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作家・滝口悠生が案内する、ゼロ年代「小説」の歴史

  • 2025.6.26
作家・滝口悠生が案内する、ゼロ年代「小説」の歴史

作家・滝口悠生さんがデビュー前夜の読書録を振り返る。『新潮』『文學界』『群像』『すばる』『文藝』の五大文芸誌【A】を軸に。

強い批評と出版不況で新人が残りにくい時代。いわば荒れ野になった文芸誌を刺激したのは、他分野の書き手たち

僕にとってのゼロ年代は、ほとんど20代の時期に当たります。高校を卒業してから、数年フリーター生活をした後に大学に通い、仕事をしながら小説を書くようになるまでの約10年間。この頃は古今東西問わず本をよく読みました。

当時、書いた小説の応募先として文芸誌を読んでいたときの印象を振り返ると、「新人に厳しい。一方で、ほかの分野の書き手の参入は盛んだった」みたいな感じでしょうか。

ゼロ年代は、新人賞などの選考委員の選評も今よりだいぶ厳しく、新人が生き残るのが大変な時代だったと思います。ウェルカムな雰囲気はなくて、怖い先達から洗礼を受けるみたいな。

ただ、厳しい批評はゼロ年代に特有というわけではなく、それ以前からありました。ゼロ年代の新人がハードだったのは、そこに不況の影響が重なったこともあると思う。

出版社に新人を育てる余裕がなくなってきて、新人の作品が単行本になりにくくなってきた。以前は業界内で手厳しく評されても、単行本で作品が世に出ることで風向きが変わるみたいなこともあったと思うんですが、そういうことがなかなか難しくなっていった時代だと思います。

もちろん、ゼロ年代にデビューして活躍を続ける人もいます。綿矢りささん、金原ひとみさん、山崎ナオコーラさん、中村文則さん、田中慎弥さん、津村記久子さん……と挙げればキリがありません。

僕は当時の実際の状況は詳しくわかりませんが、デビュー後に次作が文芸誌に載るまでとか、なかなか原稿にOKが出ないとか苦労の時期だったのではないかなと想像します。

一方でゼロ年代のシーンで特筆すべきは、文芸とは異なるジャンルで活躍していた書き手が文芸誌で小説を発表するようになったこと。中でも象徴的なのは演劇畑の方々だろうと思います。

本谷有希子さんや岡田利規さん、前田司郎さんら、後に様々な文学賞を受賞したり、その後も書き続けている人も多いです。その文章はやはり演劇的な工夫や勢いを備えていると感じました。

他方では90年代後半から小説を発表されている町田康さんや、やはりゼロ年代にシーンに登場した川上未映子さんの初期作品、あるいは古川日出男さんのような話芸的な饒舌さを武器にする書き手も目立つのですが、演劇勢の勢いはまた違って、人物造形や構成も絡めて、場を持続させる活力を生み出す印象でした。というように他ジャンルの書き手がシーンを刺激し耕していたとも言えると思います。

同様に、SFやミステリーなど純文学から見て隣接したジャンルから五大誌に活躍の場を移す人も少なくありませんでした。舞城王太郎さんや円城塔さんらが代表格でしょう。

また、書き手を勇気づけるような小説論が2つ登場しました。一つは2003年から『新潮』で連載された保坂和志さんの「小説をめぐって」【B】、もう一つは04年から『文學界』で連載された高橋源一郎さんの「ニッポンの小説」【C】です。

【A】『新潮』(新潮社)、『文學界』(文藝春秋)、『すばる』(集英社)、『群像』(講談社)、『文藝』(河出書房新社)を指して使われる表現。各誌に掲載される作品は芥川賞候補作に選出されることが多いことなどから、現代日本文学を代表する雑誌とされる。

