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創業者への愛を込めて──ヴェロニカ・レオーニが作る、カルバン・クラインの新たな時代

  • 2025.7.15

5月初旬の雨の日カルバン・クライン コレクション(CALVIN KLEIN COLLECTION)を率いるローマ出身のクリエイティブ・ディレクター、ヴェロニカ・レオーニは本社があるニューヨーク市内のガーメント地区で2026年春夏コレクションのフィッティングを行っていた。ローマの「カジュアルで脱構築的な美しさ」とニューヨークのストリートが刻むアップテンポなリズムを融合させる。彼女はドレストレンチコートを入念にチェックしながら、新生カルバン・クラインのコレクションを支えるこの国をまたいだビジョンに磨きをかけようと、微調整に余念がない。

6年間ランウェイから遠ざかっていたカルバン・クラインは、現代アメリカの卓越したミニマルファッションの旗手という地位を取り戻したいと考えている。そこに登場したレオーニは42歳、ところどころに白髪が混じる髪を後ろにかき上げた、溌剌とした妖精のような存在だ。ミシンを置いたテーブルと吊るされたサンプルであふれる素っ気ないアトリエ。その隣にある白壁の部屋で私たちが会ったとき、彼女はオーバーサイズのグレーのボタンダウンシャツにドローストリング付きの黒のドレスパンツ、足元はマルジェラのタビブーツという装いだった。レオーニがデザイナーやパタンナーと服を吟味しているそばで、テーラーや裁縫師たちが作業をしている。

「実は、私の中でのトレンドは『カオスと無秩序』なんです」と彼女は笑う。「でも、私は完璧主義者のさらに上を行くので、遠くからでもパターンの問題点が分かるし、90度の角ひとつとってもこだわりがあります」

2025-26年秋冬シーズンのデビューコレクションは、ニューヨーク・ファッションウィークで最も期待されたショーのひとつとなった。カルバン・クラインが2018年にチーフ・クリエイティブ・オフィサーのラフ・シモンズと袂を分かち、ラグジュアリーコレクションの終了を決定して以来、初めて同ファッションウィークで発表されたコレクションでもある。現在、80代前半の創業者カルバン・クラインは、2003年にブランドをファッションコングロマリットのPVHに売却しているが、レオーニのショーにはケイト・モスクリスティ・ターリントン、写真家のマリオ・ソレンティら、ブランドの黄金期を支えた面々とともに姿を現した。ソレンティは1993年、当時付き合っていた10代のモスを被写体として、カルバン・クラインの『オブセッション』のキャンペーンのためにセンシュアルな作品を撮り下ろした。レオーニの母親はローマから駆けつけ、精肉店を営む弟は子どもふたりを連れて来場。また、カルバン・クラインのアンダーウェアキャンペーンに抜擢されたグレタ・リーバッド・バニーの姿もあった。

軽やかに纏う、ミニマルシック<br /> 新生カルバン・クライン コレクションを纏うのは、ニューヨークのMCCシアターで上演中の舞台『Trophy Boys(原題)』とドラマシリーズ『ギルデッド・エイジ –ニューヨーク黄金時代-』シーズン3に出演している俳優のルイーザ・ジェイコブソン。
新生カルバン・クライン コレクションを纏うのは、ニューヨークのMCCシアターで上演中の舞台『Trophy Boys(原題)』とドラマシリーズ『ギルデッド・エイジ –ニューヨーク黄金時代-』シーズン3に出演している俳優のルイーザ・ジェイコブソン。

ショーの前日、レオーニがクラインとコーヒーを飲んでいたとき、「彼は『ショーの準備があるのに、どうしてこんなに僕と一緒にいられるの?』と尋ねてきました」とレオーニは回想する。「彼となら、何時間でも過ごすことができました」。クラインは彼女に、コレクションはもう自分のものなのだから、好きなようにしていいと言ったという。レオーニがその言葉に泣かなかった唯一の理由は、「ストレスがたまりにたまっていたから」だった。

クラインの元妻ケリー・クラインもショーの前にフィッティングに訪れ、20年ぶりに本社に戻ってきたことに感動しているようだった。それはモスも同様で、「私が初めてキャスティングを受けにきたのと同じビルに戻ると、いろいろな思い出がよみがえってきます。ドアマンもアトリエもあのころのままで。ヴェロニカは服にフレッシュなエネルギーをもたらしているけれど、カルバンがかつて生み出していたタイムレスなミニマルシックを尊重しているのが分かります」と語った。

