1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 【黒柳徹子】「日本の元祖スーパーモデル」と呼ばれるカリスマ、山口小夜子さん

【黒柳徹子】「日本の元祖スーパーモデル」と呼ばれるカリスマ、山口小夜子さん

  • 2025.8.9
黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第39回】ファッションモデル、女優、パフォーマー 山口小夜子さん

今回、私の話から始まってしまって恐縮ですが、この7月、軽井沢に「黒柳徹子ミュージアム」がオープンしました。5月中旬から6月下旬まで横浜のそごう美術館で開催されていた「GLAM-黒柳徹子、時代を超えるスタイル-」展では、私がこれまでテレビ番組や舞台などで身につけてきた衣装を中心に紹介するほかに、私の趣味である食器、ガラスの文鎮、犬筥(いぬばこ)などのコレクションを展示していて、軽井沢の美術館でも、ラインナップはそんなに変わりません。過去の衣装をずらりと並べてみて思うのは、やっぱり私は個性的な洋服が好きなんだな、ということ。「好き!」と思って「これください!」と言うまでに1秒もかからないほど決断は早いですし、服装というのは、その人らしさがあることがいちばんだと思うので、人から多少変だと思われようが、私は全く気にしません。

ただ、そう思えるようになるまでには、私なりの紆余曲折がありました。音大卒業後、NHK放送劇団に入団して、NHK専属のテレビ女優第1号になったとき、私は恐ろしいまでに失敗を繰り返します。今でいうエキストラ的な役なのに、自分の好奇心が抑えられずに大きな声を出して目立ってしまったり、通行人のはずが、不自然な速さでカメラの前を横切ってしまったり。何度注意されても演出家さんの言う通りにできなくて、「個性が邪魔!」とか「個性を引っ込めて!」と言われることもしょっちゅうでした。

そんな私を救ってくれたのが、ラジオドラマのオーディションに合格したときに、原作者の飯沢匡先生からかけられた「あなたの、そのままが、いいんです」という言葉でした。自信をなくしているときに、誰かに自分を肯定されることは、毎日を生き生きと生きる上での自信につながります。それから、個性派の時代が訪れ、令和の今は「多様性」を肯定することが当たり前になりました。今は、SNSのような便利なツールが生まれたおかげで、匿名で人を誹謗中傷するようなことも容易に行われてしまって、「便利だけれど生きづらい時代」などと言われます。でも、「オールドミス」といったセクハラ、モラハラが当たり前だった時代に比べたら、他人の個性やルーツを尊重するという考え方が浸透している現代は、それなりに進化している側面もあると思います。

なぜ長々とこんな話をしたのかというと、今回お話しする山口小夜子さんは、「パリ・コレに出演するためにパリに来てほしい」と招待を受けたとき、“小夜子はそのままでいい”と言われたという話が、私とそっくりだと思ったからです。1970年代のニューズウィーク誌では「世界の4人の新しいトップモデル」と称され、今でこそ「日本の元祖スーパーモデル」と呼ばれるカリスマですが、その出発点には、「自分を肯定してくれる人との出会い」があったのです。西洋人と全く異なる黒髪、切長の目、小さい鼻を持つ小夜子さんに対して、「そのままでいい」と言った人は、それまでいなかったんですって。だから、西洋人から「そのままで」と言われるまでは、ずっと孤独だったんだと思います。

小夜子さんと私は、特にプライベートで深い親交があったわけではありません。でも、「徹子の部屋」にも出演していただいたことがありますし、国内外での活躍ぶりを耳にしたり、「ただ洋服を綺麗に着こなす女性というだけでなく、人とのコミュニケーションが苦手で、内に籠もりがちな少女が、着るという仕事の中でだんだん自分を解放させていった」という、人ととしての背景を知るうちに、とても知的で個性的な思想を持った素敵な人だなぁと注目するようになりました。

2015年に東京都現代美術館で開催された「山口小夜子 未来を着る人」展の図録には、私が「その通りだわ!」と膝を打つようなメッセージがいくつもあります。少し長いですが、私が特に感銘を受けた文章を引用します。

「私たちは……一人では生きていけないのです。だから……自分のことだけを考えるのではなく、他に対してこころを向けてほしいのです。あきらめないで……見返りを求めないで接してみてください。水や植物、鉱物、動物、機械、そして他人に対して……。

自分中心になりがちな中で、他の物や人の立場に置き換えてみるこころが、ほんの少しでも生まれたら、すてきなことでカッコイイことです。そのこころが幸せへの第一歩であり、ファッションなんです」

小夜子さんの美しさの源は、間違いなく、その“カッコイイこころ”にあるのだと私は思うのです。

山口小夜子さん

ファッションモデル、女優、パフォーマー

山口小夜子さん

1949年生まれ。神奈川県横浜市出身。’72年にファッションモデルとしてパリ・コレクションに参加。たちまちトップモデルとなる。’73年、資生堂の専属モデルになり、並行して、寺山修司などとの舞台や、山海塾、勅使川原三郎のダンス・カンパニーと協働。ほかにもオペラや演劇の衣装デザイン、糸あやつり人形劇団・結城座のために人形をデザインするなど、舞台制作にも関わる。アンダーグラウンドでDJや朗読者として活動するほか、さまざまな表現活動が融合するパフォーマンスを展開。最晩年には日本人のルーツと現在を探るプロジェクト「蒙古斑革命」を立ち上げた。2007年急性肺炎のため急逝。享年57。

─ 今月の審美言 ─

「日本の元祖スーパーモデル」と呼ばれるカリスマですが、その出発点には、「自分を肯定してくれる人との出会い」があったのです。

取材・文/菊地陽子 写真提供/時事通信フォト

元記事で読む
の記事をもっとみる