1. トップ
  2. 恋愛
  3. わたしの推しは、本の中【TheBookNook #52】

わたしの推しは、本の中【TheBookNook #52】

  • 2025.9.19

あなたの“推し”は誰ですか? どこにいますか? 本の登場人物を“推し”として、心に生まれる喜びや驚きを綴る「TheBookNook #52」。八木奈々さんが選ぶ三冊を通じて、物語の中に生き続ける大切な存在と出会う読書体験を紹介します。

文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹

みなさんには、会ったこともないのに、なぜだかずっと心に居続ける人はいませんか。

私にはいます。

それは有名人でも、アイドルでも、隣の席のあの子でもない、ページの中でしか会えない物語の中に住むあの人。

その存在と言葉に何度も何度も会いに行き、本を閉じていてもふとした瞬間に思い出すあの人……。

今、あの人は何をしているのだろう。あの人ならこんなとき、なんて言うだろう。

架空の存在のはずなのに本気で案じてしまうなんておかしな話ですが、それは恋にも似て、ときには尊敬で、ときには親友のようで……、心を支えてくれる“推し”の形は人それぞれ。けれど、彼らが心の中に居る事実と幸せはどんな推しをもっていても誰もが分かち合えるはずです。

4

今回は、私の中にも深く存在し続けている登場人物が“生きる”三冊をご紹介させていただきます。

あなたも物語を通して、推し活、始めてみませんか……?

1. モーリス・ドリュオン『みどりのゆび』

3

「ぼく、花で戦争をやめさせたよ」

本作は、フランスの作家モーリス・ドリュオン氏が1957年に発表した童話。
主人公は、親指をふるだけで緑を芽吹かせ花を咲かせてしまう奇妙な特技をもつ心優しい少年。

キリスト教が下地となっている影響もあり、かなり教訓的ではありますし、児童文学なので“いい話”でまとまってはいますが、侮ることなかれ。

大人になった今、読むことで、登場する大人たちの考えが痛いほどよくわかり、少年の純粋さになんとなく後ろめたい気持ちになります。大人になるということはピュアではいられないということ。

誰もが大なり小なり不安を抱えている現代に生きる大人たちにこそ読んでいただきたい、大人のための童話。

この作品を寓話だとか風刺だとか、そんな解釈をするよりも、“本当に少年みたいな子がやってきて、本当に世界が花で満ちて、本当に明日を楽しみにできたらなぁ……”とまっすぐに受け止めたくなる一冊でした。

自分の中の一欠片だけでも、少年のような真っ直ぐな心をもって暮らせたら……。

初版は60年前。戦争や差別が絶えない世界でこんなにきれいな物語を生み出せる人がいるのだから、きっと大丈夫。

この本を初めて読んだあの日から、私の心の中には私にしか見えない“みどりのゆび”が存在しています。

心の片隅にあなたも、ぜひ。

2. 今村夏子『星の子』

2

「……僕は、僕の好きな人が信じるものを一緒に信じたいです」

もし、自分が好きな人が自分の常識からすると“信じがたいもの”を信じていたとしたら……。

本作は、病弱な主人公と新興宗教に傾倒していく両親、その過程で崩壊していく家族の物語。

宗教二世小説は、善悪や白黒がはっきりと描かれることが多い印象がありますが、この作品は多くのそれらとはまるで違います。

装丁の綺麗な星空と、「星の子」の文字。映画化もされている本作品ですが、どうか今村夏子さんの紡ぐ“文字”でも感じていただきたいです。

見えている星を見えないといい、見えるまでここにいようという。

満天の星空を並んで眺める三人。見えた? ううん。見えた! 見えない。……自分だけが見えていないのか、自分にだけ見えているのか。見えているものは本当に同じなのか、違うけれどそれでいいのか。

信じられるから信じているのか、信じたいから信じていくのか……。頭の中で正解を探そうとするけれど、きっと、どれも違っていて、探すのを辞めました。正解でも不正解でもない、主人公にとっての宗教は家具のようなものなのかもしれません。

たとえるなら“明るい不穏”とでもいうのでしょうか。

この読み味、行間には抱え込みたい胸苦しさが詰まっています。私がこの物語を通して、誰を、何を、どういう意図で心に置いておきたいと感じたかは、あえて伏せさせていただきます。

居心地のいい場所で見たいものだけを見ていける幸せを、ひっくり返したくなる物語。あなたにとっての推しもここにいるかもしれません。

3. 恩田陸『蜜蜂と遠雷』

1

久しぶりに夜更かしをして、一気に読んだ本作品。

長大作にはなりますが、読み始めたら止まりませんでした。ページをめくるスピードと文字を追う目の動き、頭の中、それぞれのスピードがまるで違うのだけれど、ゆっくりと纏まっていく不思議。

物語では、ピアノコンクールで火花を散らす若者たちの白熱のたたかいが描かれていきます。

恩田陸さんは大好きで、常々天才だとは思っていましたが、今回は“言葉”だけで、一人ひとりのピアノの音の感触まで感じさせてきて、聞こえないはずの音や振動に胸が震えました。

映像化もされた今、もちろん受け取りやすいのは映画のほうかもしれません。でも、やはり本は想像力をかきたてられます。特にこういった芸術がテーマの作品は、自分の中にある最大限の想像力をもって読まなければいけません。

……でも、それが面白い。面白いにもほどがある。

本作を読んでいる間はずっと、この本が好きだ……と感じながら読み進めていました。音楽の知識などがあまりなくても読んでいて伝わってくるものがあります。

冷静になれば、けっこうベタな設定ではあるかもしれませんが、それゆえに描くのは難しいもの。ひとつの美術館を見終えたような読後感でした。

聞こえないのに聴こえる、私の大切な推し小説です。

■“推し”を探しに……

ページをめくるたびに出会える“推し”、まだまだ本の中に書かれています。

どうぞ、あなたも新しい推しを探しに本の世界へ旅してみてください。

思いもよらないまさかの一冊に、一生忘れられない素敵な出会いが隠れているかもしれません。

新連載のお知らせ

--------------------------------------------------------
★DRESS 連載:『ときめきセルフラブ』について★
--------------------------------------------------------
自分の“好き”を探求しながら、オトナの性をもっと楽しく、自分らしく楽しむヒントをお届けします。セルフプレジャーブランド「ウーマナイザー」監修のもと、商品ごとの魅力や楽しみ方を徹底解説も……。

⬇︎第1回は、こちらから⬇︎
「ウーマナイザーに男性向けもあるって知ってた?【ときめきセルフラブ #1】」

元記事で読む
の記事をもっとみる