丁寧に仕立てられたルックは洗練され、クリーム、グレー、黒、カーキのミニマルなパレットに、時折、差し色が鮮やかなアクセントを添えていた。多種多彩なロングコートには、トレンチ風や、ロングブレザーのスタイルで肩パッドが入ったものや隠しボタンを配したもの、低いネックラインと大げさなほど長い袖が特徴的なものもある。オーバーサイズのスカーフは無造作に巻かれ、スリムなコートや繊細なブラウスを合わせていた。ピンクや赤のフェミニンさが際立つドレスと、肌を隅々まで覆い隠すような厳格な雰囲気のドレス、流れるようになめらかなスカートスーツが、コントラストを演出している。

レオーニは、タクシードライバーやオフィスに勤務するセクシーな女性といったニューヨークの都市伝説的なキャラクターと、彼らの服装の「研ぎ澄まされたシンプルさ」からインスピレーションを得たという。ショーのレビューは賛否両論だった。多くの人がコレクション全体の洗練された美しさを賞賛する一方で、もっとセクシーでノンシャランな服が必要だという声もあった。

「批評は耳に入っているし、今、まさにそれと向き合っているところです」とレオーニは言い、こう続けた。「ちょっとオタクっぽいセクシーさが好きなんです。何気ない仕草から生まれるフェティッシュさというか」。少し短めの袖からのぞく手首や、テーラードスカートからのぞく膝などを見たときのドギマギする感じが、彼女の言う何気ないフェティッシュさだ。

彼女の友人でモデルのギネヴィア・ヴァン・シーナスは、大きく開いたVネックとロングスカートの黒いドレスを着てショーを訪れた。ウエストに巻き付く紐が裾を通り、スカートにギャザーを寄せるデザインのそのドレスを、ヴァン・シーナスは「ユニークでセクシー。しかも実用的で着心地もよかった」と言う。

カルバン・クラインがセクシーなイメージを纏うようになったのは、ウェアがきっかけではない。むしろ、ウェアは一貫して控えめだった。カルバン・クラインをホットなブランドに仕立てたのは、下着とフレグランスのキャンペーンである。(そして、今でも至るところで目にするこの下着こそが、40億ドルにも及ぶブランドの売上を牽引する主力商品だ)。

PVHの最高経営責任者であるステファン・ラーションは、「カルバン・クラインは、現代アメリカのスタイルとファッションと呼ぶべきものを作り上げました」と言い、レオーニを起用した理由については「彼女はこのブランドのDNAに対する真の理解と愛情を示してくれました。同時に、それを自分の視点で見るという本当に力強い、クリエイティブなビジョンを持っていました。これまで彼女がやってきたことすべてが、今この瞬間を迎えるために、彼女を鍛え上げてきたのだと感じます」と説明した。

「この業界で自分を居場所を得るために、ベストを尽くしたい」

ローマ郊外で生まれ育ったレオーニは90年代、ほかのティーンエイジャーと同じようにブリーチデニムにオーバーサイズのシャツを着ていた。「『CK One』世代のひとり」と言う彼女は、スケーターやグランジといった時代の空気を漂わせた中性的なフレグランス・キャンペーンに思いを馳せた。両親は最近までカフェバーを営んでおり、祖母は家族のために服を仕立てていた。レオーニが愛用していたネイビーのウール生地で作られた膝下丈のプリーツスカートも、祖母のお手製だった。レオーニは祖母から裁縫を習い、やがて人形の服をスケッチしたり、水着をかぎ針で編んだりするようになった。

13年間に知り合った、映画のキャスティングディレクターである41歳の妻のサラ・カザーニと、現在はモンテベルデのアパートで一緒に暮らしているレオーニ。私たちはそこで、話に花を咲かせている。ふたりは2023年に結婚した。晴れの日には、レオーニが2021年立ち上げたブランド、クイラのスーツを揃って纏ったという。「ローマにある有名なクラブで友人たちが企画したダンスパーティーで出会いました」とカザーニ。「ヴェロニカはそっけない態度で自己紹介して、私のタバコを吸いながらミラノに住んでいると言いました。それから数カ月後に再会したのですが、その時初めて、私たちがほんの数キロしか離れていない場所で育ったことが分かったのです。私たちはその晩、ずっとおしゃべりしっぱなしでした。彼女の自信と献身的な態度に心を打たれ、同時にとても野心的な人だと感じました」

そう語る相手と結婚したレオーニは今、ふたりで暮らすアパートメントとニューヨークのホテルを行き来する日々を送っている。(コレクションの制作も同様で、半分はニューヨークのアトリエで、もう半分はイタリアという具合だ)。レオーニがこの日着ていたのは、袖をまくったゆったりとした白いボタンダウンのシャツと、膝が破れたダメージデニム。リビングルームは「フリーダ・カーロを意識した」という、サボテンが生い茂る庭に面している。廊下には、「こんな仕事はやめて踊りに行こう」と書かれた絵が額装されていた。