【B】保坂和志による小説論。後に『小説の自由』『小説の誕生』『小説、世界の奏でる音楽』として3冊に分けて刊行され、『小説の自由』シリーズとも呼ばれる。

【C】近代文学百年の歩みを検証する、高橋源一郎による評論。後に『百年の孤独 ニッポンの小説』『さよなら、ニッポン』『「あの戦争」から「この戦争」へ ニッポンの小説3』として3冊に分けて刊行された。

保坂さんの小説は「何も起こらない」と評されることが多いですが、小説というのはテーマやストーリーといった意味に回収されるものではなく、その文章自体が出来事であり、それを読む読み手の内に生じる反応こそが小説を読むことだという小説観を、極めて実践的に示した小説論です。

高橋さんの小説論もそうですが、あくまで実作者の立場から小説の「読み方」を、ひいては「書き方」を提唱した点が重要だったと思います。僕も含め、当時この2つの小説論に励まされた書き手は少なくないはずです。

昨年、作家の町屋良平さんが『小説の死後——(にも書かれる散文のために)——』【D】というプロジェクトをスタートしました。2000年から15年までに発表された日本文学を読み直し、再批評しようという取り組みです。先に述べたような状況に埋もれた作品を掘り起こし捉え直す試みで、ゼロ年代における保坂さんの小説論に連なる仕事になっていくと思います。

【D】五大文芸誌誌上を中心に展開するプロジェクト。書肆侃侃房のウェブマガジン「web侃づめ」のnoteで序文が掲載中。取り組みは1冊の本にまとまり、今年刊行予定となっている。

2000

町田康が「きれぎれ」で第123回芥川賞を受賞。

2001

舞城王太郎が「煙か土か食い物」で第19回メフィスト賞を受賞しデビュー。「熊の場所」を『群像』に発表。
綿矢りさが「インストール」で第38回文藝賞を受賞しデビュー。

2002

本谷有希子が『群像増刊X+(エクスタス)』に「江利子と絶対」を発表し小説家デビュー。
古川日出男が「アラビアの夜の種族」で第55回日本推理作家協会賞・第23回日本SF大賞を受賞。06年以降『文藝』『新潮』などでも作品を発表するように。

2003

絲山秋子が「イッツ・オンリー・トーク」で第96回文學界新人賞を受賞しデビュー。
金原ひとみが「蛇にピアス」で第27回すばる文学賞を受賞しデビュー。
青木淳悟が「四十日と四十夜のメルヘン」で第35回新潮新人賞を受賞しデビュー。
保坂和志が『新潮』で評論連載「小説をめぐって」をスタート。

2004

山崎ナオコーラが「人のセックスを笑うな」で第41回文藝賞を受賞しデビュー。
西村賢太が同人雑誌『煉瓦』に発表した「けがれなき酒のへど」が『文學界』に転載される。本作が同誌の下半期同人雑誌優秀作に選出される。
高橋源一郎が『文學界』で評論連載「ニッポンの小説」をスタート。

2005

鹿島田真希が「六〇〇〇度の愛」を『新潮』に発表。同作で第18回三島由紀夫賞を受賞。
前田司郎が「愛でもない青春でもない旅立たない」を『群像』に発表し、小説家としてデビュー。
津村記久子が「マンイーター」(津村記久生名義、単行本化に際して「君は永遠にそいつらより若い」に改題)で第21回太宰治賞を受賞しデビュー。
岡田利規が同名戯曲の小説版「三月の5日間」を『新潮』に発表し、小説家としてデビュー。

2007

円城塔が「Self−Reference ENGINE」でデビュー。同年、「オブ・ザ・ベースボール」を『文學界』に発表。
川上未映子が「わたくし率 イン 歯ー、または世界」を復刊準備号『早稲田文学0』に発表。

profile

滝口悠生

たきぐち・ゆうしょう/1982年東京都生まれ。作家。2011年「楽器」で第43回新潮新人賞を受賞しデビュー。16年に「死んでいない者」で第154回芥川賞受賞。最新作『たのしい保育園』が発売中。

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