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なぜ今ブーム? モデル・前田エマさんと考える韓国の詩が人気の理由

  • 2025.6.13

「詩」とはどんなものなのかを詩人に学び、「詩=難しい」のイメージがほぐれたところで、少し違った切り口から「詩」の魅力をお届けしたい。実は、お隣の国、韓国は「詩の国」とも呼ばれ、多くの人にとって「詩」はとても身近なものだという。近年は、特に若い世代で人気が高まっており、詩集がベストセラーになるなど、これまでにない動きも起きている。その背景には何があるのだろう。韓国に留学経験があり、韓国の文化や文学にも詳しいモデルの前田エマさんと一緒に、神保町の韓国書籍専門店「チェッコリ」を訪れ、今、韓国の詩が人気の理由を考えた。

BTSの曲がきっかけ。韓国文学が世界を広げる扉に

K-POPやドラマ、映画など、今や私たちの生活の楽しみに欠かせないものになっている韓国カルチャー。2020年は「第4次韓流ブーム」とも言われ、映画『パラサイト』やドラマ『愛の不時着』、K-POPアイドルなどが一気に広がった。モデルの前田エマさんも、そんなブームに乗って韓国カルチャーにハマったひとり。気づけば韓国語の勉強をし始め、さらには韓国の歴史や社会問題にも関心を持つようになったという。

「一番のきっかけは、ボーイズ・グループBTSの曲でした。彼らの曲のなかに、韓国で1980年に起きた民主化運動『光州事件』について歌ったものがあり、メジャーなアイドルが、こうした政治的なメッセージを発信するなんて、と驚きました」
こうした曲の生まれる韓国とは、どんな国なのか。それを知る扉になったのが、韓国文学だった。

「韓国の小説や詩には、植民地支配や南北分断、ベトナム戦争、独裁政権や民主化運動など、これまでに経験してきた悲しい歴史や、それによる社会問題をテーマにしたものがたくさんあります。韓国文学から隣の国のことを知ることで、新しい世界がどんどん広がっていくような感覚がありました。そうした過去を抱えながら、韓国の人々は今をどう生きているのか見てみたい。そんな気持ちが芽生え始め、一度住んでみようと思い、留学を決めました」

かつてない動き。詩集が日本でもベストセラーに

韓国文学といえば、ここ数年日本でも大きな注目を集めている。2016年に刊行されて以来、韓国で136万部の大ベストセラーとなったチョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)が、日本でも翻訳されると29万部の大ヒット。韓国社会に潜む女性差別にスポットが当たった。

さらに、韓国では「텍스트힙(テクストヒップ)」という言葉も生まれ、特に若者の間で詩集や本を読むことはクールでかっこ良いという認識が広がっているという。韓国の大型書店「教保文庫」によると、2024年上半期の詩集の売上のうち、購入者の26.5%を20代が占めており、特に女性読者の間で人気が高まっているのだとか。短い言葉で語られる詩は感覚的に受け止めることができ、直感的だと言われるSNS世代にも響くものがあるのかもしれない。実際、K-POPアイドルやインフルエンサーが、SNSでお気に入りの詩の一節をシェアして話題になることも今まで以上に増えている。今や、本や詩集は読むだけのものではなく、自己を表現のひとつになっているという見方もあるようだ。

東京・神保町にある韓国書籍専門店「チェッコリ」を運営する出版社「クオン」の広報、佐々木静代さんは、日本でも今までにない動きが出ているという。

「ドラマで使用されたことで韓国でも話題となった、ナ・テジュの詩集『花を見るように君を見る』(かんき出版)が、2020年日本で発売され、8万部のベストセラーとなりました。詩集がなかなか売れない日本で、しかも翻訳書がここまで話題になるのは今までにないこと。私たちも驚いています」

『花を見るように君を見る』のレビューには、「読みやすい」「癒された」といった言葉が並ぶ。「これまで自分で詩集を買ったことがなかった」という人の感想も多く、これまで縁のなかった人が、詩に触れるひとつのきっかけとなったことを示している。