「彼女はとても優しくて、物静かで謙虚ですが、すべての行動の根底に、彼女のこれまでの歩みが感じられます」と語るのは、レオーニとよくアート鑑賞に出かけるヴァン・シーナスだ。(フィッティングの後、レオーニと私はフランシス・ピカビアの絵画展を見にハウザー&ワースに行った。作品のひとつは、青や赤の色がレオーニの手がけるコレクションに登場するものとまったく同じだった)。

アートに囲まれた暮らし<br /> レオーニのローマの自宅は、これまで集めてきたアート作品であふれている。〈左〉バート・スターン作《Marilyn Monroe Crucifix II》 © BertSternTrust 〈中央〉クリスタベル マクグリービー作 花瓶 〈右上〉ルーク・チズウェル(Tappan)作
レオーニのローマの自宅は、これまで集めてきたアート作品であふれている。〈左〉バート・スターン作《Marilyn Monroe Crucifix II》 © BertSternTrust 〈中央〉クリスタベル マクグリービー作 花瓶 〈右上〉ルーク・チズウェル(Tappan)作

レオーニは数学が得意で、建築を学ぼうと思っていた。だが、進路を決めるタイミングで、母親からローマの大学がファッション学のプログラムを始めたと教えられた。そこで学位を取得した後、レオーニ曰く「自分の手を動かしていろいろなものを作ってみたい」と思うようになったという。それから彼女は家族経営のファッションブランドでインターンを経験し、デザインに関わるあらゆる業務に携わった。そしてジル サンダーJIL SANDER)でニットウェアをデザインする仕事の面接を受けたのだが、そのときに着ていた白いクレープデシンのシャツは、今でも大切に持っている。「あのシャツは、私の一生のお守りになるでしょう」とレオーニは笑う。「忘れもしない。午前7時、フォーシーズンズ・ミラノ。あの瞬間から、すべてが始まったのです」

あのころが、レオーニにとって人生で最も楽しい時期だった。「私たちは最高にワイルドで、とても楽しかった」と彼女は当時を振り返る。レオーニは仲良しグループの面々とクラブで踊ったり、ライブに出かけたりした。「それから心を入れ替えて、ミラノを離れ、ロンドンに移りました」。そして2014年、彼女はセリーヌCELINE)に入社し、フィービー・ファイロの下で「ファッション業界で一番ホットなブランド」に携わった。

こうして週に2回パリに通い、週末はローマに飛んでカザーニに会うという「クレイジーな三拠点生活」をしばらく続けた後、2017年末にセリーヌを辞してローマへ戻った。続いて、レモ・ルッフィーニ率いるモンクレールMONCLER)で高機能なアウターウェアのカプセルコレクションのデザインを手がけたが、「やりたいこととはまったくテイストが異なる」ものだったこともあり、2021年に祖母のキリーナにちなんで「クイラ(QUIRA)」と名付けた自身のブランドを立ち上げた。

「自由を得るチャンスだった。自分のやり方で勝負をするチャンスでした」とレオーニは言う。ドラマティックなフォルムと意外性に満ちたディテールでシャープに仕立てられたクイラの服は、“知的で繊細な女性”というコンセプトのもとに作られており、「ミニマリズムを絢爛豪華と言えるようなレベルまで引き上げる」ことを目指していた。現在は休止中だが、クイラはLVMHプライズの最終選考にも残った。「そして、メアリー=ケイト(オルセン)が私の人生に登場しました」。オルセン姉妹ヨーロッパで存在感を増す中で、レオーニはザ・ロウTHE ROW)に雇い入れられた。だが2023年にはカルバン・クラインから今のポジションの話を持ちかけられ、2024年秋、彼女は同チームに加わることとなった。

レオーニはカルバン・クラインを率いる初の女性デザイナーであり、現在、大手のファッションブランドを指揮する数少ない女性のひとりだ。「私は特別に恵まれていると感じています。同時に、恵まれていると感じることをとても残念に思っています。私は(この業界で)自分と同じ立場に就いているすべての人たちと、何ら変わりない心持ちでチャレンジがしたい。つまり、公平で勢いがある市場で、自分の居場所を得るためにベストを尽くしたいと願っています」

