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「かなり賑やかなものになりそう」──メゾン マルジェラの新クリエイティブ・ディレクター、グレン・マーティンスがデビューショー直前に語ること

  • 2025.7.9

ファッションデザイナーの物語が、ハンバーガーチェーンのバーガーキングで幕を開けるなんてことは滅多にないのではないだろうか。しかし、グレン・マーティンスメゾン マルジェラMAISON MARGIELA)のクリエイティブ・ディレクターに就任した2025年1月下旬のある日、彼がいたのはまさにそのバーガーキングだった。マーティンスは今、勢いに乗っているせいか、どっと笑いながらその瞬間を振り返る。「ノルマンディーの田舎に家を買ったばかりのことでしたね。そこに4日間ほど滞在していたのですが、電気も暖房もないから、火を起こして暖を取って、シャワーも浴びずに過ごしていたんです。月曜の夜、私は煤まみれで、髪に藁もついた状態でパリへと車を走らせていました。すると夜8時ごろに弁護士から電話がかかってきて、『すぐに車を停めてください!』と言われたんです。だから近くにあったバーガーキングに寄って、そこでマルジェラの契約書にサインをしました。その翌朝の10時にはアトリエに顔を出し、『皆さん、こんにちは!』って挨拶をしましたよ」

7月9日の夜7時30分(現地時間)、マーティンスはパリでメゾンマルジェラでのデビューとなるアーティザナルコレクションを発表する。アーティザナルコレクションはマルタン・マルジェラが1989年に発表し、2006年にはパリオートクチュールウィークのカレンダーに加わった、アトリエの職人たちの手仕事によるラインだ。「かなり賑やかなものになりそう」と見るマーティンスは、こう話す。「アーティザナルはマルジェラの格をなすものです。この最初のコレクションは、私がトーンを確立すると同時に、私の解釈を通してメゾンの創設時の価値観と再びつながるためのものなのです」

ティザーとネタバレの間にある境界線とは、実に微妙なものだ。マーティンスがアトリエで私に見せてくれたルックには複数の素材と美的要素が織り込まれており、確かに爆発的で「賑やか」と言っていいだろう。それは荒々しくも豊かで、ブルータリズムのようであり華やかで、コントロールされた無統制、そしてムーディーな陰鬱さと歓びに満ちた派手さを携えていて、そのすべてが力強いシルエットによってまとめられていた。

グレン・マーティンスによる初のアーティザナルコレクションのティザー映像より。
グレン・マーティンスによる初のアーティザナルコレクションのティザー映像より。

マーティンスは言う。「すべてが最初に思い描いた通りだとは言いませんが、それもプロセスです。スケッチよりもいいものが出来ました」。そこには、マルタン・マルジェラの作品の中心にあった日常的なアイテムを想像力豊かに再解釈するというデザイン哲学もだが、マルジェラとマーティンスのふたりに共通するベルギー人らしさもあった。そしてさらに、マスクもある。

「私たちは今日、このマスクたちのフィッティングをしているんです」とマーティンスは案内する。「この後、一緒に仕事をしている自動車整備工のところで接合してもらいます」。マルタン・マルジェラは1989年春夏シーズンのデビューコレクションをはじめ、その後に続いたいくつものショーでもマスクで顔を覆ったルックを多数披露したが、それはモデルではなく衣服そのものに注意を向けるための工夫であっただけでなく、マルジェラの断固として表に出ようとしないスタンスを反映したものでもあった。

マルタン・マルジェラの初コレクション(1989年春夏)より。
マルタン・マルジェラの初コレクション(1989年春夏)より。

そしてそれは今、マーティンスがメゾンの最も重要な価値観と認識するものでもある。「衣服の誠実さがすべてであり、それは衣服を見ればわかります。だから、マルタンはモデルを覆い隠したのです。この2025年においてランウェイショーの成功というのは、少なくともある程度はモデルのソーシャルメディア上でのエンゲージメントに影響されることがよくあります。でも私は、せめて今は、なるべく服について語りたい。服が第一にあるべきなのです。そして願わくば、服そのものがソーシャルメディアでヒットしてほしい……それが理想ですね」

