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「トレンド」という時間の制限から解放され、音楽もファッションも、より自由なものに

  • 2025.9.1
Photo_ Karl Lagerfeld Talent: Florence Welch
Photo: Karl Lagerfeld Talent: Florence Welch

3・11の東日本大震災後に聴いた曲はなんだったか、覚えているだろうか。私が震災後に初めて泣いたのは、ラジオから流れてきたドリカムの「何度でも」を聴いたときだった。泣きながら一緒に歌って、SNS上で全国のリスナーたちと合唱した。音楽が魂に作用することは、確かにある。そして2011年のあの日以来、私は私服でヒールを履くことはなくなった。いつでも走れるように、長い距離を歩いて帰れるように。身体に刻まれた記憶は、褪せることがない。

14年の時の流れは短いようで長い。音楽とファッションの関係を特集した2011年10月号には「歌姫たちの相関図」なるものが載っている。その中心の女王は、ブリトニー・スピアーズ。彼女にもいろいろなことがあった。今やコスメビジネスでビリオネアとなったセレーナ・ゴメス、やはりアパレルビジネスでビリオネアとなったリアーナの名もある。ライブ収益でビリオネアとなったテイラー・スウィフトは相関図に名はないが、このときすでにカントリーシンガーとして成功していた。長い戦いの末についに彼女が自身の原盤権を買い戻した先日のニュースは、感慨深いものがある。

音楽についての個人的な記憶だが、高校時代の親友は、ヘヴィメタのファンだった。カバンの中には「BURRN!」というヘヴィメタ雑誌とポータブルプレイヤーと弁当だけ。授業中はイヤフォンのコードを長い髪で隠し、小さくヘッドバンギングしていた。私は彼女の音楽的志向には全く感化されなかったが、しかしそんなヘヴィメタ好きな彼女が好きだった(変わり者って素敵だ)。カリフォルニアに引っ越した中学時代の友達は、日本に遊びに来るたびに80年代末のアメリカの高校生が聴いていた曲入りのカセットテープをくれた。マイケル・フォーチュナティやリック・アストリー、Mel & Kimなど、今検索すると動画が上がっていて、あふれる80年代らしさと素朴なダンスがキラキラと眩しい。片道2時間近い通学時間に満員電車で聴いたデビー・ギブソン、ティファニー、そして当時周囲の誰も興味を持ってくれなかったが私だけは熱聴していた久保田利伸。ニューヨークで暮らす姉を訪ねて一人で乗った直行便では、窓の外を眺めながら杏里のアルバムを無限ループで聴いた。翌年、インドに単身赴任している父を訪ねてニューデリーに滞在したときには、姉がくれたマリア・カラスの『カルメン』のカセットテープを聴きこんだ。90年代には代々木体育館なんかで欧米のグランドオペラの日本公演がしょっちゅう行われていたので、大学に入るとバイト代を貯めては見に行った。あれは渋谷のHMVだったかタワレコか、WAVE だったかもしれない。ジャケットが気に入った知らないバンドのCDを買ったら、まだ新人のOASISだった。渋谷のCD屋に行ってジャケ買いするのは当時の楽しみの一つだったのだ。部屋ではラジオでJ-WAVEを聴いて、気に入った曲名とアーティスト名を覚えて店に行く。まだストリーミングというものがこの世に現れる前のことだ。

80年代の日本では流行りの音楽も流行りの服も、みんなと同じもの、最新のものがいいという時代だったように思う。それが私の周囲でも多様化してきたのは90年代で、「ああいい時代になったな」と思ったのを覚えている。PUFFYが力の抜けたヴィンテージファッションで世に衝撃を与え、小沢健二の『LIFE』が流行っていた頃だ。私は詳しくもないアシッド・ジャズなんかを聴きながら95年に放送局で働き始め、やがて99年に創刊されたばかりの『VOGUE NIPPON』にかぶれ、的外れに攻め過ぎた服装で通勤しては、職場で完全に浮いていた。当時の誌面は欧米の影響が強い印象だったが、ここ数年来はアジア人スターが何度も『VOGUE JAPAN』の表紙を飾り、K ー POPアイドルがブランドのアンバサダーに数多く就任している。

音楽もファッションも、時の流れから解放されて久しい。ストリーミングでいろんな時代の音楽と出会えるし、ファッションもSNSから多様な情報を得られる。00年代生まれの息子たちが、私の知らない昔の曲を先入観なく聴いている。新しさや知名度よりも好きかどうかが大事にされるのは健全なことだ。私は最近、ドーチーチャペル・ローンをよく聴いている。ちあきなおみも聴く。ときおり夏川りみも熱唱する。一貫性はないが音楽に救われている。そして15年ぶりに着物を着るようになった。10年20年でも古びないのが和服のいいところだ。 人生を豊かにしてくれるのは最新の情報だけではない。幸せに賞味期限はないのだから。たった3分の音の高低の組み合わせで気分が晴れる魔法も、生地を縫い合わせて身に纏うだけで幸せになれる奇跡も、等しくみんなに開かれている夢なのだ。周囲と全然好みが違っても、昨日の自分と違っても、私たちは服を纏い、音楽を聴く。あとでちょっと気恥ずかしくなることも含めて、それは愛おしい、大切な生の記憶である。

Photos: Shinsuke Kojima (magazine) Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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