ隠しの八木(妻夫木聡)も「もっと遠くに飛べるはず」と信じている【あんぱん】

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の姿を描く物語「あんぱん」で、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

読者層をもっと広げておかないと

国民的作品『アンパンマン』原作者やなせたかしの妻・小松暢をヒロインとして描くNHK連続テレビ小説『あんぱん』の第25週「怪傑アンパンマン」が放送された。

のぶ(今田美桜)が、きっと伝わるはずだとずっと信じ続けた〝太ったおんちゃん〟の「アンパンマン」は、我々のよく知るアンパンマンへと姿や設定を変え、ついに独立した一冊の絵本として世の中に送り出された。その魅力は、決して爆発的に!というわけではないが、のぶの読み聞かせ会などの後押しも手伝ったりしながらも、じわじわとだが広がりをみせてきた。

嵩(北村匠海)とのぶを、陰日向となりながら見守り、気持ちの面でも支えになったり相談にのったり、ときには仕事を依頼してきた八木(妻夫木聡)は、ついには自身が興した会社『キューリオ(旧九州コットンセンター)』が出版する雑誌『詩とメルヘン』の編集長に嵩を抜擢するなどしてきた。

しかし、『アンパンマン』は、今の活躍からは想像できない程度にしか評価されていなかった。その一方で、『詩とメルヘン』の好調により新たに創刊された雑誌『いちごえほん』の編集長も嵩が請け負うこととなり、八木の提案により、同誌でアンパンマンの連載を持ちかけられる。

「読者層をもっと広げておかないとキャラクターは生き残れない」
世界的キャラクターブランドの「サンリオ」創業者・辻信太郎氏をモデルとする八木らしい一言で、それを聞いた蘭子(河合優実)に、「商業主義の経営者らしいご意見ですね」と指摘される。しかしそれを受けて、「夢を育てるためには戦略も必要だ」と返すあたりは、単に嵩とのぶへの思い入れが強いわけではなく、嵩の才能、そして「アンパンマン」の真の魅力を信じているからこその言葉である。

知ってる人しか知らないアンパンマンですが

こうして始まった連載『怪傑アンパンマン』だが、さほど話題を集めることなく連載は終了してしまう。少年時代から変わらず、やはり少し落ち込む嵩だが、そこに、小劇場付きのビルを建てたという、たくや(大森元貴)が訪れ、『怪傑アンパンマン』のミュージカル化を持ちかける。このミュージカル化に向けていろいろと動き出すが、多忙な嵩はなかなか打ち合わせなどにも顔を出すことができない。そんな嵩に代わって、のぶが作品のコンセプトを説明し、そしてこう言った。

「知ってる人しか知らないアンパンマンですが、皆さんのお力を貸してください。今はよろよろ飛んでいますが、アンパンマンはもっと遠くへ飛べるはずです! よろしくお願いします!」

『あんぱん』は、作家・やなせたかしの功績や人生を描くとともに、その夫婦の(それは幼いころからも)信じ合う姿、愛というものが根底に流れ続けてきた。「たっすいが」であった柳井嵩の人格と才能を誰よりも信じる存在であることは、このドラマの大切な局面で必ず印象深く届けられてきた。八木やたくやばかりでなく、周囲の多くの人物が嵩に強く関わり続けるのも、それぞれに、嵩がアンパンマンとともに「もっと遠くへ飛べるはず」という思いがあるからにちがいない。それが感じられるキャラクターの描き方は、脚本と演出の巧さなのであろう。

「あんぱん焼いてください、だろ?」

ミュージカルのテーマ曲にある、<ぼくのいのちがおわるときちがういのちがまた生きる>という歌詞。もちろんアンパンマンという作品のコンセプトそのものであるが、その後のアニメ『それいけ!アンパンマン』の一連の楽曲や、やなせたかし(嵩)の出世作である『手のひらを太陽に』の歌詞にも通ずる、〝いのち〟そして〝生きる〟ということが盛り込まれたものだ。

ここでもやはり嵩に代わり、のぶがこのミュージカルを、「戦争で心に傷を負った人、戦争で大切な人を失った人たちが、それでも人生捨てたものじゃないって思えるような」ものにしてほしいと伝える。やなせたかしが生涯を通じて訴えかけた反戦と平和への思い。それはこのドラマでも当初からずっと訴え続けられてきたものだ。残り2週というところで、それをあらためて気づかせ思い出させてくれる言葉である。

しかし、絵本の評判と同じように、ミュージカルのチケットの出足はかんばしくない。そんなか、のぶとメイコ(原菜乃華)は屋村(阿部サダヲ)のもとを訪れ、あるお願いをする。

「どうせアレだろ?『嵩さんのためにあんぱん焼いてください』だろ?」
と、昔と変わらぬ憎めないがひねくれた口調で屋村は言い、のぶたちの願いを断ってしまう。

浜野謙太演じるアンパンマン

ミュージカル初日。やはり客席には空席が目立つ。しかし、そんななか、のぶが読み聞かせをしてきた子供たちや、お茶の教室の生徒である星子(古川琴音)らが続々かけつけ、気付けば会場は盛況だ。
「さあ、子どもたちよ、たべてくれ。おなかいっぱいたべなさい!」

浜野謙太演じるアンパンマンがこう呼びかけ、たくやの曲が会場をひとつにするようにミュージカルは終幕する。そこに現れたのは、のぶとメイコの願いを断ったはずの屋村だ。屋村はアンパンマンの顔のかたちをしたあんぱんを大量に持ってきて、会場の子供たちに配り、子供たちも大喜びだ。ツンデレきわまりないというところだが、屋村に発注したのが実は八木だった。

「やないたかしのアンパンマンが持つやさしさは、うちの会社理念とも合ってるだろう。化ける前の先行投資だよ」

やはり蘭子が皮肉ぽく指摘したように商売人らしい言い回しであるが、それもまた、きっと八木なりの姿勢、照れ隠しのようなものもあるのだろうと、その表情などから見てとれる。

終演後、感極まって嵩は屋村に抱きつき、「ありがとうございます。生きててくれて」と言った。そして、たっすいがでありながら、芯の強さは変わることのなかった嵩らしい思いが屋村に向けて届けられた。

「おなかをすかせた人に、あんぱんを届ける。敵も味方も関係ない。どっちが正義かも、どっちが悪かも関係なく、ただパンを届ける。これがぼくの思うヒーローなんです」

「逆転しない正義」の思いを詰め込んだヒーロー、アンパンマンはここからさらに遠くまで飛んでいく。次週、いよいよ最終週。その飛んでいく先がどうなるか、楽しみを抱きながら見届けたい。

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