マーティンスは、この考え方がクチュールの新たな顧客層にも響くはずだとも期待する。そして彼は2022年にジャンポール・ゴルチエJEAN PAUL GAULTIER)のゲストデザイナーを務めた際に初めてクチュールの顧客に目を向けた体験について、「顧客のニーズと欲求を理解するための非常にパワフルなワークショップだった」と回想すると、こう続けた。「自分が大金持ちであることを示すような尊大さは、マルジェラには合いません。だから、すべて手刺繍で仕上げた7万5千ドルのドレスなどを、ここで作るつもりはありません。でも、私たちは違う形の豪華さやリッチさといったものを見つけていくつもりですし、ちょっと反抗的な人たちが興味を持ってくれるといいと思います」

顧客のアーキタイプを探るために、マーティンスと彼のチームは女性顧客たちのプロファイリングに時間を費やした。「彼女は何も気にしない人」と、彼はイメージする女性像を説明する。「彼女はどんなに美しいシフォンドレスやレザーコートを纏っていても、タクシーを捕まえるには時間がかかるからと、雨のなかを歩いてディナーに行くような人。アートエキシビションのオープニングに行ったとしても、プラスチックのコップでワインを飲むことも厭わない。彼女は手巻きタバコを吸うような人でもある……美しさとセクシーさは、間違いなくアティチュードから放たれるものです」

「マルジェラ世代」のデザイナーであること

デビューコレクションの2つ目となるティザー。
デビューコレクションの2つ目となるティザー。

アティチュードだけでなく、メゾン マルジェラの服を形作るコードの範囲と機能を見極めるのは、マーティンスにとって難解だったという。そこで彼がまず最初に着目したのは、ほかでもないマルタン・マルジェラの作品だった。彼はこんなふうに語る。「メゾンの成功の背景には、創業時の価値観とそのコードがあり、私は新しいクリエイティブ・ディレクターとしてそれを尊重しなければなりません。そして次にそれを自分のものにし、新たな方法で世に送り出す瞬間が、本当に美しいのです」

ここでのチャレンジのひとつは、創業者の考え方がファッション界全体にどれほど影響を与えているかにあると彼は続ける。「私自身、『マルジェラ世代』のひとりです。マルタンはデザイナーである以上に、多くの人々の考えを変えた指導者のような存在でもあります。日本にはこの少し前にすでにそういうデザイナーがいましたが、ヨーロッパではマルタンが、衣服は古典的な構造に従う必要はないという考えを率いたんだと思います。それは美の見方、構造の見方、より広い意味でファッションの見方の異なる方法を見つけようとするものでした。そしてこれは、今では多くのデザイナーにとってのデザイン理念となっています。より直接的に影響された人もいれば、そうでない人もいますが。私は常に(マルタンの)こういう考え方に従ってきたデザイナーであると、はっきりそう思います」

マルジェラの影響力は、オリジナリティ、オーナーシップ、アイデンティティという問題にもつながっていく。マーティンスは、マルジェラの世界に深く分け入っていく過程で幾度も壁にぶつかることがあったと語りながら、また笑った。「ここに来たとき、私のスタイリストに頼んでマルタンのアーカイブを全部出してもらったんですよ。いつも本でしか見たことがなかったから。そしてついに実物を目の前にしたとき、自分にすごくがっかりしたんですよ。『まさか。私はY/プロジェクトY/PROJECT)で全部真似していただけじゃないか!』と」

マーティンスがY/プロジェクトでの13年間の仕事で無意識のうちにマルジェラの影響を受けていたとすれば、彼よりもはるかに意図的なアプローチをとったデザイナーもいる。「マルジェラは多くのデザイナーやブランドにインスピレーションを与えてきましたし、なかには文字通り“源”となったケースもあります。私はこのメゾンとそのDNAを愛していますが、その多くは間違いなく完全に“略奪”されてきました。まさに“略奪”という言葉がぴったりです。だからこそ(DNAを構成する)要素のいくつかをエレガントに取り戻し、そのなかで自分なりのやり方を見つけることが、今私がやりたいことです」

