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話題の“ドーパミンドレッシング”とは?ファッションは「どう見られるか」より「着てどう感じるか」の時代へ

  • 2025.8.24

色が気分を変える──パンデミックが生んだ“幸福を纏う”習慣

「ドーパミンドレッシング」という言葉がSNSで広く注目を集め始めたのは、2020年代前半。原色のハッピーカラーやプレイフルなテキスタイルが、鬱屈とした社会の空気を切り裂くように鮮やかに登場した。カラフルな色や遊び心あるデザインを身にまとうことで、脳内の「幸福ホルモン」ドーパミンが分泌され、気分が上向く──そんな心理的効果を期待するムーブメントだ。背景には、コロナ禍による外出制限や閉塞感、そして高まるストレスがある。リモートワークや自宅生活のなかでも、服装で日々の喜びを見出そうとする動きと共振し、この潮流は瞬く間に広がっていった。

やがてファッション業界もその空気を取り込み、ランウェイや広告キャンペーンは鮮やかな色彩であふれ出す。ビビッドなピンクやフレッシュなグリーン、エネルギーを帯びたオレンジが「ポストコロナの着こなし」として受け入れられ、レッドカーペットでも派手色のドレスやスーツが主役に躍り出た。それは単なる色彩トレンドではなく、自己解放やポジティブさの象徴として機能したのだ。だが、ドーパミンドレッシングは“色”だけで語りきれるものではない。

ランウェイが物語る、新しい“感情”の表現

ミュウミュウ 2025-26年秋冬コレクション
ミュウミュウ 2025-26年秋冬コレクション
サンローラン 2025-26年秋冬コレクション
サンローラン 2025-26年秋冬コレクション

2020年代半ば、クワイエット・ラグジュアリーの台頭を経た2025年のファッションは、“もっと静かに感情と向き合う”方向へも歩み始めている。2025-26年秋冬のランウェイを覗けば、ミュウミュウ(MIU MIU)はシンプルなルックにビビッドな差し色を効かせ、サンローラン(SAINT LAURENT)は色彩とダイナミックなシルエットを融合。艶やかなサテンや透け感のあるシースルーなど、素材の質感を前面に押し出した。一方、ザ・ロウ(THE ROW)、プラダ(PRADA)、ジル サンダー(JIL SANDER)、ディオール(DIOR)、ジバンシィ(GIVENCHY)といったブランドは、抑えた色調のなかに緊張感と静けさを同居させた。

プラダ 2025-26年秋冬コレクション
プラダ 2025-26年秋冬コレクション
ジバンシィ 2025-26年秋冬コレクション
ジバンシィ 2025-26年秋冬コレクション
ジル サンダー 2025-26年秋冬コレクション
ジル サンダー 2025-26年秋冬コレクション

いまや「ドーパミンファッション」には二つの側面がある。派手色やアシッドカラー、異素材ミックスで感情を爆発的に高める「ドーパミンチャージ」と、ベージュやグレー、ネイビーといった穏やかな色で心を整える「ドーパミンファスティング」だ。そしてこの二つは色彩だけでなく、素材・シルエット・ディテール・着こなしの文脈にも広がっている。

装いが描くのは、感情の振れ幅

「ドーパミンチャージ」では、スパンコールやラメ、メタリック、フェザーなど光や動きで感覚を刺激する素材、大胆なオーバーサイズや構築的シルエット、遊び心ある刺繍やアップリケが典型例。祝祭や旅を想起させるストーリー性のある服も、感情を押し上げる。一方「ドーパミンファスティング」は、カシミヤや極細ウール、シルクなど触れるだけで安心感をもたらす素材、装飾を削ぎ落とした直線的なラインや身体に沿うフォルム、視覚的ノイズを減らした静かなディテールが基調となる。動きやすく制約のないデザインや、余白を感じさせるレイヤードもその静けさを際立たせる。

カラフルもニュートラルも、ファッション史の中で繰り返し現れてきた。しかし今の時代が異なるのは、“心理的ウェルビーイング”を軸に服を選ぶ価値観が根づきつつある点だ。これはZ世代のライフスタイルやメンタルヘルス意識とも密接に結びつく。SNS断ちやマインドフルネス、セルフケアといった習慣が広がるなか、ファッションは「気分の調整装置」として再定義されつつある。感情や気分に合わせて服を選ぶだけでなく、服によって感情や気分を能動的に生み出す。COVID以降、「弱さ」と向き合うことは恥ではなく、健やかに生きるための大切な行為として受け止められている。ニューロダイバーシティへの配慮を示すブランドも増えている。

ニューロダイバーシティとは?

ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)とは、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)、ディスレクシアなどを含む、脳や神経の働き方の多様性を自然な個性として尊重しようという考え方。1990年代に社会学者ジュディ・シンガーが提唱し、教育や企業のダイバーシティ&インクルージョン施策にも広がっている。

いまの潮流の中心にあるのは、「着てどう見られるか」ではなく「着てどう感じるか」という軸だ。パンデミック期に培われた“色で気分を変える”という手法は、いまでは素材選びやシルエットの工夫として日常に溶け込み、スタイルの幅を広げている。ファッションは単なる外見の演出ではなく、“感情の翻訳装置”として機能し始めている。ドーパミンを意識したスタイルは、服を「自分を整えるための技術」として再び捉え直しているのだ。

Photos: launchmetrics.com Text: Ko Ueoka Editor: Saori Yoshida

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