韓国は「詩の国」。生活に詩が根付いている

もともと韓国は「詩の国」とも呼ばれ、「詩」が生活に根付いているのだとか。前田さんも留学してそれを強く実感したという。

「駅のホームや、電車のドア、バス停など、街のあらゆる場所に詩が書かれているんです。日本だったら企業広告が貼ってるような場所に、詩があったりします。本屋さんの詩集コーナーもすごく大きくて、翻訳された日本の詩集もたくさん置いてあります。子ども向けの『童詩』というジャンルもあるんですよ。驚いたのが、友だちと会話をしていても、皆それぞれに好きな詩人がいること。日本では『好きな詩人は?』なんて聞きあうことがなかったので、カルチャーショックを受けました」

韓国では、お気に入りの詩や詩集を友人や恋人と贈りあうことも珍しくないのだとか。ドラマや映画の劇中にもそうした場面が登場する。
「日本では、詩に対してアレルギーのような感覚がある人も少なくないと思いますが、韓国ではそれを感じませんでした。おそらくみんな幼い頃から詩に触れてきて、詩が本当に身近なんだと思います」

詩は、声を上げる力。社会の今を映す

なぜ韓国ではそんなにも詩が愛され、馴染んでいるのだろうか。佐々木さんはこう教えてくれた。
「いろんな説があるのですが、ひとつは軍事政権時代、検閲を掻いくぐるために詩という抽象的な形で、政府に対する怒りやメッセージを込めたと言われています。そうした背景もあり、最近言われるのが、詩は声を上げる力だということ。最近もユン・ソンニョル前大統領の罷免問題に対して、詩人や作家が連名で声を上げましたが、韓国では文学者が社会に与える力も大きいと感じます」

前田さんも、「韓国の詩は、社会を映すもの」だと語る。

「日本で触れてきた現代詩の多くは、個人的なことや自分の内面について書くもの、というイメージがありました。韓国では社会の動きが、詩や小説に描かれることがとても多い。しかもそのスピードが驚くほど速いんです。日本では不謹慎なんじゃないかと発言や発信を控えることもあると思うのですが、韓国はその逆。どんどん作品が生まれていくんです」

悲しみや痛みを、無かったことにしなくて良い。誰もに響く韓国の詩

社会を映す韓国の詩。それを読むことで、これまで韓国が経験してきた悲しみや痛みの歴史をより深く知ることができたと前田さんはいう。
「韓国には“恨(ハン)”という言葉があって、それは恨みや憎しみとは違う、心の奥底からの悲しみや無念さを表します。実際に韓国に暮らし、その場所に行き、いろんな人に会い、話を聞くなかで、その感情は今も受け継がれているのだとひしひしと感じました」

今、韓国の詩がまた再び若者たちにブームとなっている裏側には、時代が変わった今も、人の心には「悲しみ」や「虚しさ」があるからではないか、と前田さんは考える。
「歴史的なことを知ることはできるけど、共有することはすごく難しい。だけど、そういうことを取り除いても、どんな時代でも誰もが、悲しさややりきれなさみたいなものは持っているから、そこに共感が生まれるんだと思うんです」

ネガティブなものとして切り捨ててしまいがちな感情、悲しさや割り切れない気持ち、言葉にできないモヤモヤ……などを、韓国の詩は「なかったことにしなくて良い」と教えてくれる。
「韓国の詩を読んでいると、あのときは言葉にできなかったけれど、こういうことだったのか、と、過去の痛みや感情に言葉が与えられ、時間を経て救われるようなことがあります。時代や国が変わっても、多くの人が求めるのは、そうした救いや癒しなのかもしれませんね」

前田エマ
1992年神奈川県⽣まれ。東京造形⼤学在学中にオーストリア・ウィーン芸術アカデミーへ留学。モデル、ラジオパーソナリティなど、活動は多岐にわたる。2023年、韓国・延世⼤学韓国語学堂に留学。著書に、⼩説集『動物になる⽇』(ちいさいミシマ社)、『アニョハセヨ韓国』(三栄)がある。

【info】
前田エマさんによる初のエッセイ集『過去の学⽣』(ミシマ社)が6月17日に発売。規則や規範に縛られ生きづらさを感じていた学生生活。30歳で韓国留学をし、自ら学生になったこと。「学校」をテーマに綴ることで、過去の傷をそっと癒していく。

撮影:長田果純

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