これに加えて、2014年10月から2024年12月までクリエイティブ・ディレクターを務めたジョン・ガリアーノが多大な貢献を残していることも、マーティンスが計算に入れるひとつだ。「彼がここでデザインしたすべてが見事です。ジョンはクチュールの天才。彼は彼自身の素晴らしい世界を創り出し、プロダクトはそれととてもリンクしていました。私はジョンにはなりえません。私はストーリーを語るのが得意ではないので」。ガリアーノがメゾン マルジェラに着任したのは、ディオールDIOR)での13年間のキャリアが終わった3年後のことだった。フランスのラグジュアリーメゾンの頂点に君臨していたディオールで、ファッション界がこれまでに目にしたことのないような豪奢で豊かなストーリー性のあるクチュールショーをいくつも生み出した彼の唯一無二の表現力は、メゾン マルジェラでの仕事を通してさらに昇華した。

こうしたガリアーノの軌跡は、彼が進むべき道を明確に示すものだとマーティンスはほのめかす。「マルタン時代の世界はもっと狭かったと思うんです。ラグジュアリーとはより排他的なものでした。今は、クラフツマンシップとテーラリングも重要です。ジョンがそれを持ち込んだのだから、私たちはその上に築いていく必要がある。なぜならそれが、このメゾンの発展の一部を成しているからです」

それとは別に、マーティンスはこうも付け加える。「私はストリートの人間。ストリートの日常、現実も、マルタンにとっての出発点であったと思うんです。私はこれを再び結びつけたいと思っています」

創設者と同じベルギー人という共通点について

それを結びつけるためのキーとなるのは、創設者と同じベルギー人というスピリチュアルなつながりだと、マーティンスは感じているようだ。「(私たちの間には)すごくベルギー人らしい何かがあると思っています。ベルギーは決して美しい国ではありません。雨は多いし、インダストリアルで自然もほぼない、美しくない国。だから私たちベルギー人は、意外なところに美を見出そうとするのだと思います。ドリス・ヴァン・ノッテンが最も合わなさそうな色を隣り合わせにして、そこから突然美しいものを見つけたり、マルタンがビニール袋をラグジュアリーに見せたりするのは、ベルギー人らしさの表れだと思います。これこそが、私がこのメゾンにもたらしたいものです」

マーティンがメゾン マルジェラに初めて出勤した1月28日には、すでにこのオートクチュールコレクションをデザインしていたそうで、「色、ムードボード、細部に至るディテールまで、とにかくすべてが頭にありました。あとは、それを発展させていくだけでしたね」と明かす。これはマーティンスの性格によるところもあるのだろう。「いい子で、いつもクラスで1番でいなきゃという複雑な気持ちがあって」と付け加える彼は、2020年からディーゼルDIESEL)でも仕事をともにしてきたレンツォ・ロッソの意向も先取りしていたようだ。「レンツォが私にこのコレクションを作らせたがっていることはわかっていたから、準備万端で臨む必要があったんですよ」

2022年9月に開催されたディーゼルのショーにて。マーティンスとOTBグループのレンツォ・ロッソ会長。
2022年9月に開催されたディーゼルのショーにて。マーティンスとOTBグループのレンツォ・ロッソ会長。

マーティンスはあのバーガーキングで話し合いがまとまる前からデザインに着手していたそうで、クリスマス前の週末にはヴェネツィアへ行き、ホテルのレストランでほろ酔いになりながらアイデアを練り始めていたという。「本もたくさん持っていたので、あまり使われてこなかった基礎の要素を特定するために、ポストイットを貼っていきました」。それからクリスマスを挟んだ2週間は、彼が生まれ育った町ブルージュにいる兄弟の家に滞在しながらイメージを膨らませ、スケッチに取りかかった。彼が帰郷したのは、昨年100歳の誕生日を迎え、ベルギーのフィリップ国王から手紙を受け取ったことを誇りに思っていた祖父が亡くなったばかりだったからだとも教えてくれた。