異なるエネルギーをもたらしてくれる、ふたつの街

ローマ教皇フランシスコが亡くなった数日後、春の陽射しが暑く感じる昼下がりに、私たちは静かなホテルの中庭で昼食をとった。平日に街中でゆっくりとランチを楽しむというのは、レオーニにとってある意味新鮮な体験だ。何年もの間、複数の都市を仕事で飛び回ってきた彼女だが、地元で腰を据えて仕事をするのは今回が初めてだ。ついに故郷に自らの拠点を築いたのだ。「スケジュールはある意味で自然と決まっていきます。イタリアにいるべきときもあれば、ニューヨークにいる方がより重要になることもあります。ニューヨークは、ローマとはまったく異なるエネルギーをこのプロジェクトにもたらしてくれます。自分自身とブランドに忠実なままでいるか、確認するための場でもあるのです。継続性とダイナミズムを注入してくれるのが、ニューヨーク。一方、ローマはより脱構築的で、ある種のカジュアルな魅力や、美とのよりあたたかな関係をもたらしてくれます」

友人や家族も、彼女が身近にいる日常に慣れつつあるようだ。誕生日パーティーに顔を出せるし、突然の映画の誘いにも応じることができる。仕事以外の時間は、庭のサボテンの手入れをしたり、新しいレストランに挑戦してみたり。(とはいえ、ニューヨークに到着したら、スマッシュバーガーとフライドポテトを欠かさず食べるのだとか)。カザーニと一緒にインディペンデント系の映画館や劇場へ足を運び、コンテンポラリーダンスやバレエから音楽のライブまで、なんでも楽しんでいる。「立って叫んで、歌いまくる」レオーニが今度観に行くのはビリー・アイリッシュのライブだ。

燃えるような赤<br /> 今秋開催されるサブリナ・カーペンターの「ショート・アンド・スウィート」ツアーに出演予定のシンガーソングライターのアンバー・マークが着用するのは、鮮やかなレッドが目を引くカルバン・クライン コレクションのドレス。
今秋開催されるサブリナ・カーペンターの「ショート・アンド・スウィート」ツアーに出演予定のシンガーソングライターのアンバー・マークが着用するのは、鮮やかなレッドが目を引くカルバン・クライン コレクションのドレス。

ローマにある彼女の新しいデザインスタジオは、市内の緑豊かな丘の上にあり、多くの観光スポットからは離れているが、アパートからは徒歩圏内だ。若手イタリア人デザイナーの多くがキャリアのスタート地点に選ぶヴァレンティノVALENTINO)やフェンディFENDI)といった伝統ある大手メゾンで働いたことがない彼女は、この業界では“よそ者”と言えるかもしれない。彼女のスタジオは明るく開放的で、庭に通じるドアがいくつかある。メインルームには大きなムードボードとサンプル用の棚が立ち並び、レオーニはそこで少数精鋭の多彩な顔触れのチームとともに、9月に発表する春夏コレクションに取り組んでいる。レオーニは課せられたタスクは、年に2回、ショーを行いコレクションを発表ことだけだ。「創造性を発揮するためにも、もう少し長く時間を取れるようにしたいと思っています。ここは実験ができる場所なんです」。今はパタンナーや工場とルックを製作する前に、シルエットやフォルム、ボリューム、雰囲気などをあれこれ試しているところだ。

「春だから、できるだけ軽やかさを取り入れたい」と語るレオーニが探究しているのは、80年代のアメリカのテレビ番組『ダイナスティ』から連想される「ウルトラフェミニン」とアメリカングラマーだ。「母が夢中だった番組です」と言うレオーニは今、コットンの服を1枚羽織るだけで、一瞬にして簡単にドレスアップした気分になるにはどうしたらいいか考えるのに夢中だ。「生地でいろいろ遊ぶのが大好き。服が生地を選ぶのではなく、生地が服の形を決めるのだと思っています。ポプリンもコットンも私のお気に入りで、白のシャツは私にとって最も重要なアイテムです」

ビジネス面で言えば、カルバン・クライン コレクションは流通網の構築や、卸売、小売業者との提携に着手したところだ。「もう一度、ゼロからのスタート」と言うレオーニが次のコレクションで目指しているのは、分かりやすさ。つまり、ラベルを見る前にそのアイテムがカルバン・クラインであることが分かるような、視認性の高いコレクションだ。単にアーカイブのルックを再利用するのではなく、クラインが引退した後に残したものを引き継ぎ、そこから革新性を生み出そうとしているのだ。

「ノスタルジーに浸るのではなく、生き生きとしたエネルギーを与えるという視点で過去を見て、今という時代に引き寄せたいと考えています。ここで生まれる対話は、真新しいもの。過去に惹かれ、誘惑されることはあっても、骨抜きにされないように心がけているんです」

Leoni: Produced by Circus Studios.

For Jacobson and Mark: Fashion Editor: Max Ortega. Hair, Sonny Molina; makeup, Yumi Lee. Produced by artProduction.

Text: Alexis Okeowo Adaptation: Anzu Kawano

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