マーティンスのベルギーに対する評価は厳しいかもしれないが、ブルージュがヨーロッパで最も美しい町のひとつであることは間違いない。それにこの町には、メゾン マルジェラに対する彼の見方と重なる部分があるようだ。「マルジェラの歴史はとてもメランコリックで詩的なものだと思います」と彼は言う。「それは、ゴシック様式の大聖堂(ブルージュはサン=テチエンヌ大聖堂などで有名)の影にいるときに通じる何かがあるといつも感じていました」

大きな期待に応えるために連れ込んだ“秘密兵器”

メゾン マルジェラのアトリエで“秘密兵器”こと愛犬マーフィーを抱くグレン・マーティンス。
メゾン マルジェラのアトリエで“秘密兵器”こと愛犬マーフィーを抱くグレン・マーティンス。

どんなリーダーでも、入社して最初の数週間は緊張を強いられることがある。それは新入りメンバーにとっても、既存のスタッフにとっても同じだ。そこでマーティンスは、このオートクチュールコレクションを完成させて間もなく、アトリエに“秘密兵器”を連れてきた。その秘密兵器とは、美しくキュートで、個性あふれるボーダー・テリアのマーフィーだ。私たちの2回目の対談はズーム上で行われたのだが、スクリーンの前でマーティンに持ち上げられたマーフィーは、すぐに飼い主の鼻を舐めた。「ここにいる誰もが一瞬で彼の虜になりましたね。マルジェラに来て1カ月ほど経ってからマーフィーを連れてきましたが、どこへ行くにも一緒。みんなのお気に入りです」

Y/プロジェクト 2014-15年秋冬メンズコレクションより。マーティンスによる初コレクション。
Y/プロジェクト 2014-15年秋冬メンズコレクションより。マーティンスによる初コレクション。
ディーゼル 2025-26年秋冬バックステージより。マーティンスは今後も同ブランドのクリエイティブ・ディレクターを務めていく予定だ。
ディーゼル 2025-26年秋冬バックステージより。マーティンスは今後も同ブランドのクリエイティブ・ディレクターを務めていく予定だ。

マーティンスがY/プロジェクトでパリに、そしてディーゼルでミラノにいたときからのちょっとした習慣になっているのだが、私たちは最後に(本当はいけないのだが)窓際で一服をともにした。今もなおディーゼルのクリエイティブ・ディレクションを続けているマーティンスは、ミラノを拠点とするデニムのビッグブランドであるディーゼルと、型破りなハイファッションで知られるパリのメゾン マルジェラとの間で、自分の心と時間を効果的に使い分けられると確信しているようだった。

「ディーゼルはディーゼルなんですよ。Z世代向けのストリートスタイルで、レイブやポップカルチャーの要素がある……。でも、そのどれももう私には当てはまらない。庭で愛犬と一緒にお茶を飲んでいるのが今の私です。それでも私はディーゼルの価値観が大好きだし、それを自分の角度から捉え、そのなかに飛び込み、自分のものにするのです。だからといって、デザインに私自身を映す必要はないし、それでいいんです。現に、それが自分のものではないブランドのクリエイティブ・ディレクターとしての仕事だと思います」。実際、マーティンスがディーゼルでの最初の3年間にY/プロジェクトでも素晴らしいショーを数多く発表したというのは、彼がふたつの仕事をこなす能力があることのさらなる証拠だ。

しかし今、彼の当面の関心はこのメゾン マルジェラにある。白のアトリエコートを羽織り窓辺に寄りかかったマーティンスは、太陽が輝くエタット・ユニ広場を見渡しながらこう言った。「ここは夢のような場所です。帰ってくるのに夢のような場所。この仕事を台無しにしたくないという気持ちもありますし、周囲の期待も大きいので、当然ながらこの仕事には多くのストレスも伴います。だからこそ、成功も失敗も自分のものにしたい。どうなるか様子見といったところですね」

Text: Luke Leitch Adaptation: Motoko Fujita

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